168. コーシニアにてお乗り換え
まずは高速鉄道に乗ります。
13番線・14番線に向かう階段を上ると、先日の「コーシア23号」と同じ形の「モディコ200系」が左右に停車している。
「私たちの荷物も、これに載ってるの?」
晴美が尋ねる。
「ええ。こちらのシンカニオは、客車の先に荷物車が2両ついていて、そちらに荷物が載せられます。ですので、これは実際は14両編成ですね」
先日乗車したときは「12両編成」だと思っていたが、実際は「14両編成」だった――ということは、由真は昨夜時刻表を見て初めて知った。
13番線側の列車の3号車に乗り込み席に向かう。
割り当ては、由真が3番4席、隣の3番3席が晴美、2番4席が衛、2番3席が和葉で、3番1席がユイナ、3番2席がウィンタだった。
「席、替わる?」
晴美が、斜め前を指さしてそんなことを言う。
「いや、そういうのは……晴美さんが窓側の方がよければ、僕が替わってもいいけど」
そう答えたら、晴美は苦笑だけを返した。どうやら、由真をからかっただけらしい。
時計が10時を指したところで、「コーシア125号」は発車した。
「ご乗車ありがとうございます。この列車は、シンカニア・コーシア線経由、特急『コーシア125号』コーシニア中央行きです。途中、オトキアに10時44分、終点コーシニア中央には11時26分に到着いたします」
途中1駅に停車するのみのためか、アナウンスはシンプルだった。
「これ、速いのに本当に静かで揺れないわね」
時速270キロに達したと見えた辺りで、晴美が感心したように言う。
「ああ、愛香さんから聞いた?」
「そう。『ドルカオ4号』とは比べものにならない、って言われたんだけど……本当にそうね。名前のせいかしらね?」
「いや、あれはドルカオ家の問題じゃないと思う」
「まあ、そうね。愛香は『アスマ驚異のメカニズム』なんて言ってたけど」
愛香らしい言い回しだった。晴美と由真は、なんとなく苦笑を交わしてしまう。
「あと5分ほどでオトキアに到着いたします。3番線に到着いたします。お出口は右側です。シナニア本線とシムルタ線はお乗り換えです」
そんなアナウンスが流れて、列車は左に揺れる。
ふと窓外に目をやると、列車は徐々に減速している。
高架線が地上に接近し、高架橋の下をくぐると、今度は列車が右に揺れた。
さらに減速した列車は、「オトキア」と表示された駅に到着した。
進行方向左手には、相対式ホーム1面1線の途中に切欠ホームが1面1線備えられている。
「これ、地方の駅っぽいけど、在来線に出たのかしら?」
やはり窓外を眺めていた晴美が言う。
「あ、そうですよ。オトキアは、いったん在来線に降りてからシンカニアに戻ります」
通路を挟んで反対側から、ユイナが答えた。
列車は程なくオトキア駅から発車した。
左に揺れて高架橋に近づき、その下をくぐると加速しつつ勾配を上り、右に揺れてシンカニアの路線に入った。
そこからは、再び時速270キロで走行していく。
「あと10分ほどで、終点コーシニア中央に到着いたします。4番線に到着いたします。お出口は左側です」
時計が11時15分を指したところでアナウンスが流れた。
「乗換のご案内をいたします。ファニア線、普通列車クシトナ行は、お隣の3番線から11時35分の発車です。特別快速『ファニア3号』アクティア湖行は、同じく3番線から11時50分の発車です。シナニア本線、普通列車カリシニア行は、同じく3番線から、12時5分の発車です。
ファニア線各駅停車サイトピア方面は1番線、トマスリナ方面は2番線、メトロ南北線は8番線、トラモ南北線は7番線から発車します」
今回は、「普通列車」と由真たちの乗る「特別快速『ファニア3号』」とが続けて案内された。
「私たちが乗る列車の前に、普通列車も出るのね」
「時刻表を見た感じだと、途中で特快が追いつくみたいだけど」
晴美の言葉に由真はそう応える。
