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139. そうだ 領都、行こう (8) 路面電車で旧市街へ

続いて南の旧市街に移ります。

 空き家だらけの「商店街になり損ねた街」にとどまっていても仕方ないため、由真たちは駅に戻った。

 このフィルシア駅からコーシニア中央駅までの運賃は、1.8デニだった。


「もしかして、運賃帯が変わるところを狙って降りたとか?」


 息を詰まらせた様子の愛香に、由真はあえてそういう。

 ここで下車せず中央駅まで直行していても、運賃は1.8デニ。

 つまり、フィルシア駅で下車したことで1.6デニを丸ごと損したことになる。


 しかし裏を返せば、0.2デニの運賃差が生じるが故に、この駅は中央駅ではなく北駅の商圏に入ることになる。

 故に、「電車で移動する北駅の商圏」としてちょうどよい見本となる。


「いや、そういう訳じゃ……」

 愛香は言葉を濁して目を伏せた。


「まあ、とにかく、中央駅に戻って、トラモで南に行きましょう」

 ユイナに言われて、4人は自動券売機に向かう。


「あ、10サンティ玉は使わないでください。トラモの精算が面倒になりますから」


 ユイナのその言葉に従い、残り6枚となった1デノ硬貨を2枚投じて、切符と10サンティ硬貨2枚を入手する。


 ホームに降りると、電車は程なくやってきた。

 ニコフィア、ティクラバ、市役所前の3つの地下駅に停車した後、地上に出てトラス橋を渡って左に折れて、コーシニア中央駅に到着した。


 電車から降りて、ホーム上の自動改札を抜けると、眼前の切欠きホームにちょうど路面電車が入線してきた。

 前面上部に「2 アリナビア」と表示されている。

 駅のホーム――というよりは電停といってよいその区画に、由真たちは向かう。


「トラモは、真ん中の扉から乗って整理券を取って、前の扉から降りるときに運賃を払う仕組みです。精算は小銭で払うので、足りないとあらかじめ両替しないといけないんです」


 要するに日本のワンマン運転と同じ仕組みだった。


「イデリアの南店があったのはタイヴィアなので、運賃は1.8デニですね」


 運賃表を見上げてユイナが言う。それは、コーシニア北駅までの運賃と同額だった。


「これ、両替しないといけないんですか?」

 由真は思わずそう尋ねてしまう。


 10サンティ硬貨は現在手元に8枚ある。「1.8デニ」すなわち「1デノ80サンティ」を支払うとなると、手持ちの8枚を使い果たすことになってしまう。


「まあ、そうですね。あの、ここは始発なので、少し時間がありますから、その間で、両替を済ませましょう」


 ユイナにそう言われて、由真たちは電車に乗り込む。日本のものと似たような整理券箱があり、小さな紙片を受け取り中に進む。


 両替機は――やはり日本のバスや路面電車と同様に運転台の真後ろに据えられていた。


 残り4枚となった1デノ硬貨のうち1枚を挿入すると、赤銅色の10サンティ硬貨が10枚返ってくる。

 合計18枚。重たく煩わしいとすら感じられる。


 車内には他に乗客はいなかったため、ロングシートに4人並んで座る。


「この電車は、南北線・本線経由、2系統、アリナビア行です。サイトピア線サイトピア大橋方面へお出でのお客様は5系統、ウィリア線ウィリア方面へお出でのお客様は3系統にお乗りください」

