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170. 渓谷と山々

トンネルを抜けると――

 トンネルはしばらく続いた。

 そのトンネルを抜けると、そこは渓谷だった。


 由真たちの面する左手は、斜面の木々が目の前まで迫る。

 対面の左側は急流を見下ろし、対岸は白い崖になっている。


 わずかな平地に家が現れ、列車が左に揺れる。右手に島式1面2線のホームが通り過ぎていく。

 列車の速度は上がらない。鉄道としては相当の急勾配が続く。


 程なく列車はトンネルに入る。

 今度はすぐに抜けて、その先は――さらに進んで峡谷になっていた。


 右手には天地を貫く大きな崖が広がる。

 左手は擁壁で、こちらは全く景観など望めない。

 左側の乗客も、少なからず身を乗り出して右手を眺めている。


 一つ前の席は動く気配がない。

 由真は、そっと身を乗り出して様子を見る。

 右側の和葉は背もたれに身を預けて眠っている。

 左側の衛は、目線だけを傾けて景色を見やっている様子だった。


 しばらくして、右手にトラス構造の柱が並ぶ。

 雪対策と岩石対策を兼ねた覆道だろう。

 それでも、前方の崖や、斜め下に時折姿を見せる奇岩には、反対側からでも目を奪われてしまう。


「アスマって、こんなとこにも鉄道引いちゃうのね」

 後ろから、ウィンタの声が聞こえる。

「この先には鉱山があったんです。あと石材もとれましたし、林業もそれなりでした。今は、鉱脈も石も枯渇してますけど、その代わり、湖畔は観光地ですし、牧場と、あと魚の養殖場もありますから」

 ユイナが答えている。


「こんなところでも、木材とか取ってたのね」

 その会話を聞いていたのか、晴美がつぶやく。

「そうだね。下を流れてるファニア川で、船を流したりしてたらしいよ。まあ、日本でも、筏流しで材木を下流に送るとかは昔からやってたからね。和歌山の北山村が飛び地なのも、それで新宮とつながりが強かったからだし」

 ファニア川では、鉄道が敷設されるまでは河川水運が広く行われていた。そのことは、地誌に関する書物で調べていた。


 しばらく渓谷を走った列車は、3つめのトンネルに入る。

 そこを抜けると、渓谷ではなく畑が広がっていた。

 前方を見渡すと、大きな山々がそびえている。


「あれ? さっきまで渓谷だったのに、上流に来たら畑になるの?」

「みたい……だね。ここが、ファニア盆地って言うんだけど……」

 晴美の言葉に応えつつ、由真は窓外の畑を見つめてしまう。


(ここも、成因がわからない。構造盆地なんだろうけど、そうすると、断層がどう走ってるのか……)


 それがどうしても気になってしまう。


 前方にそびえる山々は「ファニ山地」。最高峰の標高は4000メートルに達する。

 雪解け水が多数の沢をなして、それが集まりファニア川となる。

 この盆地で、アクティア湖から流出するアクティア川も合わせた上で北上して、先ほど通過した「ハンドリア峡谷」と「プサクリア渓谷」を刻む。


 下流があの谷で、上流にはこの平地が広がる。

 ここには小さいながらも街並みがある。

 この地形。その成因が知りたい――



「ご乗車お疲れ様でした。まもなくファニアに到着します。2番線の到着、お出口は右側です」


 そんなアナウンスで、由真は我に返った。


「ファニアから、進行方向が反対になります。座席通路側お足元の踏み板を押しますと、座席の向きを変えることができますのでご利用ください」


 ファニア駅は「スイッチバック」になっている。

 駅を市街地近くに建設すること、そしてこの先にあった鉱山と森林からの輸送用専用鉄道を敷設すること。

 そのために採用された方式だった――ということも、やはり地誌として知った。


「下にペダル……これね」

 通路側の晴美は、座席の載る台に据えられたペダルを見つけたらしい。


「あれ、もう着いたの?」

 そんな声とともに、前方の和葉が身を乗り出して振り向いてきた。


「まだよ。途中のファニアってとこに、もうすぐ着くわ」

「終点は、あと20分ちょっとだね」

 晴美が応えたため、由真はそう補う。


 時計が午後1時10分を少し回ったところで、列車はファニア駅に到着した。

 それまで動かなかった乗客たちは、半数近くがここで下車していく。

 対面の島式ホームは、下車した人々が行き交っていた。


「向き変えるわね」

 晴美は、そういって和葉たちの席のペダルを踏み、背もたれを180度回転させる。


「……このままでもいいかしら?」


 由真たちの席と向かい合う形。

 後ろ――この先は前になる席のユイナとウィンタをのけ者にするような感もなきにしもあらずではあるものの、衛と和葉を二人きりにさせたままというのもなんとなく気が引ける。

 ちらりとユイナたちをのぞき見ると、こちらを気にしている様子はない。

 結局、由真たちは席の向きを変えないことにした。


 午後1時15分に、列車はファニア駅から発車した。

 それまでとは逆方向に動き出し、由真から見て右側に揺れて左手の線路から転線すると、こちら側は曲線を描いて、2つの線路が離れていく。


 窓外は、陸地が途切れて、その先に白い壁の目立つ山並みが見える。


「あの山、すっごいきれいだけど……登るの大変そうだね」

 その山並みを眺めつつ和葉が言う。

「あれは石灰岩みたいだから、道具がそろってればクライミングはできると思うけど、こっちだと厳しいかな」

 由真はそう応える。


「クライミング? 由真、そんなのもできるのか?」

 その言葉に反応して、衛が問いかけてきた。

「あ、そんな本格的って訳じゃないけど、父方の祖父が、クライミングもかじってたから、ちょっとだけ教えてもらってね」

 苦笑交じりでそう答えるしかない。



「まもなくアクティア台です。お出口は右側です」

 そんな短いアナウンスが流れて、午後1時20分を少し回ったところで、列車は駅に停車した。

 単式ホームに「アクティア台」の駅名標がある。


 そのアクティア台駅を出てすぐに、列車はトンネルに入った。

 そのトンネルは、ずいぶんと長い。午後1時半を回っても、未だ抜け出さない。


 10分近くかかって、列車はようやくトンネルを抜け出す。

 眼前に、青い水面が広がっていた。

――冒頭、わざとこうしました。

作中は「晩夏の月」=「8月」なので、今は雪国ではありません。


サブタイトルの「山」と「渓谷」を逆にすると、有名な雑誌(とその発行者)の名前になってしまうのですが、他にいいアイディアもありませんでした。


そして、ラストでもう一度トンネルを抜けて、今度は「青い水面」です。

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