151. カンシア勢を思う由真
部屋に戻って一人になって、物思いにふける主人公です。
ちょうど夕食時にフルメンバーがそろっていたため、そのまま食堂で夕食を取った。
コーシニアで見かけた「トウガラシ」を使う「辛み豆腐」があったため、この日はそれを注文する。
配膳されたそれは――およそ麻婆豆腐だった。
食事を終えた由真は、自室に戻り、椅子に腰掛けた。
(コーシニアで何ができるか、何をしないといけないか、だな)
メトロのコーシニア北駅至近の地にあった大規模小売店「イデリア」と「ロンディア」。
「イデリアは、負けるべくして負けた。ただそれだけ。難敵は、このロンディアのほう」
そう愛香は断言した。
あのイデリアは、明日で閉店する。あさって以降のコーシニアは、もっぱらあのロンディアの「モール」が小売を担うことになる。
人々は、バソとメトロを乗り継いで、ロンディアまで買い物に出ている。
さすがに、往復3.2デニをその都度支払っていては生活が成り立たないはずであり、定期券が発行されているのだろう。
それでも、乗換で出向く先の大規模店に小売業が集約されているのは、煩瑣なことのはずだ。
「まずは、メトロの各駅にスーパーを開く。あと、その周りにコンビニも。メトロ沿線ならドミナントができるし、あの大通りを使えば、物流も大丈夫」
愛香は、そんな「戦略」を口にした。
その「戦略」が成功すれば、生活必需品は徒歩圏内で完結し、多少まとまった買い物でもバソで移動できる範囲内で済ませられるようになる。
(あと気になるのは、あの小銭の山、それにトラモの『乗換』か)
トラモの運賃が「1.8デニ」とされている場合、1デノ硬貨1枚に10サンティ硬貨8枚を用意しなければならない。
今回は、最後に帳尻が合ったものの、生活を続けていれば10サンティ硬貨が財布にあふれることになる。
21世紀の日本にいた者としては――「交通系ICカード」が欲しい。
それで、トラモの精算も、メトロの利用も、全て小銭なしで済む。
少なくとも、「磁気券」に使われている「黒磁紙」の技術を使えば、「SF磁気カード」なら実用化できるだろう。
それだけでも、利便性は大いに変わる。
トラモを乗り換えると、改めて初乗り運賃を支払わされる。
降車する際に乗換券を発行して、その券を提示すれば追加運賃で乗車できるようにする――という解決には、降車時に運転士が確認する精算手続に「一手間」が加わることになる。
それを避けたのが、現在の仕組みなのだろう。
交通系ICカードがなくとも、SF磁気カードがあれば乗換の通し精算は可能だ。
そちらの利便性を高めれば、トラモの利用減少に歯止めをかけることもできるだろう。
(それにしても、今日は、衛くんに付いてきてもらってよかった)
由真の「守護騎士」としてではなく、「建築士の息子」である「建築に関心があった高校生」として。
衛は、由真より遙かに鋭い目で、コーシニア市内の建物を観察していた。
コンクリートの劣化の判断だけでも、由真やユイナにはできない解析が、衛には可能だ。
愛香の「戦略」を実現させていくには、その知見がきわめて重要になる。
(僕が一人でできることなんて、たかがしれてるよな)
それは当然のことで――しかし、今日改めて認識させられた。
市街地再活性化。課題は認識できても、対策としては愛香の「戦略」が必要になる。
建築物の品質確認。その必要性は主張できても、実行には衛の「知見」が欠かせない。
(人材は、いくらいても足りない)
アスマに移ってきた9人。
そのうちC3班にいた6人は、神殿側が「剪定」しようとした集団だった。
しかし、彼女たちのギフトやスキルを知っていたユイナが、神殿側の「追放」に合わせて、彼女たちを「選定」してアスマへ招いた。
今日知った、C1班とC2班の待遇。
彼らは「兵卒」――つまり、住人と同程度の扱いとされた。
カンシアに残された2年F組の30人。
