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140. そうだ 領都、行こう (9) 店舗跡の惨状

閉店した方のお店の跡は―

 電車はタイヴィア停留所に到着した。

 整理券とともに白銅の1デノ硬貨1枚と赤銅色の10サンティ硬貨8枚を投入口に入れて、由真たちは電車から降りる。


 停留所の「タイヴィア」と記された看板。その文字の脇に無数の傷がつけられていた。


「もしかして……うわやっぱり、これはひどいな」

 魔法解析してみた由真は、そこに「イデリア前」という字が記されていたことに気づいてしまった。


「ひどい、って、これ、『イデリア前』って書かれてたとか?」

 さすがに愛香は鋭かった。


「相当……恨まれるような……」

 そう言いかけたユイナが目を見開く。


 その目線の方向、車道を渡った先には、3階建ての大きな建物があった。

 その1階部分の壁には――様々な罵詈雑言やデフォルメされた害獣・害虫・排泄物のたぐいの絵などが落書きされている。


「とりあえず、行くだけ行ってみましょうか」


 信号が青――この世界でも「進んでよい」を意味する――になったところで、由真はそう言って先に進む。

 車道を渡り、壁の前まで来て――


「これは、本当にひどいですね」

 ユイナが眉をひそめてため息をつく。

 この王国第2位の聖職者の口の端に上らせてはいけないたぐいの言葉、さらには意味もわからないアルファベットの羅列もある。


「翻訳スキルも通らないとか……」

「まあ、皆さんのスキルは、あくまで『標準ノーディア語』が対象ですから、俗語のたぐいは、レベル10のユマさんでも……」

 ユイナが由真にそう説明してくれた。


「セレニア先生、この落書きって、消せます?」

 そう問いかける愛香の表情も険しい。


「これ……は……」

 ユイナは言葉に詰まる。この世界の技術で「消す」のは相当難しいのだろう。


「まあ、消すだけなら」

 由真は、壁に向かって軽く手をかざし、そして無系統魔法を発動する。

 次の瞬間、落書きは全て消え去り、壁面はくすんだ灰色に覆われた。


「これが、何日で落書きだらけに戻るかまでは、僕にはわからないけどね」


 地元民の怨嗟の感情まで消し去ることは――可能ではあっても、やっていいことではないだろう。


「これで、『居抜き』は……」

「いや、七戸、ここの『居抜き』は、無理だ」


 愛香の言葉を遮って、衛は柱を指さす。そこには、斜めにひびが入っていた。


「なにこのひび……」

「実は、昼前に行ったイデリアの北店、あそこの柱にも、ひびが入っていた」


 確かに、衛は、あのとき野菜売り場の方の柱を見つめていた。


「おそらく中性化だと思う。……アル骨だとするとやっかいだが」

「あるこつ?」

 衛の口にした言葉は、由真の知識の範囲にはなかった。


「ああ、『アルカリ骨材反応』だ。骨材にシリカのたぐいを不用意に入れたりすると、化学反応を起こしてシリカゲルという奴になる。こいつが水を吸い込んで容積がふくれあがり、中からひびが入っていく。日本では、90年代からは骨材に規制がかかったから、それ以前のものでもない限り大丈夫なんだが」


 コンクリートが中から膨張していく。その進む先は崩壊だろう。


「だから、日本だと、まず中性化の方を疑う。中性化は、二酸化炭素が入り込んで、コンクリがアルカリ性から中性に変化する現象だ。それで鉄筋の不動態が崩れて鉄が錆びて、その分容積がかさんでひびが入る。そうなると、空気が入りやすくなって、コンクリの変化と鉄筋の錆びがさらに進行する。中性化自体は強度に影響しないから無筋なら問題ないんだが、鉄筋が錆びると、引っ張り方向の強度がなくなる」


 鉄筋コンクリートの場合は致命傷だろう。


「アル骨の予防策としては、普通はリチウムイオンを注入する。これでシリカゲルをイオン交換させてリチウムシリケートに変えれば、膨張の進行は止まる」


 それは「予防」としては有効だろう。ただし、すでにひびが入ったものでは手遅れとも思われるが。


「どちらにせよ、進んできたら、外から鋼板なりコンクリなりで押さえつけるしかない。そして、一番の対策は、『断面修復』、つまり、コンクリを削り取って新しく打ち直すことだ」

「それ、もはや建て替えだよね」

「ああ。供用していない今なら、建て替えた方がよほど早い」


 そういうことになるだろう。


「それにしても、こんなところに店をおいて、人が来るとは思えない」

 愛香が、周りを見渡して言う。

 確かに、他に店舗らしきものはなく、「電車通り」に住宅が目立つ有様だった。


「ここは、昔はトラモの車庫があったんです。中央駅を整備するときに南北線ができて、車庫も移りましたけど、コーシニアのトラモは、全部の路線からここに直通する系統があるんです」

「つまり、どこからでも乗換なしで来ることができる、最南端の停留所?」


 それは、乗換のたびに初乗り運賃を払わされるこの街では重要な要素だろう。


「にしても、人気がないです」

「まあ、トラモもお客さんが減っていて、3年前に東線が廃止されて、今年の春には中央線のマカスタまでの区間も廃止されたそうですから……」

 愛香の言葉に、ユイナはそう応えた。


「退潮傾向……ですね」


 由真は、ついそう言い切ってしまう。

 それでも問題ないと思えるほどに、周囲には人気がなかった。

由真ちゃんの魔法、久々の発動です。使い方はさておき…


落書きだらけ、コンクリは劣化、路面電車の縮小で人通りも減少。

退潮傾向、オワコンという奴ですね。

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