143. カンシア勢の日々 (1) C2班の戦い
カンシア居残り組、まずはこのグループです。
闇夜の草むらの中。
革鎧を身につけた7人の男子たちが、たいまつを手におそるおそる歩いていた。
(ゴブリンは光に弱いから、光系統魔法で目くらまし。ゴブリンは火に弱くて、ここは西風が吹いてるから、西側から火をつければ追い払える)
その中の1人、青木修介は、心の中でひたすらその言葉を繰り返す。
先週まで彼らとともにいた同級生たち。
夜営中にオーガとゴブリンに襲われた彼女たちは、怪我を負うこともなく避難できた。
その彼女たちから伝え聞いた、ゴブリンたちの習性。それが――
(ゴブリンは光に弱いから、光系統魔法で目くらまし。ゴブリンは火に弱くて、ここは西風が吹いてるから、西側から火をつければ追い払える)
青木は、何度も自らに言い聞かせて、そして「動作」をひたすらシミュレーションする。
ゴブリンどもは、1体や2体でうろつくようなことはない。
必ず、10体以上が群れをなして動く。時として、50体近くが一斉に襲いかかることすらある。
無為無策で襲われたら、皆殺しにされてしまう。
「なんだ? 草むらが、動いた?」
先頭に立つ近藤優一の声に、他の5人も足を止める。
「これ……なんとなく、気配がするね」
近藤に続いていた沖田聡が声を潜めて応える。
「あ、あれっ」
しんがりにいた小栗忠彦が、前方を指さした。そちらに目を向けると――大柄な影が動いている。
「あれは……まさかオーガっ」
近藤の声が引きつる。
先週まで多数跋扈していた強敵。それが彼らの前に現れたのなら――
「と、とにかく、僕らだけじゃ、どうにもならないよっ。砦に戻らないとっ」
小栗の声は震えていた。
「く……体が本調子なら……」
沖田がうめく。
「仕方ない。とにかく早く……」
近藤がそう言った、その瞬間。
周囲の草むらが一斉に揺れて、あまたの影が現れた。
「なっ」
「ギィ!」
「グギィ!」
耳障りな声。多数のゴブリンに取り囲まれている。
(ゴブリンは光に弱いから……)
「【発光】!」
青木は、たいまつの先端に「マ」を込めて「発光」の術を発動した。
ゴブリンどもが目を押さえてうずくまっているのが見える。
(ゴブリンは火に弱くて、ここは西風が吹いてるから……)
「このっ!」
続けざまに、そのたいまつを風下に向けて放り投げる。
「『炎よ風に乗りて広がれ』、【延焼】!」
直後の呪文。「延焼」というにはほど遠いものの、勢いを増した炎に間近のゴブリンどもは逃げ出す。
「みんな、今のうちに、早く!」
そして青木は叫ぶ。
ゴブリンどもが光と炎で動けずにいるその隙で、青木たちは脱兎のごとく逃げ出した。
どうにか砦にたどり着いた青木たちは、「クラスメイト」たちが詰めている小会議室に入る。
長机の周りに椅子が7つ置かれている。うち6つを占めている「クラスメイト」たち。
青木たち7人は――座る椅子などなく、立ったまま報告させられていた。
「それで、お前らは大慌てで逃げ出してきた、ってことか」
窓を背負う「上座」を占めていた男子、島津忠之が、腕組みしたままそう言って、ふん、と鼻を鳴らす。
「ゴブリンくらい退治しろよ。ったく使えねぇな」
島津の左隣にいた男子、津田靖がそう言って舌打ちする。
「津田、じゃあ、お前はゴブリンの群れが退治できるっていうのか?」
そう言葉を返す近藤の拳がかすかに震えていた。
「ああ? んなもん楽勝だろ? C3の連中と大差ねぇお前らと一緒にすんな」
「なんだと?」
「ってかお前ら、Cの分際でなめた態度取ってんじゃねぇよ」
けっ、と津田はのどを鳴らした。
「とにかく、平田君たちがいない今、俺たちがなんとかここを守らないといけないってのに……逃げ帰ってきました、っていうだけなら、本当にC3班の連中でもできたことじゃないか」
