148. カンシア勢の日々 (6) 30人の学級会
2年F組の学級会、ウィズアウト晴美さん&衛くんですが…
盛夏の月30日、「勇者様」平田正志が戻ってきて、2年F組の30人は会議室に集められた。
上座に据えられたテーブル。
その中央に平田が陣取り、向かって右に毛利、左に度会聖奈、嵯峨恵令奈とAクラスが座って、Bクラス以下と相対する。
「今まで1週間、不在にして済まなかった」
壇上の平田は、そう言って頭を下げた。
前方に座るBクラスの面々は彼に注目する。
しかし、後方のCクラスは、顔を上げようともしなかった。
「みんなの待遇について、王国政府と交渉していたんだが、結果ははかばかしくなかった。B1班とB2班のみんなは『軍曹』、C1班とC2班のみんなは『兵卒』。当分は、そういう扱いになってしまう」
続く言葉に、目立つ反応はない。
「俺たち2年F組の39人がここに『召喚』されて、そろそろ2ヶ月になる」
その言葉に――後ろ側から、えっ、といった声がはっきり上がる。
「本来なら、俺たち39人が一致団結して、この状況を乗り切らないといけなかった。だが、残念だが、相沢たち9人は、俺たちとは離れてしまった」
耳を疑う余地もない。
青木たち2年F組は「40人」だった。
先週別離したのは、相沢晴美を初めとする「10人」。
しかし、神殿側は、「召喚者」を「39人」とカウントしてきた。
あと「1人」、召喚に巻き込まれたはずの人物のことを、彼らはことさらに無視した。
先週まで彼らを監督していたモールソ神官が、「1人」のことを無視するのは、それは彼の勝手で済む。
しかし、仮にも「学級委員長」のはずの平田が、同じクラスに属したはずの「1人」の存在を「なかったこと」にするのは――
「わかってるよ、平田君。俺たちは、平田君と一緒に、ここで団結して頑張らなきゃいけない」
すかさず応えたのは、留守居役の島津だった。
「相沢たち9人のことは、仕方ねぇよ。俺たち30人は、平田君についてくから」
浅野もそんなことを言う。
「済まん。そういってもらうとありがたい。俺も、みんなのために、先頭に立って頑張るつもりだ。それに……相沢たちとも、いずれは和解したい、そう思ってる」
「その『相沢たち』って、何人なんだろうね?」
青木の隣に座っていた沖田が、ぼそっとつぶやいた。
「それは当然、3人だろ。相沢、仙道、桂木だ。C3の6人のことも、奴の眼中にはない」
やはり小声で、近藤が応える。
「それで、俺たちがいない間、何かあったか?」
問いかけた平田の目は、島津と浅野に向いていた。
「ダンジョンは、今週に入ってからはもぬけの殻だよ」
「残党が、砦跡に潜ってて、掃討戦の準備をしてたんだけど、例の『曙』の連中が、抜け駆けで放火してさ」
島津と浅野が答えると、平田の顔がひどく険しくなる。
「そうか。奴らか。……仕方ないな」
そう応える平田は、遠目にも鼻息が荒い。
「まあ、とりあえず、このくらいなら、俺たちに任せてくれて大丈夫だから」
あたかも取りなすように、浅野が言う。
「そう……だな。信頼してるぞ」
ため息をついて、平田がそう答えた、そのとき。
「あたしは……島津君も浅野君も、ひとかけらも信用してないけど?」
――そんな声が、その場を切り裂いた。
「だいたい、B1とB2じゃ、ホブなしのゴブリンの巣穴だって無理でしょ? あたしたちが帰ってくるのを待ってたら、『曙の団』が先に焼き討ちした。ただそれだけじゃない?」
上座の女子――「賢者」度会聖奈が指摘する。
それは、島津と浅野の「取り繕い」の背後の「事実」を鋭く見抜く、「賢者」の名にふさわしい言葉だった。
「それに、みんなの待遇も、たいした話じゃないのよ。要するに、ここにいるあたしたち30人は、王国から全く信用されてない、ってだけ。『ユマ様』は、国王陛下から街の人たちまで、この国のみんなから絶大な信頼を寄せられてるのにね」
吐き捨てるように言うと、度会聖奈は立ち上がる。
「牛がどうとか言ってたわね? 前は、七戸さんがなんとかしてたんでしょ? C3の子たちの方が、よっぽど信頼できたわ」
そう言って、度会聖奈は歩き出す。
「お、おい、度会っ」
「おい、どうしたんだよセナっ」
平田と毛利が慌てた様子で追いすがる。
しかし、度会聖奈は、2人には目もくれずにその場から立ち去った。
