166. 続・旅の支度
準備完了! とは行きません…
一連のものに加えて、晴美たちは容量20リットルの背嚢も購入する。
それを見て、由真も同じものを購入することにした。
「由真ちゃん、あの大きいリュックがあるんじゃないの?」
「あるけど、さっきのウィンタさんの話を聞いたら、アタックザックは別途必要な気がして」
晴美に問われて、由真はそう答える。
「アタックザック?」
「ああ、ピーク……山頂とかを攻略するときに使う奴だね」
祖父に連れられての「山行」。
中学校に進学した年の夏、標高日本第3位の山頂を目指すことになった。
鞍部の山荘までは大きなリュックを背負い、そこからはアタックザックを背負って、3000メートル峰2つに登頂した。
そのときに祖父が買ってくれた25リットルのアタックザックを、由真は「山行」のたびに使っていた。
登山ではないものの、「攻略」のための持ち運び用の背嚢という意味では同じようなものだろう。
「まあ、どのみち、このサイズのリュックは、これはこれでいると思うし」
「そうね。学校で使ってたのも、このくらいのサイズだったわね」
晴美がリュックサックを背負っている姿は、由真にはにわかに想像できない。
とはいえ、本人がそう言っている以上、彼女もリュックサックで登下校していたのだろう。
一同は、いったん部屋に戻る。その部屋の机の上に「アクティア湖行切符」と記された封筒が載せられている。
中には切符が3枚入っていた。
1枚は「二等乗車券 アトリア市内よりアクティア湖まで 大陸暦120年晩夏の月1日 TA アスマ旅客列車運行発行」。
1枚は「二等特急券 晩夏の月2日発 コーシア125号 3号車3番4席 タミリナよりコーシニア中央まで 大陸暦120年晩夏の月1日 TA アスマ旅客列車運行発行」。
そして残り1枚は「指定券 晩夏の月2日発 特快ファニア3号 2号車5番4席 コーシニア中央よりアクティア湖まで 大陸暦120年晩夏の月1日 TA アスマ旅客列車運行発行」と記されている。
今回は二等車になるらしい。
前回の非公式訪問とは異なり、一応は「依頼を受けての出張」だから、ということだろうか。
その切符は背嚢の小物入れに仕舞った上で、由真はウィンタの部屋に上がらせてもらうことにした。
「パーティーで用意しておくもの?」
「ええ。セプタカのときは、王国軍の雑兵隊だったり、お仕着せのレイドだったりで、独力でパーティーを組んだわけじゃないですから、そういうのも気になって……」
由真は率直に話す。
由真自身に関しては、雑兵隊はともかく、C3班と夜警に当たったときは「全員に逃げるように指示」しただけで後は単独行動、最終決戦のときはレイド隊として行動していた。
パーティーとしての振る舞いについては、全く経験がない。それが由真にとっては不安だった。
「『曙の団』は、遠征準備はサニアさんが仕切ってるから、あたしも詳しいことは勉強中なんだけど、……普段の遠征だと、天幕から収納棚から、予備の武器とかいろんなものを持ってくわね。あと、トラカドにトラクトも。けど今回は、あっちの支部の詰め所が使えるんでしょ? だったら、そんなには準備はいらなんじゃない?」
――天幕を初めとする宿営道具を揃えなければならないとすると、由真にとってはさすがにぞっとする話だった。
「弓矢なら、あたしが持ってくから心配いらないわ。みんなの武器は新品だから、さすがに今日の明日で壊れることはないと思うし」
セプタカのときに由真はサニアから弓矢を貸してもらった。
由真が持っている棍棒も、元々は「予備の武器」である。
それはウィンタも知っていて、配慮してくれたのだろう。
「救急箱とかあると、ハルミちゃんとユイナさんが治癒に煩わされなくなるんじゃない? あたしも楽できるし」
それは確かにそうだろう。全員が1つずつ持つ性質のものでもないので、1セットだけ買っておけばいい。
「あと、できれば現地の地図が入手できると助かるわね」
ウィンタは、当然のようにそう言う。
「カンシアだと、地図の入手って、やっぱり難しいんですか?」
「そうね。王国軍が作る機密資料、ってことになってるから。学校でも、地図の見方なんて教えないし」
ウィンタの表情がにわかに険しくなる。
「ドルカオ方伯なんかは、自分の領地の地図は、当然参謀本部からもらってるけど。普通の住人なんて、自分の畑の地図だって持ってないわね。王都なんて、街区の地図を貼り合わせて全体図を作っただけで終身犯罪奴隷よ」
「王都全体の地図」。ない方がおかしいたぐいのものとしか思えない。
とはいえ、王都を「王宮の外郭」と観念すれば、軍事的な意味もないとは言えなくもないかもしれないが――
