142. そうだ 領都、行こう (11) 帰路につく
そんなこんなで、帰路につきます。
時刻は午後3時40分を回っていた。
ユイナを先頭に、一行は石造りの駅舎に入り、扉で仕切られた窓口に向かう。
一番早く出発する列車を――と要求したところ、16時2分発の「白馬4号」の特等室を提案された。
「乗客1人に随員3人でお願いします」
「そうしますと……特等お一人様が658.4デニ、随員の皆さんはお一人164.6デニで……合計1152.2デニとなります」
窓口の係員の答えを受けて、ユイナはすぐに小切手を切って精算を済ませる。
手渡された切符には、「特等特急券 盛夏の月30日発 白馬4号 1号車1番 コーシニア中央よりアトリア西まで (特等乗車券 コーシニア市内よりアトリア市内まで) 大陸暦120年盛夏の月29日 TA アスマ旅客列車運行発行」と記されている。
「ユイナさん……いま、何か空恐ろしい金額が?」
由真は、おそるおそる尋ねる。
手元にある切符にも、金額の欄には「658.4デニ」と明記されている。合計は「1152.2デニ」――すなわち11万5千円相当ということになる。
「まあ、今回は急ぎですし、このくらいなら、私の手元からでもなんとかなります」
――「このくらい」が「手元からでもなんとかなる」程度には、ユイナも裕福になったのだろうか。
ともかく、自動改札機を抜けて、5・6番線ホームに上る。
「お待たせいたしました。16時2分発、特急『白馬4号』が5番線に12両編成で到着します。白線の内側まで下がってお待ちください」
程なく流れるアナウンス。そして、往路と同じ車両「モディコ200系」が到着した。
最後尾車両の後ろ側の扉から乗車して、件の「特等特急券」を提示すると、係員が恭しく礼をして、室内に通される。
アトリア方面に向かって右手に側通路があり、左手の空間が個室となる。
後ろ側が1号室、前側が2号室。この2つの個室のみが備えられていて、あとは人気もない。
扉を開けるとエントランスがあり、その奥に5人分のソファーが用意された部屋がある。
そのさらに先には、ソファーベッドが備えられた部屋も続いていた。
「特等の随員は4人以内で、二等の運賃・料金で乗車できるんです」
そう言いつつ、ユイナはソファーに腰掛ける。由真も、衛と愛香も、とりあえずソファーに腰を下ろした。
動き出した電車は、たちまちに時速270キロに加速する。乗り心地は、相変わらず安定していた。
程なく係員がやってきて、人数分のお茶を淹れてくれた。
「それで、いかがでした?」
係員が退出したところで、ユイナが問いかけてきた。
「えっと、最後のアレは……」
「あれは……あのときの周りの反応から、察してください」
強烈な印象を残した件の「反対派」。そのことを口にした由真に、ユイナは苦笑を返す。
「人口400万近くのシャッター通りとか、一周回ってすごい」
今日の「主役」――愛香が口を切る。
「確かに、午前の北駅周辺を別にすると、他はみんなシャッター通りでしたね」
「まあ、2年前は、イデリアの南店がまだ賑わってましたから、多少ましでしたけど……」
苦笑を浮かべたままユイナは応える。「シャッター通り」という言葉の意味は、どうやら通じたらしい。
「建物は、イデリアはひどかったけど……」
「ああ。しかし、ロンディアはしっかりしていた。それに、あの途中の街にあった奴も」
由真が話を振ると、衛はそんな答えを返してきた。
「中央駅も北駅も、全体を壁で仕切っていた。日本なら、閉塞感をなくすために高架下は柱3・4本で支える。それをあえて壁で支えてある。耐久性に相当配慮した作りだった」
――壁が多く狭苦しい雰囲気もあった駅舎を、衛はそういう目で評価していたらしい。
「それに、駅舎にはまだ使っていない空間があるように見えたんだが」
「使っていない空間?」
「ああ。コンコースと自由通路と車道は開いていたが、壁で仕切られた部分がまだ続いていた。倉庫にでも使っているのか、外から見ただけではわからなかったが」
そう言われて記憶をまさぐってみたものの、由真の認識は「壁で仕切られた部分」にまで及んではいなかった。
「とりあえず、イデリアの『居抜き』は無理だった」
そう口にする愛香の表情は、落胆が見えていた。
「まあ、今回は、その辺の可能性を見に行った、ということで……殿下も、現地も見ていないシチノヘさんに、そんな厳密な確約は求めておられませんよ」
ユイナがそう言って愛香を慰める。
「とりあえず、作戦は変更する。ロンディアのモールには、後発が規模で勝つのは無理。まずは、メトロの各駅にスーパーを開く。あと、その周りにコンビニも。メトロ沿線ならドミナントができるし、あの大通りを使えば、物流も大丈夫」
