150. カンシア勢を巡る知らせ
アスマの主人公勢のお話に戻りますが――
由真たちの乗った「白馬4号」は、午後5時40分にアトリア西駅に到着した。
改札を抜けて、ジーニア支部に戻ると、ウィンタを含む全員がロビーにたむろしていた。
「あ、お帰りなさい。どうだった?」
由真たちに気づいて、晴美が問いかけてきた。
「詳しくは、愛香さんに聞いてもらった方がいいけど、ざっくり言うと、人口400万近くのシャッター通りだったよ」
由真は、文字通り「ざっくり」答える。
「みんなは、こんなとこに集まって、何かあったの?」
「ああ、これがあったから」
由真が問い返すと、晴美は2つ折り4ページの紙を見せる。
「アトリア冒険者ギルド日報(夕刊)」と題されたその紙は、横書きで記事が並んでいる。
折り曲げられた内側の右側、3ページ目を晴美は指さした。
ユマ様の 武勲の「余録」
「勇者の団」王国軍に正式編入
(30日セントラ雷信)
王国軍は異世界『ニホン』より召喚された「勇者の団」を30日付で正式に編入した旨軍務省が発表した。団長の「勇者」ヒラタ子爵マサシ氏が将軍、主力団員の「拳帝」モウリ男爵ツヨシ氏、「風・雷系統魔法導師」サガ男爵エレナ氏、「賢者」ワタライ男爵セイナ氏が士官に任命されたほか、12人が軍曹、14人が兵卒とされた。
「勇者の団」は、初夏の月5日にベルシア神殿において異世界ニホンより召喚された男女39人をもって今月6日に編成されて、11日からドルカオ県セプタカのダンジョンの攻略に当たっていた。
同ダンジョンは21日に陥落している。その功績によるとして、 アルヴィノ王子殿下は、22日にヒラタ氏を子爵に、モウリ氏、サガ氏、ワタライ氏を男爵に、それぞれ叙されている。
一方、「勇者の団」に当初所属していた39人のうち9人は、力及ばずとして、23日にベルシア神殿により退団処分とされている。
(本部補足)
初夏の月5日に行われた大規模召喚は、アルヴィノ殿下がセレニア神祇官に執行させたもの。その際、 無系統魔法大導師ユマ様も顕現されている。
セプタカのシンカンニア建設基地跡ダンジョンの攻略の際には、前哨戦の段階で ユマ様がオーガ2体とゴブリン77体を討伐された。
また、「勇者の団」からは「聖女騎士」ハルミ・フィン・アイザワ氏、「遊撃戦士」カズハ・カツラギ氏、「守護騎士」マモル・センドウ氏、ベルシア神殿からは神祇官候補生のユイナ・セレニア神官、現地においてオーガ討伐中の「曙の団」からはゲント・リベロ団長が参加してレイド隊が編成され、斥候中にオーガ5体とゴブリン24体を討伐した。
最終攻略においては、サイクロプス「邪眼のダニエロ」にヒラタ男爵が聖剣マクロで斬撃を与えたほかは、マストの魔将マガダエロとその眷属の七首竜は ユマ様がレイド隊と共同で、サイクロプス34体、オーガ7体とゴブリン82体は全て ユマ様が単独で討伐されている。
ベルシア神殿が退団処分とした9人の中には、アイザワ現子爵、カツラギ現男爵、センドウ現男爵が含まれている。この9人は、 現コーシア伯ユマ様とともに28日にジーニア支部に加わった。
帰りの特急で話題になった「セプタカに残った同級生たち」。その処遇に関する記事だった。
「軍曹12人、兵卒14人、って……」
「B1班とB2班の合計12人、それにC1班とC2班の合計14人、でしょうね」
由真が漏らした言葉にユイナがそう応える。
「差がつけられた……ってことですよね」
「元々、そういう方針で編成された班でしたから……」
神殿側の意図を知るユイナが言うのだから間違いないだろう。
いや、ユイナも知らなかった意図――「C3班を由真ごと『生け贄』にしようとした」ということまで考えると、C1班とC2班が次の「剪定対象」と目されている可能性もある。
王国軍の「軍曹」――「下士官」は、「雑兵」を含む「兵卒」に対して、絶対的な上官として振る舞っていた。
