169. 湖畔に向かう列車
目的地に向かう在来線の汽車旅です。
特別快速の扉が開けられて、由真たちは早速2号車に乗り込む。
車内は、やはり2人掛けのリクライニングシートが左右に並び、壁には時計がかけられている。
由真が5番4席で隣の3席が晴美、一つ前の4番が衛と和葉、一つ後ろの6番がユイナとウィンタだった。
「お待たせいたしました。11時42分発、特急『白馬5号』が4番線に12両編成で到着します。白線の内側まで下がってお待ちください」
そんなアナウンスが流れる。
4番線の方に目を向けると、案内板に「白馬5号 ナギナ中央行 11:42 12両」「停車駅:ユリヴィア、カリシニア、コモディア、オプシア、ナギナ中央」「特等-1号車、一等-2号車、二等-3・4号車、三等-5~7号車、9~12号車、食堂車-8号車」と記されているのが見えた。
程なく、モディコ200系の14両編成が到着した。
下車する乗客は多く、しかも半数近くは自動改札を通ってこちら側にやってくる。2号車も、忽ちに満席になった。
「これ、たぶん予備席を使ってますよ」
後ろからささやかれる声。振り向くと、ユイナが身を乗り出していた。
「地方の列車は、要人移動のために、何席かは直前まで空けておくんです。動くのはユマさん、っていうのはTAにも入ってるはずですから、たぶん向こうが切り札を切ったんでしょうね」
そう言うと、ユイナは席に身を戻す。
「すごいことになってるみたいね」
「……まあ、席をまとめてくれたのはありがたいかな」
晴美に言われて、由真はそう言って苦笑するしかなかった。
時計が11時50分を指して、「ファニア3号」はコーシニア中央駅から発車した。
この二等車は付随車なのか、モーターの音はしない。
「ご乗車ありがとうございます。ファニア線特別快速『ファニア3号』、アクティア湖行きです」
早速そんなアナウンスが流れる。
「この列車、客車8両、荷物車3両で運転しております。先頭が1号車、客車の一番後ろが8号車、1号車は特等・一等車、2号車・3号車は二等車です。該当する乗車券をお持ちでないお客様はご乗車できませんのでご注意ください」
実に11両編成という、日本では新幹線か首都圏の電車にしか見られない長編成だった。
「途中、サイトピアに12時2分、エピコアに12時9分、カプマナに12時22分、クシトナに12時35分、ファニアに13時12分、アクティア台に13時21分、終点アクティア湖に13時35分に到着いたします。
お食事とお茶の車内販売は、サイトピアを発車してからお伺いいたします。1号車から3号車までは、これより車掌が切符を拝見に参ります」
隣接する1番・2番線はすぐに遠ざかり、次いで左手に複線が現れる。
車体が2度左に揺れて、左手の複線の左側に入線して、程なくトラス橋を渡る。
「河川敷、広いわね」
通路側から窓外を見ていた晴美がつぶやく。
「ここ、雪解け水とかで水量が増えるから、下の河川敷は開発してないらしいよ」
ここ数日で学習したそのことを、由真は答える。
「治水も考えられてる、ってこと?」
「ミグニア王朝までは、下町みたいなのもあったらしいけどね。ノーディア王朝になってからは、河岸段丘にしか集落は開いてないんだってさ。治水を始めるってなったら、十年単位の大事業だからね」
その心配をせずともよい。それだけでも、第二次ノーディア王朝の施政は高く評価できる。
橋を渡ると高架線に入り、左手の線路が別れて、相対式ホームの駅を通過する。
直後、左手から複線が近づいて、こちら側に合流して複々線になった。
相前後して車掌がやってきて、順次検札していく。
由真と晴美も乗車券と指定券を見せて、「ありがとうございます」と定型通りの返答を受けた。
車窓は住宅街が続く。
「開けてるわね」
「さっき渡ったファニア川のこっち側をサイトピアって言って、シンカニアを通した頃から開発してたらしいよ。コーシニアの住宅街なんだけど、最近は人口がほとんど同じになってるんだって」