そう答えるうちに、愛香の目に光が蘇ってきた――ように由真には見えた。
「ところで、セプタカを出てから、今日で1週間ですね」
ユイナが不意にそう口にする。
「そういえば……そうでしたね」
そう答えた由真の脳裏に、セプタカの砦のことが蘇る。
現地の「雑兵」の中に編入されて、ゴブリンの群れに対峙させられたこと。
今ここにいる愛香を含むC3班を、オーガとゴブリンの襲撃から避難させたこと。
平田たちと決定的な対立に至ったこと。
そして、「冒険者」の道へと誘ってくれたゲントたちと出会ったこと。
ずいぶんと昔のようなその出来事から、ようやく1週間が経過したばかりだった。
「あちらのことは……少し、後悔とか心残りとかもあります」
そう言って、ユイナは軽くため息をつく。
「それは、平田君たちのことですか?」
「いえ、勇者様のことは別に。……Cクラスの人たちのことです」
その言葉は、由真にとっては意外だった。
「C3班の皆さんは、生産職のクラスを見誤る結果になってしまいましたけど、他にも、C2班にも、気になる人たちがいました」
ユイナはそう言葉を続ける。
「たとえばオキタさんは、剣術がレベル7でした。なぜそれでCクラスと判定されたのか、どうにもわからなかったんですけど、その後2回の判定でも、やはりCクラスのままで、剣術も上達はしていませんでした」
沖田、というと――
「沖田は、半年前に交通事故に巻き込まれて、3ヶ月入院していました。あちこち骨折したらしくて、まだリハビリの段階だったはずです」
衛が答える。
そう、沖田聡は、衛と同じA組に属していた剣道部の男子だった。
商店街を歩いている途中で暴走した車にはねられたため、3ヶ月ほど入院を余儀なくされたことは、由真も知っていた。
「それに、青木さんには、毎回気の毒な思いをさせてしまいましたし……」
毎度のステータス判定で、「相沢晴美」の次に名を呼ばれていた男子「青木修介」。
Sクラスのデュアルギフトを持つ晴美の次に呼ばれるCクラスの彼は、判定のたびに冷淡な目を向けられていた。
「あと、神官としては……逆に、ツダさんのような人は、説法をして改心させるべきだったんでしょうけど……」
やはりA組に所属していた津田靖という男子。
バスケットやサッカーで対戦すると、乱暴にタックルを仕掛けてくる。
由真としては難なく突破できる相手だったとはいえ、よい印象は全くない。
「津田には、つける薬はない、と思います」
――衛が珍しく毒を吐く。
「もう私の仕事ではありませんし、皆さんと1歳しか違わない私が、教師のような考えを持つのは烏滸がましいとはわかっているんですけど、……どうにも、気がかりですね」
ユイナは再びため息をつく。
「それは……まあ、そう、ですよね……」
由真には、それしか返す言葉がない。
2年F組のクラスメイトたち。
最初の時点で、「レベル0・ギフト『ゼロ』」とされた由真をかばったのは、そのうち晴美と衛だけだった。
しかし、愛香や美亜は、その場に対抗する勇気がなかっただけで、由真を拒絶している訳ではなかった。
もとより、「クラス外」の「住人」だった由真が、「臣民」の扱いを受けていた「Cクラス」の同級生たちに同情するなど、それこそ烏滸がましいことではある。
それでも、現に「弱い立場」に置かれているのだとしたら、「弱い立場」を経験した身としては、気がかりにもなる。
「由真、どうした?」
衛の声が聞こえて、由真は我に返る。
「え、なに、衛くん?」
「いや、浮かない顔をしていたから」
――由真の表情を衛は敏感に察していた。
「あ、ちょっと、あっちの人たちのことが気になってね」
「そうか。……度会のことでも気にしていたのかと思ったんだが」
その名を耳にした瞬間、由真の胸がきつく締め付けられる。
「……もしかして、言わない方がよかったか? だとしたら、済まない」
――彼には、全てお見通しなのかもしれない。
「そういうわけじゃ、ないよ。……セナちゃん……『賢者様』のことは、もう過去の話だから」
『ほらヨシ! ぼーっとしてないで! 一緒に公園に行くわよ!』
脳裏に蘇るその声は、小学校の頃か、幼稚園の頃か。
「そう、もう、過去のことだから……」
そう言ってため息をつき、テーブルの上のお茶を口に含む。
それでも、由真の脳裏には、あの幼馴染みの笑顔がありありと浮かんでいた。
実は出発してから作中では1週間しか経過していないのです…
そんな訳で、次回から数話ほど、セプタカの砦に残ったクラスメイトたちのお話になります。