その「雑兵」の中に編入された由真は、内部の関係を肌で認識させられている。
そういう「上下関係」がB1班・B2班とC1班・C2班の間で公認されたら――「同級生たち」の間に「支配・被支配の関係」が形成されていくことになるだろう。
「とりあえず、他のみんなの消息がわかったのはよかったけど……これ、『セントラ雷信』のところより『本部補足』の方が長い、って、どういうことなのかしらね?」
晴美のその言葉で、由真は我に返る。
確かに、「本部補足」とされている部分の方が文章の量が多い。しかも、そこには目新しい情報が含まれている訳でもない。
「これは、セントラからの雷信は、王国軍とかから検閲されるので、当たり障りのないことしか書けないんです。けど、それをそのまま日報に載せると、『読者』のギルド員も納得しないので、補足を入れてある、ということで……」
「検閲されないのって、エルヴィノ殿下に直接通信する場合だけだから……ユイナさんからの定期報告とかだけよ」
ユイナとウィンタが当然のように言う。
通信水晶で「電話」はできても、当然のように「検閲」が行われているらしい。
その割には、当時の情報が詳細に伝えられているということは――
「これ、『補足』のところの情報は、もしかして、エルヴィノ殿下が?」
「まあ、そういうことですね」
由真の言葉をユイナがあっさり肯定した。
「なんでまた……それに、これ『勇者様の団』の記事なのに、その関係の方が文字が多い、っていうのは……」
「ここは冒険者ギルドですよ? 冒険者が活躍した、というお話は、何度でも目にしたいものなんです。これ、オーガだけで合計9、ゴブリンなんて合計159、これだけでも圧倒的な数ですからね?」
それはそうなのかもしれない。
(あのとき仕留めた分は数に入ってないけど、まあ、別にいいか)
最終攻略の前に「鍛錬」を兼ねて取り組んだ「哨戒任務」。
その際に、敵が繰り出したオーガ都合5体とゴブリン都合54体も屠っている。
しかし、その状況については、由真は誰にも伝えていない。
特に、オーガ4体・ゴブリン42体のほうは、草むらごと丸焼きにしたため、ろくに死骸も残っていない。
それを「功績」などと自己主張するつもりは、由真にはなかった。
(って、あれ? これ……)
由真の目に「ユマ様」と映るテキスト。冒頭では「ユマ様の」に続けて空白が、文中では「ユマ様」の前に空白がある。
他には、「アルヴィノ王子殿下は」の前にも空白があり、そして「叙されて」「討伐されて」と明らかな敬語が使われている。
(これは……)
テキストを見つめて念ずると、由真の目に「原文」が見えてきた。
英語などと同様に空白1文字分で区切られる語が、「ユマ様」と「アルヴィノ王子殿下」の前では「空白2文字分」で区切られていた。冒頭は、続く単語との間が「空白2文字分」で区切られている。
そして、この2つを主語とする述語動詞は、絶対格「特別人称」の活用形を示している。
それは、標準ノーディア語において、「一人称」「二人称」「三人称」とは区別された、「神々」と「国王・王族」を基本的な対象とするものだった。
意識を緩めて、大きく溜息をつくと、由真の意識の中で翻訳スキルが発動を再開し、テキストが日本語に戻った。
語を区切る「空白2文字分」が日本語の「闕字」になり、「述語動詞の特別人称活用形」が「敬語」になっている。
(この扱いは、なんだかな)
神々や王族と同じ扱い。それを見た由真の胸の奥から、再び溜息が漏れてきた。
5000キロ離れていても、情報は、断片的に伝わります。
ただし、検閲つきで。
ちなみに、記事の部分に不自然についている空白は、本文に記したとおりの「闕字」(貴人に言及する際に、単語の前に1つ空白をおくこと)であって、誤字脱字ではありません。
現地テキストそのもの(が翻訳スキルで日本語化されたもの)を描写するのは、ここが初めてですので、一応解説まで本文に入れておきました。