147. カンシア勢の日々 (5) 勇者様ご到着
不在だった勇者様ですが…
結局のところ、本題となる「内容重複」は、そもそも問題にもならないということだった。
「あなたたちも、手ぶらで帰る訳にはいかないんでしょう?」
そう言って、サニアは手持ちの紙に事情をしたためて、それを青木に渡してくれた。
「まあ、破り捨てられるにしても、それは、あなたのせいではないですから」
この聡明な女性には、青木たちの内部事情もお見通しなのかもしれない。
青木たちが砦に帰り着くと――「上を下への大騒ぎ」となっていた。
「お前ら! 遅いぞ! 何やってたんだ!」
島津の叫び声が聞こえる。
「……お前に言われて、砦の外に……」
「そんなことはどうでもいい! これから平田君たちが帰ってくるんだ!」
近藤の答えは、相手にあっさりと遮られた。
そして「平田君たちが帰ってくる」とは――
「島津! 厨房は、牛の予備がないらしいぞ?!」
今度は細川の叫び声が来た。
「くそっ、使えない! おい、お前ら! 今すぐ牛を用意させろ! 平田君たちに、イノシシなんか食べさせられるか!」
そう叫ぶ島津の顔は、近藤たちの方を向いていた。
「何ぼさっとしてるんだ、このうすのろ! 平田君は、3時には来るんだぞ?!」
「わかったよ。それじゃ、厨房と相談してくるよ」
この場にいるのもいたたまれなくなってきて、青木はそう言うと2人を連れてその場を離れた。
「勇者様は、ずいぶんと良いご身分だよね」
盛大なため息とともに、沖田が言う。
「もう知らん。ブタでも蛇でも、適当に食わせておけばいいだろう」
近藤が吐き捨てるように応えた。
「まあ、とりあえず厨房に行ってみよう」
そんな2人を取りなすように言って、青木は厨房に入る。
「ああ、アオキさん。あいにく、牛なんてありませんよ?」
青木の姿を認めただけで、相手は用件まで察したようだった。
「ああ、やっぱり、ない……ですよね……」
「シチノヘさんが確保していた牛が、あれから6日分で、昨日でちょうど終わりだったんですよ」
「牛肉、あったんですか?」
「いえ、3日で1頭分をさばく、っていう計算で、3日おきに1頭ずつ調達する当てをつけてたんです。その2頭目の期限が昨日で……勇者様が帰ってくる、って昨日のうちに聞いてれば、延長とかできたんですけどね」
――七戸愛香の手堅い段取りは見事だった。そして、平田正志の気まぐれな行動は、違う意味で「見事」だ。
「牛そのものが、いないわけじゃないんですか」
「肉牛は貴重なんですよ。どこに何頭売るか、って、前々から話をつけてあるものなんです。勇者様方がこっちに来たせいで、突然注文が増えて……シチノヘさんがあちこち当たってかき集めたんですよ」
もはやこれ以上牛のことを話しても無駄に思えてきた。
「それ以外は、どんな感じで……」
「野菜も、生で出すには相当しなびてますね。チーズは、……勇者様方はあとどのくらいいるんです?」
そう問われても、青木にわかるはずもない。
「村から根こそぎに近い勢いで集めたんですけど、そろそろ品切れで……シチノヘさんが確保した牛乳で、メグミさんにたくさん仕込んでもらったんですけど……まだ2週間ですからね。寝かすのに2ヶ月はかかるのに……」
今度は七戸愛香と牧村恵の連係プレイらしい。
「あ、そうだ! メグミさんに教えてもらった即席チーズ、あれをやればなんとかなります! レモン汁なら、まだそこそこありますから!」
近くにいた女性がそんな声を上げる。
「そうね。長引くようなら、それしかないわね。あと、ワインはどう?」
「とりあえず3本見つかりました!」
奥の倉を見ていた女性が応えた。
Bクラス以下なら「エール」で済む飲み物も、Aクラス以上は「ワイン」となる。その準備も必要になる。
「とにかく、文句を言われても、ないものは出せませんよ。あるもので我慢してもらわないと」
「ユマ様は、雑兵向けの食事でも、何も言わないで食べてくださったのに」
厨房の女性の1人が漏らしたその言葉に、その場の全員の顔が硬直する。
「そ、その話は、ここじゃ……」
「けど……けど、どうせ勇者様は怒るんですよね? なら、良いじゃないですか?」
その引きつった声が甲高く響く。
「そうですよ。だいたい、ここには、あのユマ様がいらしてたのに……あんな勇者様の相手なんて、もうたくさんです!」
「ああ、ユマ様は、あんなかわいらしくて、それでいて、オーガもゴブリンも、魔将もドラゴンも退治してしまうなんて。……あの方こそ、本物の勇者です」
「ユマ様は『人間』の『勇者』じゃなくて、『ハイエルフ』よ? あんな『勇者様』なんかと一緒にしたら罰が当たるわ」
彼女たちは、堰を切ったように「ユマ様」を賞賛し「勇者様」を罵倒し始める。
「あの、その、とにかく……」
青木は、それ以上言葉を続けることができない。この女性陣の勢いは、とても止められそうになかった。
午後3時過ぎ。
セプタカの駅に、3両編成の臨時列車が到着した。
最先頭の一等車から降りてきたのは、詰め襟姿の男子2人に、セーラー服の女子2人。
男子は「勇者」平田正志と「拳帝」毛利剛、女子は「風・雷系統魔法導師」嵯峨恵令奈に「賢者」度会聖奈。
4人を迎えたのは、B1班の班長・島津忠之とB2班の班長・浅野紀之だった。
「平田君、お疲れ様」
島津が、そう言って頭を下げる。
「いや、島津、留守中済まなかった」
「で、どうだったんだ?」
鷹揚に応えた平田の横から毛利が問う。
「っ、それが……」
「残党どもが巣穴を作ってて、つぶそうとしたら……『曙』が割り込みで焼き討ちかけちまったんだ」
答えに詰まった島津の横から、浅野がそう答える。
「けっ。また連中か」
そう聞いた瞬間、毛利はにわかに顔をゆがめ、あげく舌打ちした。
「牛がねぇだと? ふざけんなボケ!」
そこへ響いたのは、津田靖の声だった。
「……牛?」
「ああ、その、ちょっと、厨房の連中がへまこいて、牛の在庫がない、とか言っててさ」
怪訝そうな表情を見せた平田に、浅野が苦笑交じりに答える。
「牛なら、そこにいるじゃない」
そう口を切ったのは、度会聖奈だった。
その指さした先――列車の車止めのさらに向こうに、芝生の草を食べている黒毛の牛が1頭いた。
「あ、あれは……」
「牛が要る訳? なら……」
そう言って、度会聖奈は杖を軽く振る。
次の瞬間、芝生の地面が槍状にせり上がり、牛の頭部を貫いた。
牛は一瞬で絶命した。それを確認すると、度会聖奈は身を翻す。
「あとは任せるから」
そう言って、彼女は歩き出す。
「とりあえず、荷物を置いてくるから、みんなを集めてくれ。話がある」
平田は、そう言って度会聖奈の後に続く。
「……とにかく、牛は確保できた。C2の連中に処理させるか」
「そうだな。……おい! C2を呼べ!」
島津と浅野も、そんな言葉を交わしてきびすを返した。
こちらにいた頃から、シチノヘさんは活躍していたのです。
そして、雑兵向けの食事を文句一つ言わずに食べていた「ユマ様」は、なにやら崇拝の的になっています。
なお、こちら側の幼馴染みヒロインの「状態」については、次回とその次で詳しく見ていきます。