14. この異世界の住と食
「異世界」なので、避けて通れない話はあります。
由真の住人登録手続はユイナが済ませるということで、彼女は晴美の部屋を後にした。
その部屋の最初の課題は――水回りだった。
居室に付属する調理台には蛇口があり、ひねると透明な水が出てきた。
「水はすんなり出てくるのね」
「まあ、古代ローマにも水道はあったから」
「でも、飲めるかどうかは、怪しいわね。見た目は透明でも、硬水かもしれないから、飲まない方が無難ね」
晴美はそう言った。
それからバストイレに向かう。扉を開けると洗面台があり、右手の扉からトイレが続き、左手の扉の先にはシャワーとバスタブがあった。洗面台にも、調理台と同様の蛇口がある。
「あ、そういえば、トイレだけど、えっと、由真ちゃん、大丈夫? 女の子の仕方とか、わかる?」
そう問いかけられて、由真はようやく尿意を意識した。
「え? それは、トイレくらい、別に大丈夫だと思うよ」
その部屋に備えられているのは、日本で言う洋式便器だった。水を出すつまみもすぐにわかる。
「掃除道具もあるみたいだから、もし汚しちゃったらきれいにしとくから」
そう言うと、晴美は、そう、と答えてトイレから退いた。
それを確認して、由真はズボンとパンツを下ろす。股間のあるべきものは、きれいさっぱりなくなっていた。手で触れてわかっていたこととはいえ、実物を見るのは心に堪える。
(仕方ない……よな……)
ため息とともに観念して、由真は便座に腰掛ける。その部分の構造は違えど、その姿勢を取れば便器の中へと排尿されていく。
(ああ、女だと、拭き取らないといけないんだっけ)
その光景を見たことはさすがにないものの、やり方はわかる。ありがたいことに、トイレ用の紙もロール式のトイレットペーパーだった。
それで股間をぬぐい、ズボンとパンツを元に戻して、便器に水を流す。
由真は、便所を汚したりすることなく、用事を終えることができた。
その日以降の食事は、Aクラス以上については厨房から届けられ、Bクラス以下は居住区画内の食堂で提供を受けることとされた。
由真は晴美の「従者」なので、厨房から食事を届ける仕事を担当する。由真自身の食事は、晴美の食事を取りに行った際に併せて支給される。
夕食の時間になり、由真は厨房に向かう。
「はい、お疲れ様。騎士様の食事は、この中に入ってるから」
厨房側のスタッフは、淡々と言いつつ、日本で言う「台車」を由真の前に押し出した。
箱状の筐体は、上方で側面から開閉可能になっていて、その中に保温された食事が入っていた。台車の上面に、黒いパン1切れ、それににんじんとタマネギが入ったスープが載せられている。筐体の中にあるのが晴美の夕食、上面のものが由真の食事だった。
台車の上面の隅にも開口部があり、カトラリーのようなものがそこに入っている。
さらに瓶が二つ渡される。一つは晴美用のワイン、もう一つは由真用のエールだという。
「お疲れ様です」
由真はスタッフにそう答えて、その台車を転がして晴美の部屋に戻る。
「食事、持ってきたよ」
「お疲れ様。悪いわね、こんなことさせちゃって」
晴美は、食事を持ってきた由真を玄関先まで迎えに来てくれた。
「しょうがないよ。こういう仕事をしてないと、逆に立場がなくなるから」
由真はそう応える。
少なくとも名目上、「晴美の従者」である由真は、晴美の身の回りの世話をするのが本務になる。それをおろそかにしながらこの神殿にとどまっていては、他の「従者」たちをも敵に回してしまう。
台車を居室まで進めると、開口部から食事を取り出す。磁器の皿に、スープ、生野菜のサラダ、牛肉とおぼしきステーキ、チーズ、ビスケット、それにパンが2切れ。質も量も十分だった。
「由真ちゃんの分は……もしかして、それだけ?」
台車の上に載っているパンとスープを見とがめて、晴美は眉をひそめる。
「みたいだね」
「何なの、この差は……」
パンは、晴美のものは日本で提供されるパンに遜色しないのに対して、由真のものは黒い上に見るからに硬そうだった。
スープも、豚肉らしきものも混じって具材が豊富な晴美のものに対して、由真のものにはタマネギとにんじんがわずかに入っているだけだった。
「まあ、こういうことなんだと思うよ」
「こういうこと、って話じゃないわよこれ。……少し分けてあげるわよ。そうしないと、私の気分が悪いから」
そう言われて、由真は台車の開口部から食器を取り出す。晴美用は、銀製のナイフとフォークとスプーンがそろったカトラリー。由真用には、「スプーン」というより「木べら」といった方がよい代物である。
カトラリーを受け取った晴美は、ステーキを半分に切り、片方を寄せる。
「あ、そんなにはいらないよ」
「遠慮なんかしなくていいわよ。」
「いや、ほんとに、……この身体だと、明らかに栄養過多だし」
由真はそう応える。この「女体」は、明らかに「男子」の時ほどの栄養を必要としていない。
「それを言ったら、私も栄養過多だけど……生野菜は食べなさい。そっちは、栄養バランスに関わるでしょ」
そういって、晴美はサラダを取り分ける。
「ありがとう」
「いいのよ。これ独り占めだと、私の気分が悪いんだから」
そう言う晴美に、由真は苦笑を返した。
ちなみに、この二人が暮らす部屋は、最上級クラスになります。
…それにしても、「異世界メシ」は難しいです(本作のソースはウィキです)。