「姫様、すっかりブチ切れだったな」
そのまま解散となって、土井敏也が青木たちに話しかけてきた。
「まあ、最強のパシリ君がいなくなっちゃったから、仕方ないんじゃない?」
応えたのは沖田だった。
「けど、あの2人って、こっち来てから口も聞いてなかったような……」
「そりゃ、あっちは、相沢に引っ張られたからな」
青木の疑問に、近藤がそんな答えを返す。
「なんか、さ……渡良瀬……くんと、仲直りするのが、最優先……なんじゃない?」
青木は――周囲を見て、他に聞いていそうな者がいないのを慎重に確認しながら――そう切り出す。
「それ、無理ゲーだろ? あのとき、俺たちみんな、あいつを見捨てようとした、って話だし」
そう答えた土井は、大きなため息をつく。
「それに、彼にしてみたら、別に僕らなんて必要ないだろうしね。仙道くらい強かったら、話は別だろうけどさ」
「ああ、仙道な……裏山だよな、あいつ、女9人と一緒にあっちだもんな」
「セレニア先生も一緒だから、合計10人な。ハーレムだよな」
沖田の答えで、土井たちの関心は仙道衛に移ってしまった。
2年F組に当初所属していた女子は10人。
うち、Sクラスの相沢晴美、Aクラスの桂木和葉、それにC3班に属していた6人の合計8人は、アスマに出発してしまった。
彼らの「担任」役だった女神官ユイナ・セレニアも、研修が終わったということで、やはりアスマに戻った。
ここに残っている女子は、「賢者」度会聖奈と「魔法導師」嵯峨恵令奈の2人のみ。
2年F組に当初所属していた男子は30人。
うち、仙道衛は、女子たちとともにアスマに移った。
今、ここに残っている男子は、28人。
そのどちらでもない残り1人――「渡良瀬由真」。「彼」は、文武両道の英才として、校内に知らぬ者なき存在だった。
青木は、一度だけ「彼」と正面から相対したことがあった。
体格だけは青木と同じ程度。
しかし、鍛え抜かれたその雰囲気は、学生服越しにも十分わかった。
正面からぶつかれば、青木など瞬殺されてしまう、そんな相手だった。
そんな「彼」。
この「異世界召喚」で、「ギフト」や「ステータス」を判定されたら、間違いなく最上級になるであろう「彼」は――「レベル0・ギフト『ゼロ』」と判定された。
そればかりか、その性別も「女」になっていた。
青木たち「Cクラス」よりさらに下の「住人」とされてしまった「彼女」は――結局、やはり強かった。
2度目の実戦試合で、「Aクラス」の桂木和葉を――彼女の得意な「速度」で翻弄し、同じく「Aクラス」の毛利剛を――彼の専門分野の「柔道」で一蹴した。
セプタカの砦に移ってからは――彼らの「武勲」とされる「成果」の大半が、他ならぬ「彼女」の手によるものだった。
そんな「彼女」も、女子たちとともにアスマへと旅立っていった。
残された青木たちは――度会聖奈の言うとおり、並のゴブリン相手にもまともに戦えない。
それでも、「戦力」の差が判定されたため、「Cクラス」は「Bクラス」の「奴隷」となりつつある。
そして、「戦力」である「勇者」平田正志の一人支配体制が、揺るぎないものとなっている。
彼らを止めることのできた、相沢晴美や仙道衛は、もういない。
何より、平田すら制圧できるであろう人物――「由真」は、ここから去ってしまった。
5000キロも離れた場所に、「ハイエルフ」とあがめられる地位に。
(なんで、こんなことになったんだ……)
そんな思いとともにため息をつく。青木にできるのは、それだけだった。
勇者様の学級会、異論もなく話がスムーズに進む――かに見えて、思わぬところから空中分解です。
カンシア勢の日々、いかがだったでしょうか。
書いていて、「こういう状況がいつまでも続くのはストレスフルだな」と感じ続けていました。
由真ちゃんのように「元のプレイヤースキルが別格」「転移時のギフトも実はチート」という裏事情のない彼らにとって、救いは見いだしがたいところです。
とはいえ、「凡人役」の「彼ら」が「実は全員由真ちゃん級チート持ち」というのでは、クラス転移として成り立たないところもあります。
ただ、活動報告にも書きましたけど、ここで苦労している人たちには、救済の手が伸びる予定です。
そして、キャラが変調してしまった幼馴染み賢者様については――次回をお待ちください。