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158. アスマ地方通史

設定提示話、もう少しだけおつきあいください。

 大きなテーマ「大洋神の手」と「ミノーディア総州の地理」について、閉架図書である程度掌握できた。

 その間、ビリア司書はもとより、クロド支部長も立ち会っていた。

 支部長も巻き込んでいるのはさすがに忍びないので、由真は地上3階の図書室に戻ることにした。


 想像を絶するプレートテクトニクスの激しさを思い知らされて、地震災害に関する歴史を調べてみる。

 しかし、「大洋神の手」ですら神話伝承並の扱いとなっているこの文明では、それより古い地震災害の記録は乏しかった。


 無い物ねだりをしても仕方ないので、アスマ地方の通史を洗い直すことにした。


 現在「アスマ地方」と呼ばれる地域を最初に統一したのは、現在のシナニアを本拠地としていた「シナニア王朝」だった。

 エスガルト・ラガド・フィン・シナニア。王朝の「正史」によれば第11代の国王。

 このエスガルト王が、20年ほどかけて、現在のベニリアとナミティアに割拠していた地方王朝を征服し、「世界の初代皇帝アロ・アルマド・モディコ」を称した。

 この王朝は、初代皇帝が崩じた後、二代皇帝(ゼグモ・アルマド)の治世14年目に反乱が発生し、17年目に崩壊した。


 次の統一王朝は、そのわずか9年後に誕生した。

 反乱の中で軍閥を率い、当時のシナニア南部にあった「アスマ地方」に公爵の爵位を与えられたポルト・デルコ・フィン・アスマ。

 この人物が、割拠する他勢力を従えて、「アスマの皇帝アルマド・フィン・アスマ」として推戴された。

 ポルト大帝とあがめられる彼に始まる王朝は、以後32代517年の長きにわたってアスマの地に君臨した。

 その王朝の名が、後々に至るまでこの地方全体の名となるほどに、その影響は大きかった。


 アスマ帝室が帝都を追われると、以後しばらく、アスマは群雄割拠の状態になった。

 ただ、そのアスマ帝室は、現在のコスキアに逃れ、この地で「亡命王朝」として命脈を保っていたという。


 ポルト大帝の即位の年をもって元年とするアスマ暦の711年に、南部を統一したナミティア王国が、このアスマ帝室から「アスマの皇帝アルマド・フィン・アスマ」の地位の「禅譲」を受けた。

 この「ナミティア王朝アスマ帝国」は、アスマ王朝の後継として振る舞い、暦年もアスマ暦を継続して使用した。

 他方、北部は、ベニリア王国の手によって統一された。ベニリア国王もまた、自らを「皇帝」と称した。


 南北の帝国が両立する状態に終止符を打ったのは、ベニリア帝国の将軍ケルト・ヨグルコという人物だった。


 彼は、ベニリア帝国の実権を掌握し、スイニア公爵に叙された上で、アスマ暦958年にベニリア皇帝から「禅譲」を受けて皇帝に即位した。

 新皇帝ケルトは、続けてナミティア王朝に侵攻し、アスマ暦967年にはナミティア皇帝からも「禅譲」を受けた。


 ケルトの王朝「スイニア王朝」は、450年ぶりにアスマを統一支配した。

 ケルト帝は、アスマ暦975年に崩じ、長男のシルトが2代皇帝として即位した。

 シルトは、長く続いた南北の分断を重く見て、ベニリアとナミティアを結ぶ運河の整備を構想、帝国の総力を挙げてその建設を進めて、アスマ暦996年に完成させた。

 しかし、この事業が完成した直後のアスマ暦999年に全国で反乱が発生し、1000年に皇帝は帝都を追われ、1001年には殺害されるに至った。

 シルトの長男オルトが皇帝に即位して、3年後にはタグリア公爵エンノに「禅譲」し、程なく没した。

 シルトは「魔を極めた者」という意味の「ダリスト」と、オルトは「スイニア王朝最後の」という意味の「ウムロ・スイニコ」と追号された。


 新たに即位した皇帝エンノは、反乱の制圧に追われた。

 彼の次男ミセンノが後を継ぎ、内は堅固な中央集権体制を固め、外はトビリアとノーディアを間接統治下に置いた。ミセンノ帝は、ダリスト帝が建設させた運河を改修して、南北間の輸送力を大きく増強もした。