「それ……『人口400万のシャッター通り』って愛香が言ってた話ね」
「そう。そっちは頭が痛いけど、愛香さんがいろいろ考えてくれてるみたいだから、期待してるよ」
この地域――サイトピア市だけが例外ということはないだろう。
「まもなくサイトピアに到着します。お出口は左側です」
そんなアナウンスが流れると、列車は減速して、島式ホームに到着した。
そのホームには「サイトピア」の駅名標がある。対面には、銀地に緑帯で4ドアの列車が停車していた。
列車は再び走り出す。
複々線区間は終わり、左手には線路がなくなる。
「車内販売に参りました。肉入り焼きパン2個とお茶、1組5デニとなります」
そんな声がして、前方からワゴンを押した女性がやってきた。
前方の乗客たちは次々と注文していく。
「皆さんの分は、私がまとめて注文しますので」
後ろから身を乗り出したユイナが言う。
彼女はそのまま席を立ち、3番の乗客が品物を受け取るやすぐに声をかけて、6セットをまとめて購入した。
配られたそれを食べているうちに、窓外の家並みが徐々にまばらになっていく。
2つ駅を通過して、次の停車駅エピコアに到着した。
エピコアを出ると、列車はすぐに鉄橋を通り、併走するファニア川の左岸から右岸に移る。
「これ、小麦でも植えてるのかしらね?」
晴美が問いかけてきた。
「ああ、そうみたいだね。あっち側は斜面が急で水がたまらないから果樹園、こっち側は割となだらかで水も取りやすいから小麦畑、って本に書いてあったよ」
由真はそう答える。
「まもなくカプマナに到着します。2番線の到着、お出口は左側です。普通列車クシトナ行きが、お隣1番線から、12時25分に発車します」
そんなアナウンスが流れて、列車は減速し、そしてカプマナ駅に到着した。
島式ホームの対面には、銀地に緑帯で3ドアの列車が停車している。「普通列車クシトナ行き」――この特別快速の1本前に出た列車だった。
右手に目を向けると、そちら側にも島式ホームがあり、同じ形の列車が停車していた。
上りと下りの普通列車をおいて、特別快速はすぐに発車する。
車窓はしばらく田園風景――日本のそれとは異なり畑が広がるそれが続く。
しばらくして、家並みが増えてきた。
「まもなくクシトナに到着します。3番線の到着、お出口は右側です」
そんなアナウンスが流れた。
「クシトナ、って、さっき追い抜いたのの終点よね?」
晴美はさすがに覚えていたらしい。
「そうだね。このファニア線は、昼は30分1本なんだけど、半分はここで折り返すんだ」
「って、由真ちゃん、なんでそんなこと知ってるの?」
「これ買ったから」
晴美に問われて、由真は背嚢から時刻表を取り出す。
「これ……時刻表? ハードカバーで、ずいぶん立派ね」
「まあ、そうだね。1冊250デニしたからね」
「にひゃく? ……って、2万5千円? すごいわね……」
その「値段」を聞いて、晴美は引きつった笑みを見せる。
「まあ、これは、ちょっと贅沢しちゃったけどね」
由真も苦笑を返す。
そうこうするうちに、列車は街中に入り、そしてクシトナ駅に到着した。
右手の島式ホームに停車する。
そのさらに向こうに、駅舎につながる単式ホームがあり、カプマナに停車していたのと同じ形の列車が停車していた。
「終点になってる割には、お客さん減らないわね」
「クシトナは、人口40万で、コーシニアを別にすると、この沿線だと一番の都会なんだけど……まあ、わざわざこれの二等車に乗ってる人は、みんなこの先まで観光に行くんだろうね」
コーシニア中央駅を出てからこのクシトナ駅に至るまで、車内は満席状態のままだった。
そのまま、列車はクシトナから出発する。
市街地を抜けて、家並みが徐々にまばらになり、畑の中の駅を通過したところで、列車はトンネルに入った。
ご一行の席をまとめてくれる程度には、領主様は重視されているようです。
あと、2万5千円相当の時刻表を買う程度には懐にも余裕ができました。
一応、3つ先が終点というところまでは来ました。