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157. 魔族の本拠の異常な地理

地理設定のお話に戻ります。

「大洋神の手」の関連資料には、被災報告のほかに「事前予兆」という綴りもあった。


 2日ほど前からネズミの姿が見られなくなった。

 その日の朝、空が血の色に染まっていた。

 正午頃、竜のごとき雲がらせん状に天を貫いた。


 ――そんな典型的な宏観異常現象の記録がほとんどだった。


 それでも、無視できない情報もあった。


「第4刻の鐘が鳴ったとき、アマリトが熱を帯びた」


 この現象については、アマリトを持つ者――すなわちおよそ全ての人々が認識していたという。

 この世界は、神々と対話ができる。そんな世界の護符「アマリト」は、神意を直接伝えるものとなる。

 そのアマリトが示した「異変」。それは、神――おそらくは大地母神が下した「警告」だったのではないか。


(だとしたら……これも、ユイナさんか)


 ユイナに頼るのが望ましい事案があまりに多すぎる。とはいえ、この「天変地異」、その「再来」に対する「備え」に関しては、さすがに助力を求めない訳にもいかない。



 置かれていた資料はおよそ目を通したため、次の用事に移ることにした。

 その用事――「ミノーディア総州の地図」は、「大洋神の手」の関連資料の近くに収納されていた。


「その、こちらが、閉架図書として、身元を確認して、閲覧を認めている、全体図です」


 そう言って、ビリア司書は1枚の地図を取り出した。

 それは、由真たちがベルシア神殿の「初期教育」において最初期に見たものと同じだった。

 東部のミノーディア州、西部のカザリア辺境州、北辺のトネリア辺境州、そして南部のダナディア辺境州からなる全体図。


「こちらが、参謀本部の機密資料、こちらは総州冒険者局が編纂したものです」


 二つの綴り。

 見ると、「機密資料」よりも「冒険者局が編纂したもの」の方が分厚い。

 まずは冒険者局の資料から開く。

 最初は、参謀本部のものと同じ全体図だったが――


(注釈)

・ 本図は、本局の作成した区域地図に基づき編集している。

・ 本図は、円筒投影法により作成している。長方形に描画するため、経線全長を統一するよう緯度に応じて拡大し、緯線は当該緯度における経線拡大と同一比とするよう調整して拡大している。従って、緯度によって縮尺は異なる。


 ――そんな注釈がついていた。


(これ、メルカトル図法だよな)


 創案されたのが16世紀、普及したのは17世紀の技法。

 この世界が独自にたどり着いたのか、召喚者から伝えられたのかはわからない。

 ただ、広大な大陸国家の版図を示すには欠かせない調整が加えられているのは確かだった。


 続けて、1州3辺境州の全体図各1枚が掲げられていた。

 こちらには、100メートル幅の等高線がある。それこそが、由真が求めていた情報だった。


(えっと、1000から、100ずつで……あれ?)


