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160. アスマの災害対応

せんべい試食会の途中で、話題はシリアスになります。

「ところでユマさん、歴史の本をたくさん調べていたみたいですけど……」

 ユイナが問いかけてきた。


「ええ、アスマの通史から、きちんと理解しておかないと、と思って」

「そう、ですね。本当なら、神殿の『初期教育』の段階で、きちんとご説明しておくべきでしたけど……」

 申し訳ない、という趣をあらわにユイナは言う。

 ベルシア神殿においては、ノーディア王国の歴史に関してほとんど何も教えないという方針が貫かれていた。


「あ、いえ、ある程度は、あちらの書庫で調べてましたから。ただ、そもそもアスマの歴史の資料が、あちらにはまるでおいてなかったみたいですね」

 そのことは、強く認識させられた。


「まあ、あの、元々、あちらはカンシアの神殿ですから、本もカンシア中心ですし……」

 ユイナは苦笑を返す。


「アスマの歴史、ってどういう感じなの?」

 晴美が問いかけてきた。

「まあ、ざっくり言うと、中国みたいな王朝交代をやってきた感じかな」

 由真は、文字通り「ざっくり」と説明する。


「ただ、200年前は、『大洋神の手』っていう『天変地異』があって、それで、第一次ノーディア王朝は、アスマを手放したみたいだけど」


 そう言葉を続けつつ、由真はユイナとウィンタの表情を伺う。

 ユイナは――驚きや焦りは示さず、ただ目に見えて表情を曇らせた。


「『それ』、あたしたちも、はっきりとは教わらないのよね。とにかく悲惨だった、ってのは聞くけど、学校では全くやらないから」

 ウィンタは、眉をひそめてそう応える。


「カンシアの学校では、絶対に扱わないですし、尋ねられたら『荒唐無稽な作り話だ』と答えるように、というような指導が、学校でも、神殿でも、徹底されていますから」

 ユイナは、そう応えると、深く溜息をつく。


「アスマでは、何が起きたか、ということは、学校でも神殿でも、きちんと教えることになっています。ただ、その受け止めは、人によりけりですから、大人になるとすっかり忘れる、という向きも、少なくありませんけど」


 ――「国が滅んだ」ほどの災厄なのに、記憶の風化が起きているということか。


「その『天変地異』って、何が起きたの?」

 問いかけてきたのは晴美だった。


「端的に言うと、超巨大地震に伴う大津波だね。アトリアもシアギアも、それで壊滅したみたいだよ」

 由真が答えると――その場の全員が硬直する。


「超巨大地震に伴う大津波」。その言葉に対するこの反応。ここにいる10人は、あの悲劇を忘れていない。


「ノーディア暦219年の晩冬の月11日、正午頃にアマリトが一斉に熱を帯びて、午後1時頃に地震が起きて、程なく海がせり上がって、街を一気に呑み込んでいった。神殿では、そのように教えています」


 よどみなく客観的な説明をするユイナ。そのように「訓練されている」と感じるのは、由真の思い込みだろうか。


「大洋神ゼストが『ノーディアに天誅を下した』と神託を下したということで、この件は『大洋神の手』と呼ばれています。ベニリアでは、丘の上にあったアトリア中央神殿も壊れました。そのときには、大地母神様は大洋神ゼストの陵虐を免れられなかったようです」


 この説明は、間違いなく「訓練されている」。

 大地母神の神殿で育ったユイナが、「大地母神の敗北」という事態を、よどみなく、選ばれた言葉で語るのは、そうとしか考えられない。


「この間アスマを統治していたミグニア王朝は、沿岸の地母神神殿を破壊して、大洋神神殿に作り替えていました。第二次ノーディア王朝の時代に移ってから、かつての地母神神殿は、全て復旧されています。少なくともベニリアでは、ゼストを信仰する人はほとんどいないはずです」


(ユイナさんが、ゼストに『様』をつけてない)

 神格と対話する「能力」において王国最強のこの女神官が、神格に「様」の敬称を使わない。


(敵対関係ってことか)

 少なくとも、「大洋神の手」を巡っては、大地母神セレナと大洋神ゼストは対立している。

 ユイナは、そう認識しているのだろう。


「それ、津波とか、大丈夫なの?」

 晴美がそう問いかけてきた。その瞬間、ユイナは、はっとしたように目を見開いた。


「ツナミ?」

 そう言って、ユイナは首をかしげる。


「あ、僕らの世界の言葉で、海底で強い地震があったときに、海水が激しく弾かれて、塊になって浜に押し寄せてくるもの……要するに、『大洋神の手』で言われてるような、そういう現象のことです」