「王都の地図を、そこまでの機密扱いにしないといけない、って、王宮の守り、そんなに心配なんですか?」
そう考える以外に、解釈のしようがない。
「みたいね。ただ、ナスティア市の地図は、普通に公開されてるけど」
国王が静養している離宮のある地ということになるが――
「それは、離宮も含めて、ですか?」
「もちろん。離宮の中の造りだって、地図が読めれば誰でもわかるわ」
――現国王の安全を懸念しての措置ではないらしい。
「他の場所は、どうなんですか?」
「軍の施設の周りの地図を作ると犯罪奴隷10年、県都とか、領主の別荘とかは、領主の許可なしで地図を作ると犯罪奴隷2年ね」
王都に比べれば穏健とはいえ、やはり厳罰のたぐいではある。
「『曙の団』は……サニアさんが毎回地図を用意してるわ。『民間化』までは、冒険者庁が作ってた地図があったから、それを集めてたみたい。さすがに、法律に触れるものは焼却したけど」
「焼却した?」
「『地図作成罪』って、117年にできたのよ」
そこで出てきた「117年」。ということは――
「これも、アルヴィノ王子ですか?」
「そう。ナスティア市は、陛下の御意向で一般地域並みになってるけど」
アルヴィノ王子の方針を現国王が「修正」する。ここでもその「お約束」が適用されたらしい。
「今回は、地元の領主様が地図を使わせてくれるかどうか、ってとこね」
ウィンタは、そういってにやりと笑う。「地元の領主様」といえば、他ならぬ由真のことだ。
「コーシアとアトリアの地図帳は買ってありますし、コーシアの方は持って行くつもりです」
「気前がいいわね。どこかの方伯に爪の垢を煎じて飲ませたい……って、あの方伯に飲ませたら、劇薬になって即死かもね」
どこかの某ドルカオ方伯が、5000キロ離れた地でくしゃみを連発させているかもしれない。
「あとは、送迎がある、ってことは、現地にトラカドがあるってことだと思うから、貸してもらえる算段がつけば、それで大丈夫だと思うわ」
「なるほど。現地に着いて、足りないものがあったら、支部に取りに行くなり、コーシニアの本部から取り寄せるなり、ですかね?」
「そうね。それで大丈夫だと思うわ」
「わかりました。ありがとうございます」
そう礼をして、由真はウィンタの部屋を後にした。
午後5時過ぎ。
衛と和葉の金付革鎧の現物確認に、メリキナ女史とともに由真と晴美も立ち会う。
「サイズは、動きやすくてちょうどいい」
「ミスリルって、ほんと軽いね。この剣も軽いから、セプタカのときより楽に動けそう」
試着した衛と和葉が言う。
「その剣は……」
「白鉄鋼、例のステンレスだ」
「え? これ、ステンレスだったの?」
由真の問いに衛が答えると、和葉が声を上げる。
「うん、白鉄鋼って、ステンレスと同じ作り方らしいよ。コーシニアの電車が、これでできてたんだ」
「へえ、ステンレスかぁ」
そう言いつつ、和葉はその白鉄鋼製の剣を軽く素振りする。
「私の槍も、穂先はその白鉄鋼なのよ。錆びなくて頑丈、って聞いたから、少し奮発してそれにしたんだけど、ステンレスなら納得ね」
横から晴美も言う。
「由真ちゃんは、剣とか、ほんとにいらないの?」
「僕は……ゲントさんにもらった棍棒があるから」
和葉に問われて、由真はそう答える。
現物としては単なる青銅製の棍棒。元々は「曙の団」の予備の武器。
しかし、それはゲントから直接もらった「大事な武器」であり、由真にとっては、聖剣「マクロ」など遠く及ばない「宝物」だった。
「こちらの武器は、託送でアクティア湖まで送ることになります。聖女騎士様の槍と革鎧も同様に手配します」
それまで無言だったメリキナ女史が、そう切り出す。
「それって、どういう……」
「TA旅客は、乗客の手荷物を預かって荷物車で託送するサービスを提供しています。料金は三等運賃の半額です。タミリナ発の場合は、出発の2時間半前までにこちらに預けれていただければ、アクティア湖駅で荷物を引き取ることができます」
地球では飛行機並のサービスだ。
鉄道でも、遙か昔には「チッキ」と呼ばれるものがあったらしいが、由真にとっては曖昧な知識の世界のことだった。
「こちらは、切符が荷札にもなります。明朝、現物をそのまま託送しますので、切符は、ご出発のときにお渡しします」
何から何までそつなくこなすこの優秀な受付嬢。彼女のおかげで、急な旅行にも難なく出発できる。
「済みません、何から何まで、ほんとに助かります」
由真は、心の底から感謝するばかりだった。
長くなってしまいましたが、旅支度だけで話数をこれ以上取るのも気が引けるので、無理矢理1話に納めました。
「標高日本第3位の山の鞍部にある山荘」というと商標とかがありそうなので、山の名前を含めて本文では伏せました。
メリキナ女史のような仕事能力が欲しいですね…