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155. 国を滅ぼした「大洋神の手」

前回からの続き…ではありますが。

「もし可能なら……ノーディア暦219年の天変地異『大洋神の手』の関連資料を、見せてもらえませんか?」

 由真がそう言葉を続けると、ビリア司書の顔がとたんに青ざめる。


「あ、あの、『大洋神の手』の、ですか?」

 その声も震えている。


(やっぱり、よほどのことなんだな)

 午前に調べた、アスマ全体、そしてアトリア市の歴史。

 そこにおいて、必ず言及される「事件」。


 第一次ノーディア王朝が覇権を失う前年、ノーディア暦219年の晩冬の月11日。

 昼下がりに、突如「天変地異」が発生した。

 天地が逆転し、海が山を呑み、山が海に沈んだ。

 北の都アトリアは壊滅し、南の都シアギアは沼沢と化した。

 ノーディアの諸侯も有司も庶民も、ことごとく溺れ死んだ。


 その日の夕刻に、大洋神ゼストが顕現し、神託を下した。


「ノーディアの蛮族には、我が天誅を下した。民は奮い立ち、彼の者らを荒野に追い払え」


 その神託を受けた民は、こぞって挙兵した。


 直後、リーフィエの島々が火を噴いた。


 やがて、天は黒雲に覆われた。小麦は刈り取る前に枯死した。稲は田植えをしてもろくに育たなかった。

 初夏の月になると、海から嵐が押し寄せた。

 月が「盛夏」から「晩夏」と移っても、気温は上がらなかった。

 結局「夏」とはいえないまま初秋の月に至り、米の収穫は壊滅的となった。


 天候は、西の地でも変化して、大麦とライ麦が絶望的なまでに不作に陥った。

 当時ノーディア王国の配下にあったナロペア北部の人々は、この事態を前に、「ノーディア王国の圧政」に対する不安を募らせた。


 厳しさを増す状況を前に、東の反乱を抑える力はなかった。

 そのことを知った西の地でも、北部の人々が反乱を起こした。


 東西同時に迫った危機。

 それにとどめを刺したのが、その年の春の小麦の大不作だった。

 東と西の主要食糧源を失った王国に、もはやなすすべはなかった。


 ノーディア暦220年晩夏の月の末。


 第8代国王タクティド1世は、東の勢力「ミグニア王朝」と西の勢力「ダスティア王国」の「独立」を認めた上で、自らは退位するという詔書を発した。


 タクティド1世は、弟のトビリア辺境伯ウルヴィノ王子に王位を譲ると、入れ替わりでトビリア辺境伯となり、この地で余生を過ごした。その間、トビリア侵略を図ったミグニア王朝初代皇帝ドラコの軍を退けている。


 彼は、王国の歴史において、領土の失陥、新勢力の独立を許したとして、「暗君」の扱いを受けている。

 その名「タクティド」とは「退いた」という意味で、退位した君主ということで没後に追贈されたものだった。


 一連の事件の発端となった「天変地異」は、大洋神ゼストの神託にちなみ「大洋神の手」と呼ばれるようになった。

「海が山を飲み込む」という事態は、当時の人々にとっては「神の手」の仕業としか認識しようのないことだったのだろう。


 ノーディア側の史料は、「天変地異」とそれにうち続く災厄――リーフィエの噴火、219年の小麦不作、強大な低気圧の襲来、米や大麦・ライ麦の不作、東西の反乱の激化、220年の小麦大不作という一連の事件を悲壮感に満ちた文章で綴っている。


 ミグニア側の史料は、「大洋神の手」を受けた民の奮起、うち続く災難に耐え忍びながらノーディアに抗った歴史、そしてミグニア王朝成立という「勝利」を叙事詩のごとく描いている。


 その天変地異「大洋神の手」。それ自体の状況はどうだったのか。

 肝心なその情報は、いずれの史料からも判然としない。


「天地が逆転し、海が山を呑み、山が海に沈んだ」

「北の都アトリアは壊滅し、南の都シアギアは沼沢と化した」

「ノーディアの諸侯も有司も庶民も、ことごとく溺れ死んだ」


 ただそれだけ。

 たかだか200年前のできごとなのに、2000年前を綴る歴史書にも満たない、神話伝承のような記述しか見られない。



 いや。


 ()()()()()()()()は、およそ想像がつく。

 由真たちも、()()()()()()()()を知っている。


 由真たちは、この世界で暮らすことになった。


 その世界が、()()()()()()()を一度は経験しているのなら。

 由真たちが、その再来に向けた対策に貢献できる可能性があるのなら。

 見過ごすことはできない。



 だから、関係する資料がここにあるなら、閲覧しておきたい。


「それは……その、……支部長に、確認します」

 ビリア司書は、そう応えた。


「それなら、僕も、一緒に行きます」


 彼女が「ユマ様の意向」を又聞きで伝えるより、由真本人が支部長に掛け合う方がよい。

 そう思って、由真はビリア司書についていくことにした。

 幸い、クロド支部長は執務室にいて、すぐに面会できた。


「『大洋神の手』ですか」

 そのクロド支部長も、由真の言葉に表情を硬直させた。


「その、ユマ様は、……午前だけでも、コーシニアの地形や、アクティア湖の成因はわからないか、と、そのようなお尋ねがあり……そのご慧眼には、とても、ごまかしなどは……」


 ビリア司書が言うと、クロド支部長は深く溜息をつき、そして一つ頷いた。


「かしこまりました。それでは、書庫へご案内します」


 そういって、クロド支部長は、由真とビリア司書の2人を伴い部屋を出た。


 書庫は、地下2階にあった。

 光系統魔法道具の照明が備えられた地下書庫。その奥に、「11 UP / 219 UN」と記された赤い札が掲げられた扉があった。

 ビリア司書が懐から取り出した鍵を使って扉を開くと、書棚に綴りが収納されている。


「こちらが、当時の記録になります。あくまで、当時の技術水準で集めることのできた情報です」


 そう言って、クロド支部長は、「事件概観」と記された綴りを由真に渡した。

天変地異「大洋神の手」の内容は――次回に続きます。

今日の午後に予約投稿しています。

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