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159. せんべい試食会

久しぶりに、普通のお話になります。

 香織は、ゴムノ――この世界の「ゴム」である――を魔法油から合成するプロセスについて説明された専門書を見つけて、ビリア司書に貸し出し手続を頼んだ。


「手数料を払えば、写本を売ってくれるらしいよ?」

 由真は――ビリア司書が説明しなかったので――そう補う。


「そうなの? でも、本を買うお金は、まだもったいないかな」

 香織はそう応える。カンシア滞在中の苦境が忘れられないのだろうか。


「ユマさんは、何か買ったんですか?」

 ユイナが問いかけてきた。

「ええ。地図と時刻表を。全部で500デニしましたけど」

「……500? 高すぎない?」

 ユイナに答えると、香織が目を見開く。


「地図も時刻表も、高い部類ですから。普通に文字が埋まっているだけだと、10デニから20デニくらいで買えますよ」

 ユイナが答えるのと相前後して、ビリア司書は貸出し手続きを済ませる。


「それではこちら、期限は1週間になりますので」

「わかりました」

 ビリア司書の言葉に香織は頷き、本を手に取った。


「ユマさんは、まだ調べ物ですか?」

「そう……ですね、体が凝ってきて、少し休憩した方がいいかもですね」

 昼食を挟んで、朝からずっと本や書類綴りをひたすらめくっていたため、さすがに一息入れたい。

「実は、サトウさんが焼きパンのようなお菓子を作ったので、調理室で試食するんです。よかったらユマさんもどうですか?」

 そう言われては、否やはなかった。


 1階の調理室に降りると、明美のほか、美亜、恵、瑞希、それに晴美、衛。和葉にウィンタもいた。


「みんないる。これがせんべいの試食会?」

 後ろから聞こえたのは愛香の声。結局、メンバーが全員そろったことになる。


「……せんべい? これ、せんべいの試食会だったの?」

 ユイナから「焼きパンのようなお菓子」と聞いただけの由真は、そう問いかけてみる。


「あ、みんなそろった!」

 輪の中心にいた明美が声を上げる。その手元に、磁器製のふたが置かれていた。


「それじゃ行くよ? じゃーん!」

 そんな大仰な声とともに、明美がふたを持ち上げると、そこには――皿に載せられた白いせんべいが盛り付けられていた。


「おお! おせんべい!」

「でも、なんだか白いのね」

 瑞希が歓声を上げ、恵が軽く首をかしげる。


「うん、これ、小麦を練ってごま塩を振ったんだ」

 明美の答えに、改めて注目してみると、その白い表面にはごまとおぼしき黒い粒がまぶされている。


「それじゃ、早速召し上がれ!」

 そう言われて、由真たちは早速そのせんべいに手を伸ばす。


「おお! すごくおいしい!」

 美亜が端的な声を上げる。

「パリパリで、塩味があっさりしてるのね。ごまの風味も塩味にあってる感じ」

 恵は、そのせんべいをかみしめながら、そんな感想を口にする。


「こんなおせんべい、初めてね。これは、こっちのもの……じゃないわよね?」

 晴美が問いかける。


「あ、うん。これ、岩手ら辺で作ってるのをまねしてみたんだ」


 その答えで、由真も「小麦を練ってごま塩を振る」工程で作るせんべいを思い出す。

 その製法の概略は知っていたものの、こんなところで再現できるような技量は、由真には当然ない。


「これ、ニホンの焼きパンなんですか?」

「塩気がきいてて、何枚でも行けそうね」

 ユイナとウィンタが言う。


「あ、えっと、これは、なんて言うか……」

 この「現地人」に説明しようとした明美は、言葉に迷った様子を見せる。


「このたぐいは、僕たちの世界だとお米……粘りけの強い『餅米』を練ったものを堅焼きして作るんです。ただ、北の方だとお米はあまりとれなかったので、代わりに麦を使って似たようなものを作った、っていうのがこれですね」

 ――由真は。とっさに横から口を挟む。明美は由真に苦笑を向けた。


「お米を、練るんですか?」

「ええ。『餅米』というものを炊いてから、水を混ぜてこねると、ペースト状になるんです。それを『餅』って言って、それも好んで食べますけど、それを焼いて水気を飛ばして、保存性を高めた、っていうところですね」

「なるほど。皆さん、本当にお米中心なんですね」

「まあ、そうですね。気候条件が、たいがい米向きですからね」

 ユイナの言葉に、由真はそう応える。


「まあ、ずっと運動してたから、ほんとに何枚でも食べられるよ、これ」

「そうね。飲み物も、コーヒーとかじゃなくて、普通のお茶の方があってるわね」

 和葉と晴美が言う。


「あれ? そういえば、晴美さんたちは、今日は?」

 昨日から今日にかけて、晴美とは完全に別行動になったため、由真はその動静を把握していなかった。


「私は、和葉に長刀を教えてたの。私が忘れる前に、別の人にも覚えてもらった方がいいかな、って思って」

 穏やかな笑みとともに、晴美はそう答えた。


「忘れる前に?」

「そう。由真ちゃんも、太極拳をユイナさんに教えてたでしょ?」


 ――それはユイナから請われたからだったのだが。


「あ、そうだ。由真ちゃん、あたしにも、太極拳教えてもらえないかな?」

 そして和葉がそう「請うて」きた。


「それは、和葉さんが、時間があるなら、いくらでも教えるけど……」

「こっちは、時間ならいくらでもあるから大丈夫。由真ちゃんが、すごく忙しそうで、あれだけど……」

 和葉は、由真の顔色をのぞくような表情を見せる。


「え? いや、今は、いろいろ調べ物があるだけで、じきに落ち着くと思うけど……」

 その「調べ物」が多すぎて消化し切れていないものの、和葉の表情も気になって、由真はそう応える。


「由真ちゃん、あんまり一人で背負い込まない方がいいわよ?」

 穏やかな声で晴美が言う。彼女は彼女で、由真の表情が気になったのだろう。


「そう、だね」


 そんな晴美に過剰な心配はかけたくない。

 そんな思いとともに、由真は頷いてみせた。

試食会に供されたのは「南部せんべい」というものです。旧南部領(岩手県と青森県東部)で作られています。

ウィキにも記事はあるので、一般名詞かとは思いつつ、本文で直接言及は避けました。

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