 由真はとっさに解説する。


(『津波』、翻訳スキルを通らなかった……)


 地球の諸外国でも、「津波」は「tsunami」と呼ばれている。それと同じことだろうか。


「あ、なるほど……そういうこと、ですか」

 すると、ユイナは納得したような表情になる。


「トビリアでは、大陸暦45年と57年に、小規模ですけど、やはり地震の後に海がせり上がる事件は起きています。ただ、港からすぐに丘の上に避難する、という行動が徹底されて、犠牲者は出ていません」


 ――タクティド1世の教訓が、そのときは十分活かされていた。


「そう。でも、リスクがあるのは怖いわね」

「そう、ですね。トビリアも、60年以上経ってますし、油断はできません」

 それ以上に記憶が風化しているおそれのあるベニリア――ことに州都アトリアに「油断」があっては致命的だ。


「ところで、自然災害が起きたときとか、冒険者ギルドは、何かするんですか?」

 不意に思った疑問を、由真は口にしていた。

 地球――日本なら警察・消防や自衛隊がする仕事。この世界の「冒険者ギルド」は――


「そうですね。山火事なら火を消したり、洪水が起きたら土嚢を積んだり、大風で建物が壊れたら修繕したり、救助の活動とかもしてますね」

「カンシアでも、『民間化』まではそういうことをしてたわね。『民間化』されてからは、そのたぐいは衛兵の仕事、ってことになってて……実際は誰も何もしないけど」

 ユイナの答えをウィンタが補う。


「あれは、心配になりますね、正直なところ」

「セントラは消防隊がいるから火消しは大丈夫だけどね。ドルカナ辺りも、ドルカオ方伯の顔に泥は濡れないから、火事が起きたら一応消すとは思うわ」

 ウィンタの言葉を聞くと、余計に心配になる。


「つまり、消防とか防災とか、救助とか復旧とかも、冒険者ギルドが請け負ってる、っていうことかしら?」

 晴美が問いかける。


「まあ、そうなりますね。火消しと救助はギルドに常時依頼、山火事とか洪水とかの勢いになると緊急で依頼が出ますし、補修工事のたぐいも、必要になったら請負になります」

「そうなると、冒険者ギルドは、そういうたぐいの訓練もするの?」

「都市部……アトリアとかコーシニアとかなら、消防専門の部隊がいて、訓練も当然重ねています。地方だと、専門部隊を展開するのに時間もかかりますから、全体で火消しの訓練はしてますね」

 冒険者ギルドが、都市部では常備消防の任務を負い、地方でも消防団の代わりとなっているのだろう。


「そう。……日本だと、救急医療って言って、急病人を病院に運ぶ途中とか、運ばれた直後とかに、できる範囲の医療措置なんかもするんだけど、そういうのは?」

「それは、……怪我をしたときの応急措置は、冒険者の『本業』に関わりますから、ある程度のパーティーなら、それなりにやってますけど……」

 医療措置という水準のことができる者――神官なり医師なりがそう大勢いる訳ではないだろう。


「そもそもそっちよね。魔物退治の最中でもある程度は治療ができるようにしておかないと、戦力に響くものね」

「『曙の団(うち)』も、その手のことはサニアさん任せになってたから、一応、あたしも医術とかは勉強してるのよ。っても、医術がレベル3で、光系統魔法はレベル5だけど」

 晴美の言葉にウィンタが反応する。


「ウィンタさん、それは十分高いんですよね?」

「ハルミちゃんのレベル10には到底及ばないけどね」

 ウィンタに言われて、晴美は苦笑する。


「でも、そういうのも、必要ですよね」


 そう口にした由真の胸の奥から、深い溜息が漏れてくる。

 これも、冒険者ギルド全体の課題であり、コーシア県としても課題でも――


「だから、一人で背負い込んだらダメよ? 私も、それこそ光系統魔法なら、それなりの水準なんだから」

 ――晴美にたしなめられてしまう。先ほどと全く同じ展開だった。


「あの、『レベル10』は、それなりの水準、とかではありませんからね」

「って、そういうユイナさんも『レベル9』でしょ? あたしから見たら、十分別次元だから」

「それを言ったら、『無系統魔法レベル0』にはかなわない、という話ですけど」


 ユイナとウィンタの話が、いつの間にかこちらに向けられてくる。

 由真は、苦笑を返すしかなかった。

「津波」は、英語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語・ドイツ語などなどでことごとく「tsunami」と言われています。ロシア語でもキリル文字で「цунами」です。

(ただし、中国語では「海嘯」です)


「冒険者ギルド」の存在意義の一つとして、消防と防災への貢献というものもある―と、一連の話から考えた次第です。

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