149. 度会聖奈の溜息
彼女の心は、今――
もう遅い。
ヨシは、もういない。
ここから5000キロも離れた場所に行ってしまった。
それを思うと、溜息しか出てこない。
あの戦い。
あたしは――結局何の役にも立たなかった。
言い訳しても仕方がない。
けど、平田君も、役に立った訳じゃなかった。
石化を使う一つ目お化けを聖剣で倒した。
そこまではよかった。
けど、よせば良いのに、そこから無理矢理突き進んでしまった。
そしたら、敵のラスボスが現れて、あげくドラゴンまで出てきて。
平田君の聖剣なんて、一切通じなかった。
毛利は、一つ目お化けに石化されて、ドラゴンに弾き飛ばされて、全く戦力外だった。
それに引き替え。
桂木さんは、あの冒険者と一緒に、敵のラスボスに何度も切り込んだ。
相沢さんは、魔法を駆使してドラゴンに挑んでいた。
セレニア神官も、支援魔法に攻撃魔法も繰り出して、あの激戦に加わっていた。
そんな中で。
クラス「守護騎士」の仙道君は。
ヨシ――「由真ちゃん」の前から一歩も離れずに、ラスボスの攻撃を正面から受け続けた。
鉄壁の盾。まさに「守護騎士」だった。
「由真ちゃん」の場所に、あたしはいることができたのか。
仙道君の場所に、ヨシはいてくれたのか。
あたしには、わからない。
そして、「守護騎士」に守られていた「由真ちゃん」は。
最後の最後で、ドラゴンの懐に踏み込んで、棍棒一突きで倒してのけた。
それまでも、スライムを蹴散らす魔法、オーガとゴブリンを「即死」させた魔法、ラスボスとドラゴンの攻撃を防いだ魔法と、次々と技を繰り出した。
それを最後まで見ていたあたしは。
その戦いを観察していたあたしは。
戦いが終わったあと、ようやく「戦闘魔法」の使い方がわかった。
それを実践することもできるようになった。
けど、もう遅い。
その「戦い」は、とっくに終わっている。
王都セントラに「凱旋」したあたしたち。
迎えたのは、貴族連の寒い「歓迎」と、街中の冷たい「目線」だった。
アルヴィノ王子が、平田君を「子爵」に、あたしたちを「男爵」にした。
けど、エルヴィノ王子――召喚された日に現れたアルヴィノ王子の弟が、相沢さんを「子爵」に、仙道君と桂木さんを「男爵」にした。
アルヴィノ王子は、平田君を「大将軍」、あたしたちを「将軍」にして、Bクラスの男子たちを「士官」、Cクラスは「下士官」にするつもりだった。
ドルカオ方伯とドルカオ司教の兄弟とか、他の貴族とかも、それに賛同していた。
けど――1週間かけて交渉した結果。
平田君は「将軍」、あたし、毛利、嵯峨さんが「士官」、Bクラスが「軍曹」、Cクラスは「兵卒」ってことになった。
国王から「勅許」が得られなかった。
あたしたちは、ただそれだけ聞かされた。
けど。
毛利なんかはともかく。
あたしは、そこまで間抜けじゃない。
国王は、「由真ちゃん」を「S級冒険者」にして、静養地「ナスティア」の爵位を出した。
セレニア神官も「S1級神祇官」に任命して、王国のナンバー2にした。
「ナスティア城伯ユマ」と「セレニア神祇官」は、ここ、カンシアから5000キロ離れたアスマに移った。
そして昨日、「ナスティア城伯ユマ」は「コーシア伯爵」になった。
その所領「コーシア県」は、人口が1200万人。県都の「コーシニア」だけでも人口400万人近く。
ドルカオ方伯も全く及ばない「大貴族」。
それより何より。
王都の人たちは、「事実」をちゃんと知っていた。
セプタカを攻略したのが誰か、ってことを。
「ユマ様」の顔写真は、王都でも至る所にある。
街の人たちは、「ユマ様」を神様みたいに扱ってる。
「高き妖精」だとか「大地母神様の化身」だとか。
そんな話が、あたしたちの耳にまで届いたくらい。
なのに。
ダンジョンを攻略したのは「勇者様の団」だ、なんて、麗々と主張しちゃったから。
街の人たちの目は、ものすごく冷めてる。
はっきり言って笑いもの。
おとなしく王都に入ってれば、良くも悪くも注目なんてされなかったのに。
けど、もう遅い。
居心地の悪い王都から離れて、ここまで戻ってきた。
5000キロも離れちゃったら、セントラでもセプタカでも一緒。
ヨシは、行ってしまった。
もう遅い。
もう取り返しはつかない。
駅に着いても、溜息しか出ない。
島津君と浅野君がへこへこしてるのを見て。
『牛がねぇだと? ふざけんなボケ!』
あの声を、あの津田の声を聞いてしまって。
もう何もかも嫌になった。
「牛なら、そこにいるじゃない」
誰かが飼っていた牛。肉になるのか、乳牛になるのかもわからない牛。
そんな牛を、地系統魔法の槍で突き殺した。
いけないことだ、って、わかってる。
地獄に落ちるかも、って、思ってる。
けど――もう遅い。
ヨシは、もう行ってしまった。
あたしが、ヨシを行かせてしまった。
あたしは、取り返しのつかない罪を犯してしまった。
ヨシがいなくなったこの「異世界」は、あたしにとっては、もうただの地獄だ。
あたしは、島津君と浅野君なんて、ひとかけらも「信用」してない。
いや、毛利も、平田君も、あたしは「信用」してなかった。
あたしが「信頼」してたのは――「信頼」できてたのは、あいつだけだった。
なのにあたしは、平田君と毛利を使って、あいつをコントロールしようとしてた。
そうしないと、あいつはあたしのそばから離れてしまいそうな、そんな不安があったから。
この世界で、ただ1人だけ「信頼」できてたはずのあいつに。
あたしは、そんなことをしてしまった。
「エルヴィノ殿下は、ユマ様を『名代』にして、秋の議会に出席させるおつもりらしい」
「ユマ様は、内政のギフトとスキルもたくさんお持ちだから、殿下は厚く信頼されているそうだ」
――不意に思い出した、そんな噂。
エルヴィノ王子が「ユマ様」に爵位と領地を急いで与えたのは、「ユマ様」を議会に出席させるため。
冒険者ギルドだとか鉄道だとか、そういう問題で、再来月に議会が開かれるらしい。
今までは本人が出席してたけど、それを「ユマ様」に任せる、っていう話。
もしそうなれば、再来月――あと1ヶ月と少し待てば、あいつはカンシアに来る。
今、5000キロも離れてしまったあいつに、また会うことができる。
「もう遅い。……けど……」
1ヶ月後、また会うことができたら。
ごめん、って、言えるだろうか。
今までありがとう、って、言えるだろうか。
取り返しがつかなくなった今。
それを、少しでも取り返せるだろうか。
いや、期待なんかしちゃ、いけない。
だって、そうしたら、あたしは、また、それに甘えてしまうから。
「もう……遅い……」
甘えそうになる自分の心に言い聞かせる。
溜息が、またこぼれてきた。
5000キロ。
大陸横断鉄道でも3泊4日かかる距離。
手の届かないところに去られてしまった。そのことを、彼女は思い知らされています。