16. この異世界の衣服事情
TSFといえば、服装は定番です。
そんな説明を受けるうちに昼になり、この日の説明会は終了した。土曜日に当たる「第6日」ということで、午後と翌日一日は休みとなる。
ここで与えられた時間――彼女たちは大きな問題に直面させられていた。
「いい加減、着替えたいのよね」
部屋に戻って、晴美が嘆息する。
学校の自習時間中に突如召還された一同は、まさに「着の身着のまま」だった。下着の替えすらない。昨夜は仕方なしに下着姿で就寝したものの、すでに24時間は経過しており、忍耐も限界だった。
「最低限、下着はどうにかしたいけど……」
「あの、女子の皆さんの使われている『ブラジャー』と『ショーツ』は、『特例法』で、一人5組までは支給されます」
ユイナが答える。
「そういうのはあるのね」
「あるといえばありますけど、使ってるのは貴族だけで……あの、私も、コルセットしか使ってません」
「……コルセット?」
ユイナの言葉に由真は思わず反応してしまう。そんなもので胴体を締め付けるのが、ノーディアの文化なのか――
「はい。あの、異世界の方々が想像されてるのとは違って、必要以上にきつく締め付けたりはしませんけど。ブラジャーとかショーツとかは、絹も綿もこちらでは品薄なので、高級品の部類になります」
「……ってことは、ユイナさん、いま、ブラもパンツも……」
目を見開く晴美に、ユイナは、ええ、と答える。
「……それ、男子には言わない方がいいわね、絶対」
それは、由真も同感だった。「ノーブラ・ノーパン」と言われては、高校2年男子たちの劣情は暴走するに違いない。
「一応、支給品は綿製です。ハルミさんの場合、歳費が出ますので、絹製を買うこともできると思います」
「シルクって、そんなのつけてる高校生なんていないから。……って、『歳費』っていうのは……」
「子爵から騎士爵までの、所領のない貴族方には、公費から一定額の『歳費』が支給されます。細分化されすぎた所領など、与えても与えられても非効率ですので」
「それ……私と平田君も、なの?」
ユイナは、はい、と頷く。
「それと、申し上げにくいんですけど、あの、ユマさんは、『特例法』が適用されないので、あの、支給品は、ありません」
続く言葉に、晴美は忽ち眉をひそめた。
「どういうこと? エルヴィノ殿下の話だと、私たち全員が『特例法』で保護されるはずじゃ……」
「あの、実は、そこが……神殿の決定で、『住人』扱いのユマさんは、『特例法』適用外にする、ということに……今、いきなり追放すれば、エルヴィノ殿下に止められますけど、ハルミさんの従者という扱いで、神殿にとどまっているので、問題にはならない、と……幹部会で、そういう決定が……」
アルヴィノ王子とドルカオ司教は、あくまでも「ギフト『ゼロ』」の由真を受け入れないつもりらしい。
「仕方ないです。とにかく、ここから放り出されてのたれ死ににされないだけでも、すごくありがたい話ですから」
由真はそう答えたものの、晴美は憮然とした面持ちだった。
「……まあ、私に『歳費』が出るなら、そこからやりくりすれば、由真ちゃんの服はなんとかできるかしら」
「ちなみに、一般的な『住人』の服は、どういう感じなんですか?」
自分が「当事者」である由真は、ユイナに尋ねる。
「ナロペアの女性住人は、一番下に肌着をつけて、その上に上着をつけます。形状は、どちらもこういうワンピース型です」
こういう、といって、ユイナは自らの着ているくるぶし丈のワンピース型神官服を指さす。さらに、その裾を少しめくって、内側の白い肌着――スリップのようなものを見せた。
「多少余裕があると、肌着と上着の間にコルセットをつけて、体型を補正します。肌着は基本的に麻製、上着は毛織ですね」
「麻? リネン? ゴワゴワしそうね」
「ですので、貴族や富裕層は、肌着は絹にする場合が多いです」
服装の社会格差も相当激しいということらしい。
「僕は、そもそも、下着を買うお金もないですよね……」
「あの、ユマさんは、ハルミさんの従者として神殿に滞在されていますので、肌着と上着、それとエプロンは、仕着せですけど用意できます。ただ、他の皆さんのような下着は、ちょっと……」
「そのお仕着せの上着、っていうのは……」
「こんな感じの、黒のワンピースです。女性従者は、家事をしますので、その上から麻製の白いエプロンをします」
こんな感じ、といって、ユイナは再び神官服を指さした。
黒の長いワンピースに白いエプロン。白いカチューシャを頭につければ、ヴィクトリア様式のメイド服のできあがりだろう。
「それって、由真ちゃんだけ、他のみんなと違う服、ってことになるわよね? 毛利君とか度会さんとかが、変な勘違いしないかしら?」
「……その『勘違い』は、この神殿の望むところだと思うけど」
由真を「その他家畜1匹」として扱うこと。その認識を、クラスメイト39人にも植え付けることで、「初期教育」終了後の「追放」に向けた機運を作る。それが神殿の意向だろう。
「えっと、私たちが今着てるみたいな、こういう服、用意するのは難しいかしら?」
晴美は、自らのセーラー服を指さしつつ尋ねる。
「いえ、この型の小上着とスカートの組み合わせは、上流階級の女子学生の制服によく使われていますので、注文して、一週間あれば、できあがると思います。ただ、お値段はそれなりにしますけど……」
「……女子学生の制服によく使われてる?」
「異世界からその姿で召喚された例も、近年多かったですから」
目を伏せて、申し訳ないという面持ちで、ユイナは答えた。
「それは、私の歳費で買えない額?」
「そこまででは……」
「なら注文するわ」
「わかりました」
即座に、由真の「セーラー服」の調達が決まった。
「あと、下着は……」
「ああ、別になしでも大丈夫だよ。この世界だと、それが一般的なんでしょう?」
「……メイド服もどきのうちはいいけど、セーラー服でノーパン・ノーブラは、さすがにダメよ?」
そう言われては、「従者」に反駁の言葉はなかった。
「あと、武芸の実習もあるって話だったけど、ジャージみたいなのはあるのかしら?」
「一応あります。あの、『ニホン』の方々が着ている織り方で……ただ、綿製なので、乱雑な水洗いはできませんけど」
「水洗い……って、そういえば、洗濯はどうするの?」
「光系統魔法の浄化術式で汚れを落とします。あの、そういう魔法道具がありますので、術式を習得する必要は、ありません」
ウールを柔らかく仕上げる洗濯機や洗剤はなくとも、その分魔法でカバーしているということだろう。
「それは、どこに行くと使えるのかしら?」
「えっと、この部屋なら、たぶんお風呂場に……」
そういって、ユイナは立ち上がり、バストイレに向かう。
「ああ、これです、これ」
ユイナが指し示したのは、乾燥機を思わせる白い箱状の器具だった。
「これに洗い物を入れて、光系統魔法をかけると、30分くらいできれいになります。干したりする必要はありません」
見た目はどうあれ、これは全自動型洗濯機の機能を持っているものということだろう。
「……当面は、最低限度はどうにか我慢できる、ってところかしら?」
晴美の言葉に、由真も頷くしかなかった。
ポリエステルは当然なくて木綿が品薄(=中世までのヨーロッパ)だと、素材が極端に限られてしまいます。
というより、たいがいのものは麻製になります。
コルセット的なものは中世の終わりくらいにはあったそうですが、現代的なブラができたのは結構最近らしいです。
(例によって、ソースはウィキです)