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164. 関係者とのご相談

5人「だけ」で行く、とはならないもので…

 訓練場から通信室に向かうと――メリキナ女史の傍らにユイナがいた。


「聞きましたよユマさん。アクティア湖で鬼退治だそうですね」


 ――通信に立ち会っていたメリキナ女史から聞いたのだろう。


「ええ、まあ、コーシアギルドだけだと手こずるような話だったので」

「鬼退治は、後始末が大事なんです。魔物よけの結界を、きちんと張り直す必要がありますから。アクティア湖の結界が緩んでいるということなら、神官として手を入れないといけません」

 穏やかな笑みを浮かべたまま、ユイナはそう言う。


「それは、つまり、ユイナさんも、同行する、と?」

「皆さん一緒に行くということでしたら」

 そう言われては否やはない。


 そのまま、ユイナも伴って通信室に入り、副知事に改めて連絡を取る。


『アイザワ子爵、カツラギ男爵、センドウ男爵、ボレリアさん、それにセレニア神祇官猊下ですか』

「私は、結界の張り直しにお邪魔するだけですので」

 息をのむタツノ副知事に、ユイナは穏やかに言葉を返す。


『ゴブリンが都合7体目撃された程度なのですが、その顔ぶれは……』


 仮にも「セプタカのダンジョンを陥とした」という顔ぶれが「たかがゴブリンごとき」のために大挙して繰り出すと言われては、本気かどうか疑うのも道理だろう。


「半分は、実戦演習です。僕たちは、ダンジョン攻略1回しか経験がないので、冒険者の基本からおさらいを、と思いまして」

 由真は正直に答える。


「あと、今朝もお話ししたとおり、酪農関係で、生産者も早くファニアに入れたいので」

 そもそもの用件はそれだった。酪農関係を進めるためには、できるだけ早く恵たちをファニア高原に入らせる必要がある。

『かしこまりました。それでは、依頼の関係は、ギルド間で調整させます』

 その説明で、副知事は納得したようだった。



「依頼の関係の調整、というのは……」

 通信を終えて、由真はメリキナ女史に尋ねる。


「今回の件は、事案発生の場所から、コーシア冒険者ギルドが請け負ってファニア支部が処理に当たります。ただ、事案の程度によっては応援が必要になりますので、その場合は、コーシアのギルド本部がファニア支部に応援部隊を割り当てて、任務完了後に報酬の精算などを行います。

 今回は、コーシアギルドがアトリアギルドに応援部隊派遣を要請する、という形になりますので、その部分で調整が必要になります」


 メリキナ女史のその答えを聞くと――


「もしかして、すごく面倒なこと、お願いしてます?」

「いいえ。コーシアギルドとの関係ではいつものことですし、アトリアギルドとは関係も良好ですので、特に問題はありません。北シナニアとなると、話は変わりますけど」

 相手の表情が少し曇る。


「『民間化』のときに、コーシアは、魔物討伐案件はアトリアから応援を受ける前提でできましたけど、北シナニアは自力で片付ける前提で、A級冒険者が5人あちらに入っているので、最初から、あまり関係はよくないんです」

 横からユイナに言われて、「ミノーディア11号」の車中でもそんな話を聞かされたのを思い出す。

「ともかく、今回の件は、お昼には話をまとめてご報告できると思いますので、ご安心ください」

 メリキナ女史にそう言われて、由真は、わかりました、とだけ答えた。



 朝一番で済ませておきたかった件は一通り片付いた。

 由真は、図書室に向かい、昨日注文した地図、時刻表、消防の年次報告書を受け取ると、いったん部屋に戻る。


 コーシア県の地図帳を横に置いて、治水史の本を精読する。

 小一時間ほど格闘した後、お茶を淹れようと思ったところで、ドアがノックされた。

 扉を開けると、メリキナ女史が立っていた。


「閣下、先ほどの件ですが、コーシアギルドと調整がつきました」

「え? もうですか? 早いですね」

「それは……依頼は閣下ご自身ですし、受けられるのも閣下ですので」


 ――コーシア県庁からの依頼は、名目上は「知事」が行うことになるらしい。


「今回は、アトリアギルドの実習案件斡旋依頼にコーシアギルドが応じた、という体裁としました。コーシアのファニア支部が、皆さんの任務実習を支援する、という形になります」