彼らが――平田が二言目には口にする「一致団結」という美辞麗句を実践できているのなら、由真がとやかく考える必要はないだろう。
しかし――平田の美辞麗句は実態を全く伴わず、あげく同級生のうち9人が、A級冒険者1人にB級冒険者2人、A級生産理事官1人にB級生産管理官5人という「戦力」が、平田たちとは決別してこのアスマに移るに至った。
Sクラス、Aクラス、Bクラス、Cクラスという「ギフトのクラス」に王国軍の階級という権威が与えられた今、「クラス」が「階級」となり、そして「カースト」となる。その蓋然性は高いだろう。
Bクラスで真っ先に思い浮かぶのは津田靖。
自分の欲求を力尽くで実現しようとする程度に粗野で、それが一切通じない相手――たとえば由真――について学習することもできない程度に粗忽な人物。
弱い相手になら歯止めなく強く出られる彼は、Cクラスの「兵卒」を喜々として虐げていることだろう。
Cクラスとしていつも真っ先に名前を挙げられた青木修介。
由真はすれ違ったことがあった程度だったものの、悪い印象はない。
こちらに来てからは、C3班の女子たちとも丁寧に接し、その話を聞いていた。
それを「周旋の才」とまで評価することは短慮かもしれない。それでも、カンシアで不遇にあえいでいて、本人が望むなら、アスマに移らせるべきだろう。
交通事故で長期入院し、リハビリの途中で召喚された沖田聡。
判定こそ「Cクラス」ながら、ユイナによればスキル「剣術」はレベル7だったという。
彼も、アスマに移らせて、しばらくリハビリをすれば、冒険者なり衛兵なりとして戦力になるのではないか。
(カンシアの彼らが望むなら、アスマに移らせる、か)
王国軍が次に「剪定」を図るなら。
そこで彼らを「選定」すれば、王国との軋轢も生じないだろう。
(カンシアの……)
そこで脳裏に浮かぶ、幼馴染みの幼い頃の笑顔。
(セナちゃんは、最上位の『Aクラス』。平田君と毛利君も味方。セナちゃんに、僕は必要ない)
『ヨシ! 公園まで競争よ! よーい、ドン!』
『あっ、ちょっと待ってよセナちゃん!』
強引に、由真を外に連れ出した聖奈。
毎日、「公園」まで連れ出されて、日暮れ近くまで一緒に遊んだ。
引っ込み思案だった由真は、それに流されるうちに、体を使う遊びを覚え、運動能力の基礎を身につけていた。
異様な「スキル」を教え込んだのは「先輩」だった。
しかし、その前提となる「基礎」は――他ならぬ聖奈の「お節介」で得られたものだった。
いつも強引に由真を引っ張り回した聖奈。
その明るい笑顔と行動力に――幼い頃の由真は、強く惹きつけられていた。
(『Aクラス』のセナちゃんを離脱させるのは、そもそも無理)
次なる「剪定」対象であろうC1班・C2班ならいざ知らず。
Aクラスのギフトを持つ「賢者」の聖奈を王国軍が「手放す」など絶対あり得ない。
王国軍から強引に引き離そうとすれば――文字通りの「戦争」に至る恐れすらある。
それは、危険な短慮だ。
もし仮に「戦争」となれば、真っ先に命を落とすのは、由真が属していた「雑兵部隊」の彼ら、そして市井の住人たちだ。
彼らを苦しめる貴族たちには、さしたる犠牲すら出ないかもしれない。
その傍らで、住人たちが命を落とし、財産を失い、生活に困窮する。
由真の無系統魔法は万能ではない。それに、貴族たちだけ狙い撃ちにしても、彼らが由真を狙い撃ちにして反撃して、それで由真が死んでしまえば、結局は集団同士の戦いになる。
カンシアの社会システムが招く必然としての悲劇。それは、絶対に避けなければならない。
(大丈夫。平田君と毛利君がいる。セナちゃんに、僕は必要ない)
自らの心に言い聞かせる。
それでも、由真の心から、幼馴染みの笑顔は消えなかった。
まだまだ人材は必要。
王国軍が冷遇しているなら、こちらにスカウトするのもアリ。
ということで、カンシア勢「救済」の伏線を立てました。
そして、「由真ちゃん」の中の「由真くん」は、幼馴染みを忘れることはできないようです。