165. 旅の支度
冒険者・生産者として、初の仕事旅行の案件が決まります。
その日の昼。
由真が連絡したとおり、宿泊棟1階の食堂に、全員が集合した。
「急に呼び出してごめん。実は、依頼とかがあったから、その関係を相談したい、って思って」
そう切り出して、アクティア湖周辺でゴブリンが目撃されたという情報が入ったこと、それを受けた調査・討伐を由真・晴美・衛・和葉・ウィンタで請け負い、「結界の再構築」のためにユイナも同行することを話す。
「このアクティア湖ってとこは、ファニア高原ってとこの近くで、そこに牧場があるから、恵さんにいろいろお願いしようって思ってるんだ。それで、化け物のたぐいはさっさと片付けて、恵さんと明美さんに牧場に来てもらえれば、って考えてて」
「高原の牧場? めっちゃリゾートじゃん!」
美亜が高い声を上げる。
「化け物が片付いた後なら、夏休み気分でゆっくりできそうね」
「こっち来て初めて遊べる感じだよね!」
香織と瑞希もそんな反応を示す。
「コーシア県の誇る観光地なら、状況は視察しておきたい。それに、乳製品の供給も気になる」
淡々と言う愛香。彼女がどの程度「行楽」を意識しているのかは、その表情からは伺いがたい。
「まあ、それで、僕たちは、早ければ明日にも出発して、現地を調査する。それで、片がついたら、こっちに連絡するから、そしたら恵さんたちも来てもらう、ってことで、どうかな?」
そう問いかけると、どこからも異論は上がらなかった。
そのまま炒めご飯を注文して昼食を取っていると、メリキナ女史がやってきた。
「閣下、アクティア湖の件ですが、明日の午後以降、ファニア支部のアクティア詰め所が使えることになりました。列車の時間を伝えれば、迎えが来るそうです」
彼女は、細かな事務仕事を引き続き処理していたらしい。
「迎え、というのは……」
「普段通りの送迎ということで、念押しはしてあります。ファニア市の幹部との顔合わせのようなことは、初登庁を終えられてから、タツノ副知事とご相談いただければ」
由真が「過剰な歓迎」を避けたがっていることは、メリキナ女史も理解しているのだろう。
「それから、聖女騎士様の槍にカツラギ男爵とセンドウ男爵の剣はすでに完成しております。金付革鎧の方は、作業を急ぐよう工房に要請し、今日の夕方には現物をご確認いただき、明日の朝一番で納品できることになりました」
衛と和葉の金付革鎧は、明後日朝仕上がりの予定だった。そちらも督促してくれたらしい。
「よろしければ、これから切符を手配します。ただ、休日ですので、西駅から直通ではなくタミリナから出る便になると思われますが……」
「それで大丈夫です」
「それから、生産者の方々で、追って現地入りされる、という方は、いかがなりますでしょうか?」
「そっちは、アクティア湖の案件が片付いてからになりますから、えっと……」
生産組の「窓口」を誰か指定した方がよいのだが――と思いつつ由真が目を向けると、全員の視線が愛香に集中していた。
「私たち6人、全員が合流します。宿とか日程とかは、私に言ってください」
特に表情を変えずに、愛香は応える。
「そういうことで、済みませんけど、よろしくお願いします」
「かしこまりました」
メリキナ女史は、そういって一礼して、食堂を後にした。
そのメリキナ女史は、由真たちが炒めご飯を食べ終えて、食後のお茶を飲んでいる間に、再び顔を出した。
「明日10時ちょうどにタミリナを発つ『コーシア125号』の切符がとれました。後で皆さんのお部屋にお届けします」
あっという間に段取りが済んでしまった。上級官吏だというメリキナ女史は、さすがに仕事が速い。
日程まで決まったため、冒険者組は、必要な物品を購入するために購買部に向かう。
「水筒、ランタン、火起こし、方位磁針、紐、ナイフに革幕……みんなは今回が初めてだから、一通り買っておいた方がいいわね」
「方位磁針とか、紐とか革幕とか、全員が買うんですか?」
ウィンタの言葉に和葉が首をかしげて問う。
「手分けして探索することだってあるから、単独行動のための道具は全員が用意するのが基本なの。……って、これはサニアさんの受け売りだけどね」
そう言って、ウィンタは苦笑する。
「実際今回は、湖畔のどこにあるかわからないゴブリンの巣穴を探す、っていう話だから、単独行動の『七つ道具』みたいなものは、買いそろえておいた方が良さそうね」
「まあ、今回買っておけば、後々まで使えるものだしね」
晴美に言われて、由真もそう応える。
水筒は容量1リットルのものが1本30デニ、ランタンはろうそくが別売りで1個20デニ、火起こしは火打ち石方式で1個30デニ、方位磁針は1個10デニ、紐は10メートルが15デニで20メートルが30デニ、ナイフは刃渡り8センチの鉄製で1本30デニ、革幕は1つ200デニだった。
「あと、入れるものは、みんなどうしてるの?」
ウィンタに問われて、晴美たちは顔を見合わせる。
「私は、ベルシア神殿の鞄を、そのまま持ってきましたけど」
「あたしもです」
晴美と和葉がそう答え、衛も無言で頷く。
「僕は、神殿のキスリング……麻製の背嚢をそのまま使ってますけど、あれ、よかったんですか?」
受け取ったときは「支給品」ではなく「貸与品」だと思っていたものの、それに荷物を詰めたま、このアトリアに来てしまった。
今更のことながら――
「ハルミさんたちの鞄は、シチノヘさんたちの分も含めて、全て支給品です。ユマさんの背嚢は、元々は貸与品でしたけど、破損したので廃棄、という扱いにしましたから、別に使っても問題ないですよ」
ユイナが微笑とともにそう答える。
「え? それ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。それに、今更ベルシア神殿まで返しに行く訳にもいきませんよね? 『ミノーディア12号』は、昨日出発しちゃってますから」
そう言われては返す言葉もない。
「まあ、そもそも、ユマちゃんのあの手柄、まともに討伐の依頼を出してたら、契約金だけでも300万、七首竜の討伐報酬を入れたら、1000万くらいは出ててもおかしくない案件なんだから、背嚢の一つや二つくらいもらっちゃいなさいよ」
ウィンタも、そう言って笑う。「1000万」は「円」ではなく「デニ」であろうから――
「そんな案件……なんですか?」
「今回のも、ゴブリンの巣穴をつぶすところまで計算に入れたら、カンシアなら安くて20万デニくらいですからね。アスマだと、常時依頼分がありますから、単発案件としては1万デニ程度ですけど」
ユイナのその台詞を信じるなら、カンシアの相場は「ぼったくり」とすら思える。
「まあ、あっちは、人件費とかいろんな経費とかは個別の契約に込み込みでもらわないといけないし、魔物討伐は、たいていのギルドが高い値段をふっかけてはねつけてるんだけどね。
あのときのオーガ討伐、うちは基本50万に日当5万と1体1万で受けたんだけど、これだとかなり割安よ」
ウィンタにそう言われると、「曙の団」も「生活費」を稼がなければならないという事情を認識させられてしまう。
「ま、それはともかく、ハルミちゃんたちは、持ち運び用の背嚢も用意した方がいいかな。鞄は、大荷物を詰めるのにはいいけど、動くときには不便だから」
そう言って、ウィンタは話題を「出発準備」に戻す。
由真も、「経済事情」のことを、ひとまず頭から振り払った。
「冒険者」も先立つものが必要な訳で、後半は経済事情でした。
「七つ道具」みたいなものは、初期投資の範囲ですが…