11時25分を指した直後、「コーシア125号」はコーシニア中央駅に到着した。
3番線には「普通 クシトナ行 11:35 6両」「停車駅:各駅 サイトピアまで快速 二等-1号車前側」と表示されていて、銀地に緑色の帯の列車が止まっている。
「それで、この自動改札機は、一応通してください。乗車券と特急券を重ねて入れると、乗車券だけが出てきますので、それを受け取ってください」
ユイナにそう言われて目線を移すと、ホームの中程に自動改札機が設置されていた。
高さ50センチほどの柵も設けられているものの、前回このホームに来たときは全く気づかなかった。
切符を2枚重ねて差し込み1枚だけを受け取るという要領は、日本人にとっては新幹線でおなじみのものなので、由真も晴美たちも特に問題なく通過した。
「この列車も、白鉄鋼ですか?」
停車していた列車に近づいて、今度は衛が尋ねる。
「ええ、そうですね」
「これ、コルゲートはついてないんですね」
彼はそのことに気づいたらしい。
「これは、最近の新技術だそうで、波形の板を貼り付けなくても形が整えられるらしいです」
ユイナはそう答える。これが即答できるだけでも、「神官」としては十分な知識だ。
「これね、ビードプレス処理してあるんだってさ」
由真は、横からそう口を切る。
「窓のちょっと下辺り、両側が小さく凸型になってる帯状の板が貼ってあるよね? あの凸型のやつを『ビード』って言って、あれができるようにステンレスを押しつけて延ばして細長い板にすると、コルゲートを使わなくても整形できるんだ。その代わり、構体の組み立ては、ちょっと面倒になるんだけどね」
日本の技術用語を使って由真は言葉を続ける。
「アトリアで走ってた快速のも、同じ要領だね」
――これは、昨夜時刻表を読んで得た知識だった。ただし、「ビードプレス処理」は「両端突起式圧延材工法」とされていたが。
「確かに、溝が入ってる電車があったな。あれは、そういう意味があったのか」
衛はそんな言葉を返す。
「え? 衛くん、それ、どこで見たの?」
「中学2年の夏休みに、家族で北海道に旅行に行ったときだ。洞爺湖の方に行く特急が、そんな構造だった」
中学2年――2017年の夏。その頃の特急列車なら、確かにそういう構造だろう。
「そういえばユマさん、時刻表を買ったんでしたね。鉄道の知識は、もう私より上ですね」
ユイナがそう言って苦笑する。
「あ、いえ……ビードプレス処理は、日本にもある技術ですから……」
日本から「導入」されたのか、この世界が独自に獲得したのかは定かではないが。
時計が11時35分を差したところで、クシトナ行普通列車が発車する。
その電車は――柔らかい高音を発しながら動き出し、そのままやはり柔らかい音階をゆっくりと上昇させながら加速していく。
(まさか、IGBTまで使ってるなんて……)
シンカニオのモディコ200系ですらGTOだというのに、今の普通列車の磁励音はIGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)のそれだった。
愛香曰くの「アスマ驚異のメカニズム」は、この分野については想像以上らしい。
由真が感心している間に、次の列車が入線してきた。
その車体は、緑地で窓の下に白線が引かれている。
ミスリルや白鉄鋼とは異なる、普通鋼製らしい重厚感を醸し出していた。
案内は「特別快速 ファニア3号 アクティア湖行 11:50 8両」「停車駅:サイトピア、エピコア、カプマナ、クシトナ、ファニア、アクティア台、アクティア湖 特等・一等-1号車 二等-2・3号車」とされている。
これが、由真たちの乗る特別快速だった。
汽車旅になると鉄分が増えてしまいます。
「ビードプレス処理」は、本文に書いたとおりのもので、90年代くらいのステンレス列車の横についている溝っぽいものですね。
北海道に行って札幌から洞爺湖に特急で向かう場合、「2017年の夏」ならビードの入ったキハ281系がメインでした。