 後々しこりが残るのを避けるための配慮だろう。


「ありがとうございます。助かりました」

「いいえ。それと、生産者の皆さんも入られるということでしたら、日程を決めていただければ、切符の手配なども致します」

「それ……は、……済みません、お手間をおかけします」

 切符の手配は自分でする――などとはさすがに言えない。まして、生産組の旅程の手配となるとなおさらだった。



 その生産組は――訓練場のような場所に固まっている訳ではなかった。


 部屋を順番にノックしたところ、美亜が不在、愛香と香織は在室していて、瑞希、明美、恵は不在だった。

 在室していた2人には、昼食の時に相談があるから1階の食堂に来て欲しい、とだけ告げる。


 実習棟に入ると、美亜は被服実習室でフランネルを織っていて、明美と恵は調理実習室で小麦を練っていた。

 どちらにも、同様に伝える。


「瑞希さんはどこだろ? 心当たりとかないかな?」

「あ、なんか購買で金物見るとか言ってたよ」

 調理実習室で問いかけると、明美がそう答えてくれた。


 その購買部に入り、装備品売り場をのぞいてみると、その先の工房に瑞希はいた。


「瑞希さん、武器でも見てるの?」

「あ、由真ちゃん。そういう訳じゃないんだけど、日用品の金物も、ここである程度やってるって聞いて、ちょっとのぞいてみたんだ」

 由真の問いに瑞希はそう答えた。


「金物?」

「うん。ちょっと試してみたいのがあるんだよね」

「試してみたいもの? 金細工?」

「そう。ま、セプタカでも盾とか鎧とか直してさ、そういうのも覚えたんだよね」

 そう言って瑞希は笑う。


「そうなんだ。あ、それで……」


 そんな瑞希に、由真は「昼食の時に集合してほしい」という用件を伝える。


「わかったよ。宿泊棟の1階のとこでいいんだよね?」

「うん。忙しいとこ申し訳ないけど」

「あ、それは別に。なんか由真ちゃんの方が、忙しくて大変そうだよね」

 その言葉に、由真は苦笑だけを返した。



(やっと終わった)


 ジーニア支部の中をかけずりまわり、ようやく用件を伝え終えて。

 ロビーのソファに腰掛けたところで、由真の胸の奥から溜息が漏れてきた。


(伝言一つでこれって……スマホがあれば同報ですぐ済むのに。20世紀の人たちって、どうやって生活してたんだろ)


 2004年2月29日生まれの由真は、自分用の携帯端末はスマートフォンしか持ったことがない。

 いわゆる「ガラケー」は、両親が使っていたのを幼い頃に見たことがあるだけだった。

「ガラケー」の前は「PHS(ピッチ)」、そのさらに前は「ポケベル」という通信手段があった、ということは、由真の中では「文化史」の「知識」の世界である。


(まあ、SNSで炎上リスクにおびえたり、既読スルーで気をもんだり、そういうのがないのはいいかもしれないけど)


 通信手段も、身近になりすぎるとやっかいごとが増える。

 これは文明水準というより人のさがの問題なのだが。


(通信手段も、考えた方がいいかな)


 スマートフォン――はともかく、せめてトランシーバーのようなものでもないと、横の意思疎通すらままならない。


(冒険者の活動、って意味からも、これも課題だな)


 息をつき、疲れを癒やしつつ、由真はそんなことを思っていた。

「お昼に集合!」―ケータイ的なものが一切ないと、それを伝えるだけでも一苦労です。

2020年時点の高校2年生である彼女たちにとっては特に。

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