141. そうだ 領都、行こう (10) 招かれざる出迎え
重要な「関係者」が登場します。
ちょうどよく「3系統」の中央駅前行がやってきたため、由真たちはそれに乗って帰ることにした。
乗客は少なく、往路と同じく4人並んで座ることができた。
窓外を意識してみると、タイヴィアを出て、ナラニアからハマキアまで進んでも状況はあまり変わらない。
そのハマキアに到着する直前が交差点で、左手から伸びてきた線路が合流してきた。
ハマキアからマカスタまでの間は、閉ざされた店舗らしきものがちらほらと見える。
マカスタを出ると、T字路を右に折れ、直後に左折する。
そこからは専用軌道に入り、停留所に停まるたびに3・4人ずつ客が乗車してきた。
「まもなく、終点、中央駅前、中央駅前です。本日も、コーシニア・トラモをご利用いただき、ありがとうございました」
録音された自動放送によるアナウンスとともに、電車は中央駅前に到着した。
往路とは異なり、ここからメトロ南北線のホームに向かうことはないらしい。
1デノ硬貨1枚と10サンティ硬貨8枚を用意する。手元には、1デノ硬貨1枚と10サンティ硬貨2枚が残った。
「小銭、うまい具合に使い切れましたね」
「たまたまですよ。10サンティ玉は、気を抜くとすぐに貯まっちゃいますから」
ユイナと話しつつ、由真は整理券と小銭を投入して電車から降りる――
「見つけたぞ!」
大仰な声が上がり、空気が動く。
(これは?)
周囲に群がるものは、魔族や魔物の持つ「ダ」ではなく、人の持つ「マ」だった。
「ユマ・フィン・ナスティア! とうとう捕まえたぞ!」
先週与えられたばかりの名前で呼ばれて、由真はとりあえず目線をそちらに向ける。
詰め襟の――この世界では標準的な服を着た、中年から初老の男たちが6人、由真を取り囲んでいた。
「ユイナ・セレニアまで連れて、早速領地視察のつもりか?!」
ユイナの名前まで挙げた相手は、由真より頭一つほど背の高い男だった。
(これは……って……)
由真たちの後ろには、これから下車しようとする乗客が残っている。こんなところで足止めをされていては、彼らの迷惑になってしまう。
「失礼ですが、皆さんは?」
そう問いかけつつ、由真はドア口から2歩ほど動いて、後ろの乗客たちの動線を確保する。
「貴様、ユマ・フィン・ナスティアだな?!」
横にいた男が、由真の進路を遮るように身を乗り出して叫ぶ。
「僕は、アトリア冒険者ギルド・ジーニア支部所属の冒険者、ユマと言います。それで、皆さんはどちら様でしょうか?」
今度はそちらを見上げて、由真は再び問いかける。
「き、貴様! 我々を馬鹿にしているのか?!」
先ほど由真の正面にいた男が、またしても声を張り上げる。
(いや、まず名乗ってくれないかな)
そう思ったところで、この相手には通じる気配がない。
「そういうつもりではありませんけど、……それで、お話の向きは?」
相手に名乗らせることはあきらめて、由真は問いを変える。
「わっ、我々、コーシア県会『民の声』は、貴様の県知事就任を断じて認めん! 今すぐここから立ち去れ!」
相手は、由真を見下ろして叫んだ。
(ああ、これが、反対派の人たちか)
「貴様、『建設的で現実的な批判は聞く』などとお為ごかしを抜かして、我々を踏みにじるつもりだろう! 貴様など、あの副知事の操り人形ではないか! 貴様のような小娘が我々の県を私物化するなど、断じて認めん!」
(建設的とか現実的とか以前に、少し整理してものを言ってくれないかな……)
思いつくままに叫んでいるとしか思えない言葉に、由真はどう返答したものかもわからなくなってしまう。
「貴様! なんとか言ったらどうだ!」
どうやら、この相手は返答を求めているらしい。
「僕は、コーシア県会の同意を得た上で、アスマ公爵殿下よりこの県の知行をお預かりすることになりました。そのため、今日は非公式に知行地の趣を拝見させていただくため、こちらに参りました」
「き、貴様! 我々は、貴様の就任など認めてはいないぞ!」
(そこからいきなり気に入らない訳ね)
胸の奥から漏れそうなため息を、どうにか抑えつける。
「県会において、全会一致の同意をいただいた訳ではない、とはお聞きしています。僕は、確かに若輩の身ですから、県会の皆さんと十分相談しながら、副知事以下と協力して、この県のために努力したいと思っています」
「貴様! きれい事を抜かすな!」
――まともな「意見交換」は成立しない。そのことだけはよく理解できた。
「ともかく、ここはトラモの停留所ですし、お互い公式な場でもありません。県政を巡るご相談なら、日と場所を改めて……」
「貴様、逃げるつもりか?!」
――つい先ほど「今すぐここから立ち去れ」と言ったその口で、舌の根も乾かぬうちに「逃げるつもりか」と言われては、もはや返す言葉などない。
(これは……この場は、もうダメだな……)
由真は、大きくため息をつき、そして掌をかざす。
「な、なに?」
「『ガリア・エスト・オムニス・ディウィサ・イン・パルテス・トレース』……」
男たちを見据えつつ、由真は言葉を紡ぎ始める。
「ちょ、ちょっとユマさんっ?! 変な呪文はっ?!」
ユイナが横から叫ぶ。
「じゅ、呪文?!」
「ま、まさか、無系統魔法?!」
前方の男たちは、とたんに慌てた様子になる。
「き、貴様、は、話を、話をきけ……」
「『クアールム・ウーナム・インコルント・ベルガエ』……」
そこで、由真は息を溜める。
「こ、殺される?!」
「に、逃げろっ!」
――男たちは、一目散に退散していった。それを見て、由真は溜めた息を大きく吐き出す。
「由真ちゃん、今のは、何の呪文?」
横から愛香が問いかけてきた。
「いや、別に、呪文でも何でもないけど」
「そう。てっきり、キレて即死魔法でも繰り出したのかと」
「いくら何でも、いきなりそんなことはしないよ」
由真は実際に「即死魔法」も使えるので、あまり冗談にならない。
「あれ、何だったんですか?」
ため息交じりでユイナが問いかけてきた。
「えっと、僕たちの世界の古典の文章です。翻訳を通らないものを、適当に言ってみただけですから」
由真はそう応えることにした。
これが「春はあけぼの」や「つれづれなるままに日暮らし」では翻訳を通る可能性があるが、このラテン語の文章ならその心配はない。
「おお!」
「すげぇ!」
「あれがユマ様か!」
周囲から上がる声で、由真は我に返る。
「ユマ様、お見事!」
「かっこいい!」
――どうやら、周囲の人々は由真に対して歓声を上げているようだった。
「とりあえず、戻りましょうか、駅の中に」
ユイナは、そう言いつつ錫杖を振る。
周囲の注意がたちまちに拡散していく中、由真たちはコーシニア中央駅の駅舎へと歩き出した。
――話が通じない人たちでした。
由真ちゃんも最後はブチ切れで、即死魔法……は使いません、さすがに。
ちなみにこの文言、西洋古典、ことにローマ好きな方にはご案内かと思いますが…
『ガリア戦記』で検索していただければわかります。