 ミノーディア州の地図を見ると、州都オルヴィニアで標高1700メートルから1800メートルとされている。

 鉄道のミノーディア線をたどって等高線を見ていくと、ヴィグラシア駅に至っては、標高3100メートルから3200メートルとされていた。


 特急の車中、偶然同時に目を覚ましたユイナとともに、夜明け前のホームを見た駅。

 その駅が、奥穂高岳のジャンダルムにも匹敵する標高に位置していたとは、思いも寄らなかった。


 オルヴィニアからの獲得標高は2400メートル。

 もっとも、距離も長い。直観を頼って700キロメートルとおくと、平均勾配は3.5パーミルにも満たない。


 下に目を移すと、南端のコスティ山脈は、7000メートルより上の等高線が略されている。


 次のページに記されたカザリア辺境州は、東側の標高に対して西側が低い。

 州都アフタマの標高は、1300メートルから1400メートルで、ミセニア県との境界になると標高300メートルまで下る。

 南端のカロリ山脈は、やはり7000メートルより上の等高線がない。


 北辺のトネリア辺境州は、南部は1000メートル級で、海岸が迫る東部は急勾配、それ以外は緩やかな下り勾配で、北端の海に面している。


 そしてダナディア辺境州――魔族たちの本拠となる地域を見ると。


「うっ、うそ?!」


 由真は、思わず声を漏らしてしまった。


 3000メートル台なのは、ヴィグラシアに至る回廊部分だけ。

 中央の台地は、北部が4000メートル台、中部以南は5000メートル台で、南部には6000メートルの等高線が当然のように伸びていた。

 南端にあるアダリ山地。そこには、7000メートル、8000メートル、9000メートル、そして「10000メートル」の等高線が引かれている。

 それが1箇所や2箇所の「最高峰」に記されているならともかく、東部に1区域、中部に2区域の領域がはっきりと描かれている。

 つまり、この地図を信じるなら、アダリ山地には標高10000メートルを超える「山塊」があるということになる。


 いったん目次に戻り、ダナディア辺境州の詳細な地図の位置を確認する。

 最後のページが「アダリ山地地形推測図」であるとされていた。

 そのページをめくると――7000メートル台は100メートル区切り、8000メートル、8500メートル、9000メートル、10000メートル、11000メートルと等高線が描かれている。

 その図には、やはり注釈がついていた。


(注釈)

・ 本図は、カズヒコ・フィン・クラカワ元帥の命により、大陸暦70年に作成された。

・ 本図は、大陸暦69年に魔王城を陥落した際に得られた魔族側の資料に基づき、現地目測の上で作成された。

・ 現地目測の際には、北第1峰(推定標高7360メートル)に登頂している。


 少なくとも、「推定標高7360メートル」の山には登っている。

 その「北第1峰」は、アダリ山地の山々から見れば、ほんの入り口に過ぎない。

 いったん標高7000メートル程度の「谷」を挟んで、そこからは8000メートルを超える山々が林立している。


 これが「目測」の結果であるならば。少なくとも比高は信頼せざるを得ない。

 基準点の標高やそこからの積算が過大評価されている――とでも考えなければ、対流圏を貫き成層圏に至る山稜が存在することになってしまう。


(いや、陸地がその高さまで来てたら、さすがに対流圏界面がもっと高いはずだよな。そもそも低緯度みたいだし。……にしても、これは、想定を超えてたな)


 由真の「想定」。

 それは「彼らのいる『ひょうたん型の大陸』は、南北の大陸が衝突して形成されている」というものだった。


 大陸衝突の結果、アダリ山地、コスティ山脈、カロリ山脈といった急峻な山地に囲まれた「ダナディア高原」が成立した。

 南北方向の圧縮応力の影響で、シナニアやコーシアは標高の高い山地が連なっている。


 眼前の地図に示されている「現実」は、方向はともかく、規模が異常だった。


 南北の大陸が「衝突」しているのではなく。

 南側の「ソアリカ大陸」が、北側の大陸に「沈み込んで」いるのだろう。


 地球において、インド亞大陸とユーラシア大陸の間で生じていると目されているのと同じ現象。

 地球では、それが聖なる山々「ヒマラヤ」と仏教の聖地「チベット」を生み出した。

 しかしこの世界では、人が住めない、魔族と魔物の跋扈する極地が成立している。


(魔族と魔物は、ここから外に出てきてる、ってことは、連中は高地にしか生息できない訳じゃない。ただ、4000メートル程度の山は、連中にとっては壁にならない)


 コーシアの山地。

 人が行き交うような場所ではなく、従って過疎状態にある。

 しかし、そのような場所も、魔族と魔物はたやすく突破できるのなら。

 地理的には、人間側が相当不利だ。


「冒険者」の端くれとして、人々を脅威から守ることを生業とするのであれば。

 この地理的な不利を覆して守りを固める策が必要になる。

 過去の冒険者たちの活動について学び、研究しなければならない。


 そんな思いとともに、由真は地図の綴りのページを閉じた。

元々ここで提示しようとしていたのは、こちらの設定でした。

主人公たちの戦いを描写するに当たって、仮想敵「魔族」の本拠に関する情報は重要ですし、主な舞台となる地域の地理についても前提条件として示しておく必要がある、と考えていた次第です。

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