 このタグリア王朝は、アスマ暦1509年に帝都ナギナを追われるまで、やはり500年の長きにわたって君臨した。


 タグリア帝室は、ナギナを追われてからも、なおも100年ほど、コスキアに亡命政権を保っていた。

 その間、アスマは群雄割拠の状態が続いた。


 これを制したのは、コギアモ・クスコという将軍だった。

 彼は、アスマ暦1603年にナミティア地方のソグリア県を知行するソグリア伯とされた後、1609年にナミティア全体を統べるソグリア王に擁立された。

 ソグリア王コギアモは、さらにベニリアとシナニアも制覇して、アスマ暦1613年にはタグリア帝室から「禅譲」を受けて皇帝に即位した。


 このソグリア王朝は、南下を望むトビリアの騎馬民族の圧力に直面していた。

 トビリアの諸部族は、アスマ暦1731年にワンド・フィン・アグルドを「大王」に擁立して統一政権を樹立して、1738年からベニリアへの侵攻を開始した。

 ソグリア王朝はトビリアに対抗することができないまま、ベニリアとシナニアを奪われた。しかし、トビリアはさらに南のナミティアを制することはできなかった。

 アスマ暦1745年に、ソグリア王朝のオトルニコ帝とトビリアのワンド大王は、和睦を結んだ。ワンド・フィン・アグルドは「トビリア皇帝」として即位し、オトルニコ帝はその「庇護の下」で「皇帝」の号を維持することを許された。


 以後、「トビリア皇帝」と「ソグリア皇帝」の併存が続いた。

 これを打破したのが、ノーディア王国第3代国王エルヴィノ1世だった。


 彼は、アスマ暦1862年――ノーディア暦77年にトビリア王朝を滅ぼし、ノーディア暦84年――アスマ暦1869年にはソグリア王朝も滅ぼして、「アスマ統一王朝」を再現した。

 エルヴィノ1世は、ソグリア王朝から「アスマの皇帝アルマド・フィン・アスマ」の地位を禅譲された。

 彼はナロペアの「皇帝」とされる「カザロ・アギスト」にも推戴されて、大陸の東西を制覇する「帝王」として君臨した。

 ノーディアの歴代君主は、全員が東西の「皇帝」となった訳ではないため、君主として代を数えるときは「第3代国王」とされる。

 とはいえ、エルヴィノ1世は、「大帝」の名にふさわしい存在として後世に語り継がれている。


 ノーディア暦219年――アスマ暦2004年の「大洋神の手」を受け、アスマ暦2005年にタクティド1世が退位、ミグニア王朝初代皇帝ドラコが即位した。

 そのミグニア王朝は、151年後のアスマ暦2156年――ノーディア暦71年に、ノーディア王国に降伏し、その版図全域の統治権を譲った。


 歴代王朝が「アスマ暦」を継承し続けたため、2200年にわたる年代の計算は容易だった。

 それ故に、ある「法則」の存在がわかる。


(500年おきに、王朝が滅んでる)


 最初のシナニア王朝の滅亡がアスマ暦元年の9年前。

 アスマ王朝の滅亡はアスマ暦517年。

 スイニア王朝を滅亡に至らせた反乱の開始がアスマ暦999年。

 タグリア王朝の滅亡がアスマ暦1509年。

 そして「大洋神の手」はアスマ暦2004年。


 前王朝の滅亡に際しては、続く王朝の正史には「天変地異が生じた」などと記される。

 シナニア王朝とスイニア王朝は、いずれもそのように記録されていた。

「大洋神の手」を含めると、統一王朝の交代劇は1000年周期で発生している。そのちょうど中間に、500年の歴史を誇った王朝の崩壊が生じている。


(500年間隔とか、1000年間隔とか、そういう『イベント』が、発生してる?)


 単なる偶然かもしれない。

「前後即因果」の誤謬のおそれもある。


(それでも、手がかりにはなるかもしれない)


 津波堆積物の有無などは、精査する価値があるだろう。

 史料についても、史料批判を含めて再検討していくことも考えられる。


(何でもかんでもユイナさんに頼り切り、っていうのは、申し訳ないし……)


「ユマさん、熱心ですね」


 不意に聞こえた声。見上げると、他ならぬユイナが、すぐ脇に立っていた。隣には香織もいる。


「あ、ユイナさんに、香織さん? こんなところで……」

「ハナイさんが、魔法油の精製について調べたい、というので、一緒に来たんです」

「エチレンとかBTXとかの扱いが知りたくて。……由真ちゃんは、歴史の勉強?」

 由真の言葉に、ユイナと香織が応える。


「え、ああ、そう……だね。って、BTX? ここで、ナフサなんて使えてるかな?」

「魔法油の精製過程でゴムも作ってる、っていう話なら、スチレンとブタジエンは取り出してるはずじゃない? まあ、エチレンプラントの話を聞かない、ってことは、体系的には加工できてない、とは思うけど」


 そう話す香織の表情は、セプタカにいた頃や、大陸横断鉄道で旅をしていた頃よりも、明るく輝いて見える。

 自らの知見が活用できる。その状況が、彼女を充実させているのだろう。


(この世界に来たんだから、僕も、できることはどんどんやってくべきだよな)


 香織の表情を見て、由真も、そんなことを思っていた。

ここを本拠地にするなら「常識」の範囲になる通史の設定、この1話に押し込みました。

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