 女性の声のアナウンスが流れた。


「これは、磁石に録音してある声ですね」

 テープによる自動放送程度の技術は、さすがにあるらしい。


 由真たちの他に3人が乗った状態で、電車は発車した。吊りかけ駆動の重い音が床下から響いてくる。

 渡り線で左隣の線路に移り、続いて引き込み線に入ると、ループ線で高度を上げる。

 跨線橋で6本の線路を越えると、再びループ線となって高度を下げた。


「まもなく、中央駅前です」

 アナウンスはそれだけを告げて、電車は停留所に到着した。

 3本の線路の両側とその間に、合計4面のホームがあり、由真たちの乗った電車は左端の線路に入った。

 扉が開くと、多くの客が乗り込んできた。


「整理券をお取りください。この電車は、南北線・本線経由、2系統、アリナビア行です。サイトピア線サイトピア大橋前方面へお出でのお客様は5系統、ウィリア線ウィリア方面へお出でのお客様は3系統にお乗りください」


 先ほどと同じアナウンスが流れる。

 一部の乗客は、それを聞いて慌てたように降りていく。


 ロングシートが全て埋まり、何人かが立ち席となったところで、扉が閉ざされ電車は動き出した。

 進んだ先は、道路の上ではなく枕木の上――いわゆる「専用軌道」だった。


「本日は、コーシニア・トラモをご利用いただき、ありがとうございます。この電車は、南北線・本線経由、2系統、アリナビア行です。次は県庁前、次は県庁前です」

 録音されている自動放送が流れる。


「まもなく県庁前、県庁前です」

 程なくそんなアナウンスが流れて、電車は最初の停留所に到着した。目の前には、石造りのような大きな建物があり、そこから出てきた人々が6人ほど乗車してくる。


「あれがコーシア県庁です。こちら側は裏口ですけど」

 ユイナが耳打ちしてきた。

 コーシア県庁。それは――「コーシア伯爵」となった由真にとって、直属配下の機関となる。


 県庁前から先、停留所に停車するたびに乗客が下車していく。

 専用軌道を進む電車は、停留所以外では足止めされることはない。


 4つめのヤルタシア停留所で乗客が降りると、車内は空席が見られるようになった。

 そのヤルタシアを出た電車は、直後に停車する。

 前方には道路があり、信号で止められていた。


「まもなくマカスタ、マカスタです」

 そんなアナウンスが流れる。


「次のマカスタからは、道路の上を走ります」


 そうユイナが言うと同時に、信号が変わり、電車は再び動き出した。

 車線を横切り右に直角に曲がり、直後に今度は左折して、そして停留所に到着する。

 乗客の乗降はなく、電車はすぐに発車した。


「次はハマキア、次はハマキアです。この電車は、本線経由、2系統、アリナビア行です。サイトピア線サイトピア大橋前方面へお出でのお客様は、ここでお降りの上、5系統にお乗り換えください」

 そんなアナウンスが流れて、次の停留所に到着した。

 ここで下車したのは3人、乗車した客はいなかった。「乗換停留所」にしては出入りが少ない。


「実は、乗換すると、ここからまた初乗り運賃を払わされるんです。なので、地元の人は、最初から5系統に乗ります。乗り換えているのは、たいてい定期券を持っている人ですね」

 ――日本ではおよそあり得ないサービス水準だった。


 ハマキアを後にして、その次のナラニア停留所を発車したところでアナウンスが流れる。


「次はタイヴィア、次はタイヴィアです。この電車は、本線経由、2系統、アリナビア行です。ウィリア線ウィリア方面へお出でのお客様は、ここでお降りの上、3系統にお乗り換えください」


 電車は目的地に到着する。ここも乗換停留所らしい。

 整理券を確認し、銀色の1デノ硬貨1枚と赤銅色の10サンティ硬貨8枚を用意して、由真たちは席を立った。

路面電車の風情を文字で伝えるのは難しいですね。

どちらかというと「寂れている」という状態を描写するお話でした。


念のためですが…

路面電車で「専用軌道」というと、道路の上にレールがある状態(「併用軌道」といいます)とは違い、普通の鉄道のようなレールの上を走っているところを指します。

東京の都電荒川線はかなりこれですし、世田谷線はほぼこれです。長崎の路面電車もこれの部分が多いですね。江ノ電などは、これの部分がほとんどになったので「鉄道」に事業替えしています。

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