冷淡な目を向けて、島津はそう言う。
「とにかく、今日はもう遅い。俺たちは部屋に帰る。対策は明日相談するぞ」
「そうだな。ったく、こいつらマジ使えねぇし」
そう言って、島津たちは席を立ち戸口に向かう。
途中、津田は青木と小栗の間の空間に強引に踏み込み、2人を肩口で突き飛ばした。
「ったく、ぼーっとしてんじゃねぇよ、このボケが」
そんな言葉とともに、津田は唾を吐き捨てる。それは、青木の革鎧に命中した。
「なんだよあいつら! ふざけやがって!」
島津たちが立ち去って、それまで黙っていた土井敏也が声を荒げて机を叩く。
「仕方ないよ。あいつらは『B』で、僕らは『C』なんだから」
沖田が、応えつつため息をつく。
「だから、なんで津田なんかが『B』で、俺たちが『C』なんだよ!」
そう言って、土井は再び机を叩いた。
「わかるけど、仕方ないよ。そうご託宣が出たんだから」
青木は、相手をなだめようと思い、そんな言葉を投げかける。
「しかし、今日は、青木のおかげでなんとかなった。でなければ、俺たち全員、生きて帰れなかった」
近藤が青木に向かって言う。
「あ、いや、あれは……女子たちから聞いてた『対策』を、とっさにやっただけだから……」
青木はそう応える。
「それがとっさに出てきたおかげだよ、僕らが助かったのは」
沖田が苦笑交じりで言う。
「いや、怖かったからさ、頭の中でそれだけシミュレーションしてたんだよ」
そう応えるしかない。
実際、必ず群れで行動するゴブリンにまともに襲われれば、彼ら「C2班」の力量では壊滅は避けられない。
その恐怖があったからこそ、C3班にいた女子たちが話していた「対策」を、青木は何度も反復していた。
「それに、さっきのあれで、もうスタミナ切れだし……今日は、あとはギリギリ発光が1回できるくらいだよ」
青木は、光系統魔法と火系統魔法を使うことはできる。
といっても、いずれも単純な術式のみで、それも1日に3回も使えば体力と気力が尽きてしまう。
「けどさ、その話、あいつらまともに聞かなかったよな」
「そりゃそうだろ。あれ、元は『あいつ』が教えた『対策』だろ?」
小栗が口にした疑問に、土井はそういって肩をすくめる。
「そうそう。それも、自分が助かるためじゃなくて、C3の女子たちを無傷で逃がすための知恵で、自分はそこから逆走して、オーガとゴブリン返り討ち、だからね」
沖田が言った「そのこと」。その「武勇伝」を含めて、青木も顛末を聞いていた。
「けど、『彼』……『彼女』? のこと、って……ここじゃ、もう黒歴史扱いだからね」
そう言葉をつなぐと、沖田は苦笑を消して目を伏せる。
「しかし、『あいつ』がいなくて……相沢、仙道、桂木も抜けて、B以下だけで対処するなんて、無理だろ……」
近藤は、そう言ってため息をつく。
「無理……だよね……」
青木も、C2班の他の面々も、そのことは十分理解している。
しかし、現在の力関係では、「Bクラス」の面々に対して「Cクラス」の彼らがもの申すことなど許されていない。
(なんで、こんなことになったんだ……)
そんな思いとともにため息をつく。青木にできるのは、それだけだった。
「あいつ」「彼女」は「黒歴史」とされているようです。
由真ちゃんがいた頃は「B・Cクラス」とひとまとめにされていた人たち。
「平田君たちがいない今、俺たちがなんとかここを守らないといけない」という状況になって、「Bクラス」と「Cクラス」に差が出てきます。
青木君は、「あいつ」が女子たち(=NAISEI組)に教えた知識を活かして、どうにか頑張っています。
呪文が1日3回という『ゴブリンスレイヤー』(同作がオマージュしているTRPGなど)のような状態であっても…