138. そうだ 領都、行こう (7) 途中下車してみた
街並みの視察に来た一行は、少し寄り道をします。
昼食を終えた由真たちは、コーシニア北駅に戻る。
「ソフィスティアを見るなら一日仕事になりますね。南のイデリア跡地を見るなら、もうそちらに向かった方がいいと思います」
「その前に、戻る途中で、ここの2つ先で降りていいです?」
ユイナの示唆に、愛香はそう問いを返す。
路線図を見ると、「ミルキア フィルシア ニコフィア ティクラバ 市役所前 コーシニア中央」と駅が並んでいる。
「2つ先、って、フィルシアに何かあるの?」
「何があるか見たい。市役所前がDID、ティクラバは普通なら商業拠点地区。ミルキアはここの徒歩圏だから、電車を使うフィルシアがどうなってるか気になる」
――「都市地理学」のスキルに訴えるものがあるのだろう。
フィルシアまでは、運賃は初乗り1.6デニだった。
手元にある硬貨は1デノ8枚に10サンティ2枚。
1デノ硬貨2枚を投じて、切符と10サンティ硬貨4枚が帰ってきた。
自動改札を抜けてホームに上がると、ちょうどよく電車が到着した。
発車した電車は、往路とは逆方向で地下に入り、すぐにミルキア駅に到着する。乗降客は少ない。
そこからさらに少し走ると、次のフィルシア駅に到着した。ここでは少なからず乗客が下車する。
「やっぱり、ここは電車頼みだった」
愛香がつぶやく。
買い物のために北駅との間で電車を使う人が多い。そのことを予測していたのだろう。
相対式2面2線のホームから階段を上ると、ホールのような空間があり、北側に改札口が設けられていた。
改札を抜けると左右を通路が貫く。正面には自動券売機、その上には「西出口」「東出口」と記された看板がある。
由真たちは、「西出口」の方に向かう。通路は突き当たりになっていて、左右に上り階段が伸びている。
右側の階段を上ると、眼前には6車線道路があった。
「これは、『県道コーシニア北縦貫線』といって、北コーシニア市の南北の軸なんです」
ユイナが解説してくれた。
その道路は、片側3車線のうち、中よりの2車線はバソやトラカドがひっきりなしに通っている。
他方、外側の1車線は所々にトラカドが停車していた。
「もしかしてこれ、メトロを掘ってから埋め戻して作ってます?」
幅の広い直線道路の直下に地下鉄。開削工法を使ったと考えるのが自然だ。
「ええ。できた当時は、この辺には何もなかったので、メトロの線路と駅を掘ってから埋め戻して道路にしてますね」
「けど、今も空き家しかないのはどういうことなんです?」
愛香にそう言われて周囲を見渡すと、扉が閉ざされ人気のない建屋が続いている。
「これが、殿下が仰せになった、例の問題です。ここ、元々は、駅前商店街として整備されていて、最初の頃はお店が並んで賑やかだったそうですけど……私が物心ついた頃には、もうこんな感じでした」
そう言って、ユイナはため息をつく。
駅に出入りする人々は、空き家ばかりの一帯を当然素通りする。
買い物は、メトロに乗って2駅先に行き、イデリアかロンディアでまとめて済ませるということだろう。
「この建屋も、使われていないんですか?」
衛が問いかける。
彼が見ていたのは、由真たちのちょうど真後ろに建つ3階建てのものだった。
イデリアやロンディアほどの広さはないものの、小売店1店が占めるにはやや広すぎる。
「これは、ロンディアの現代知識チートがなければ、十分使えたサイズ。スーパーを入れるのにはちょうどいい」
愛香が応える。
確かに、ショッピングモールではない、町中の「スーパー」としては、手頃なサイズに見える。
「あっちと、どっちがよかったのか、俺にはわからない」
衛は、県道を交差する道路を挟んで反対側の建物を指さした。
建屋の横幅は同程度ながら、そちらは入り口が4つの区画に分けられている。
「中を見ないと断言はできないが、こっちはラーメン構造で、あっちはたぶん壁式構造だ。あっちは、4つ区切って使うしかない」
「えっと、それって、どう違うの?」
由真は衛に問いかける。「ラーメン構造」と「壁式構造」という言葉から察しはつくものの、せっかくなのできちんと説明を聞いておきたい。
「ラーメン構造は、柱と梁の枠組みで全体を支える。壁は力を受ける役割は持たないから、入れたり外したりの自由度が高い。壁式構造は、耐力壁で全体を支える。壁全体で力を受けるから横方向の強度が上がる。その壁を取り払うと強度が下がるから、そういう改装はできない」
さすがは建築士の息子だけあって、専門知識は由真の比ではなかった。
「それって、どっちがいいの?」
「5階建て以下だと、壁式構造で横方向を固めないと耐震性が下がる。高層建築物だと、しっかりした骨組みが必要になるから、必然的にラーメン構造になる」
「なるほど……」
由真が応えたちょうどそのとき。
目の前で、トラカドが動き出した。その直後、続けてボンネットつきのバソが通過していく。
ふと見ると、対向車線から別のバソがやってきた。
両者はすれ違い、こちら側に来たバソは由真たちの目の前を通っていく。
何気なく目で追うと、20メートルほど先に縦長の板があり、人が並んでいた。
そこにバソは停車して、人々が次々と乗っていく。
「あの、ここは、メトロが南北方向を貫いているので、東西方向は、乗合のバソで補完してるんです」
ユイナが説明する。
「つまり、メトロの駅って、交通の結節点、ってことですよね?」
停留所が設けられ、乗換が多く利用されている。
「この建物、活用しないとか、絶対あり得ない」
多数の客を乗せて発車するバソを見つめて、愛香が言う。
「ほんとだよね。どっちも、空き家にしておくのはもったいない」
所有者が活用していないなら、知事として直接買い取ってでも、ここは有効活用しなければならない。
バソの後ろ姿を見送りつつ、由真もそんなことを思っていた。
途中駅の近くはシャッター通りもどき、というお話でした。
建築士の息子の衛くんは、マンションのリフォームに関連する知識の持ち合わせもあります。