152. 動き始める美亜と由真
コーシニア視察、カンシア勢と続いたお話は、アスマ勢に戻ります。
翌朝。
由真は、朝食を部屋で済ませて、食後のお茶を飲んでいた。
この冒険者ギルド界隈における「扱い」を考えると、うかつに一人で食堂に行くことも、些かはばかられる。
朝くらいは、落ち着いた時間が欲しい。
などと思っていたそのとき。
部屋の扉がノックされた。
「由真ちゃん、今、大丈夫?」
聞こえてきたのは、美亜の声だった。
「うん、大丈夫だけど」
そう応えつつ、由真は扉を開ける。戸口に立つ美亜は、丸められた布地と巻き尺を手に持っていた。
「どうしたの?」
「ちょっと採寸させてもらえないかな、って」
そう言われて、戸口で話す訳にもいかないと思い、とりあえず美亜を室内に導き入れる。
「採寸? 僕の?」
「そう。由真ちゃん、だいたい平均値だから、明美ちゃん、恵ちゃん、香織ちゃんは、由真ちゃんのサイズで作れる感じなんだよね」
美亜が口にした3人は――確かに由真の女体と背丈は同程度だった。
「モデル体型の約1名を別にするとさ、和葉ちゃんはあたしと同じくらいで、愛香のサイズを取れば瑞希ちゃんも大丈夫っぽいから」
由真より少し身長が高い――おそらくは160センチ台前半程度の美亜自身と和葉、そして小柄――おそらくは150センチ程度の愛香と瑞希。
9人の「女子」は、「モデル体型の約1名」を別にすると、体格がちょうど3パターンになるらしい。
最頻値の集団の標本として「ご指名」を受けては、応じるよりない。
由真が突っ立っているうちに、美亜は手早く採寸を進める。
「って、美亜さん、僕たちの服、作るの?」
「まあ、ね。あれ、作ってみたから」
あれ、といって、美亜は持ってきていた布地を指さす。
「あれは?」
「フランネル。こっちってさ、カンシアと違って木綿がたくさんあるから、羊毛と混紡して織ってみたんだ」
「混紡」というのは、そう簡単にできるものなのだろうか。
そもそも、糸から布地を織るという作業自体、並の高校生にできることではない、と由真には思われる。
「これでよし、と。由真ちゃん、今日は出かける?」
「え? いや、今日は、図書館を当たって調べ物をしようと思ってるけど」
「うあ、由真ちゃん、勉強家だね」
「いや、ちょっと予備知識を持っておきたいと思って。ベルシア神殿でも書庫に当たってたし。って、今日、何かあるの?」
自らの予定を問われたので、その理由を問い返す。
「あ、うん。由真ちゃん用のワンピ、午後にはできると思うから、適当なところで試着させて欲しいな、って」
この布地からワンピースを作るのに、半日しかかからないらしい。
「そうだね、ここの図書室がどんな感じかによると思うけど、夕方は、ここにいると思う」
「そっか。それじゃ、モデルさんの分もまとめて作っておこっかな。由真ちゃん、ありがとね」
そう言って、美亜は由真の部屋を後にした。おそらく、モデルさんの採寸に向かうのだろう。
美亜が立ち去ると、入れ違いのように再び扉がノックされる。
今度の来客は、ラミナ・メリキナ女史だった。
「身分証が再発行されましたので、お届けに伺いました」
3日前に受け取ったばかりの身分証は、爵位の追加に伴い再発行される。
それまでのものと交換された新しい身分証には、「S級冒険者 魔法大導師 ユマ・グラファ・フィン・コーシア」と記されている。
「それでは、これで……」
そう言ってメリキナ女史は立ち去ろうとする。
「あ、ちょっと済みません、一つ、お聞きしたいことが……」
由真は、その相手を呼び止めて、図書室について尋ねてみた。
「この支部なら、図書室は本館の3階にあります。蔵書は、ユマ様のお好みの水準かはわかりませんが……」
そう言って、メリキナ女史は由真を支部本館の3階へと案内する。
そこは、フロア全域が図書室とされていた。
テーブル8つほどの閲覧コーナーには誰もいない。奥の書架も、やはり人気がなかった。
窓口を見ると、眼鏡をかけた女性が1人いて、奥の方で書類を整理していた。
「ビリアさん、こちら……」
メリキナ女史は、窓口の奥の女性に声をかける。
「あ、はい、メリキナさん……って、そちらはっ?!」
振り向いた女性――ビリアは、由真を見るなり声を裏返らせた。
「ええ。ユマ様が、図書室をご覧になりたい、とのことで」
メリキナ女史の答えに、ビリアは、眼鏡を押し上げて目をぱちくりさせる。
「こちら、司書のインテラ・ビリアさんです。中の蔵書のことは、彼女にお尋ねいただければ」
「え、あ、はい。あの、ビリアと、申します。その、よろしくお願いします、ユマ様」
インテラ・ビリア司書は、由真を前にして極度に緊張している様子だった。
「あ、いえ、こちらこそ、よろしくお願いします。それで、中を、見せていただいても……」
「あ、はい。どうぞ、ご案内いたします」
そう言うと、ビリア司書は、ぎこちない所作で一礼した。
古株(?)の美亜さん、彼女もギフトとクラスとスキルで動き始めました。
フランネルの布地を織り上げるところまでは来ています。
作中は、盛夏の月=7月。ウールのままだと、実は暑いのです。
その由真ちゃんが向かったのは図書館。
新キャラの司書さんが登場しました。




