137. そうだ 領都、行こう (6) ショッピングモールでお昼ご飯
またしても、異世界メシです。
「そろそろお昼ですね」
ユイナに言われて、近くにかけられた時計を見ると、あと10分ほどで正午だった。
ロンディアの店舗を出ると、吹き抜けの両側に居並ぶ店舗の食堂が目についてしまう。
「ご飯、ここで食べるなら、混む前に入っておいた方がいいですかね?」
昼食時に待たされるのは好ましくないと思い、由真はそう問いかける。
「まあ、そうですね。人通りも多いですし」
ユイナが応えたところで、由真はふと立ち止まる。
目の前に「ミノーディア料理 ガルパ」「本格ソルパ・ニラルタ 10デニ」と記された看板があった。
「『そんな餌にあたしが釣られクマー』か。羊ラーメンには勝てなかったよ」
やはり立ち止まった愛香が妙なことを言い出す。
要は食指が動いたのだろう。
「せっかくですし、ここにします?」
「そう……ですね。『ミノーディア11号』では食べ損ねたソルパ・ニラルタ、いただいちゃいましょうか」
由真の問いにユイナは頷く。
「衛くんも、ここでいい?」
「ああ。せっかくだから、食べてみよう」
ということで、4人そろって「ミノーディア料理 ガルパ」に入ることにした。
わずかばかりとはいえ、正午前に先手を取ることができたためか、4人掛けの席を占めることができた。
「中核店舗まで歩かせて、疲れてきたところで両脇にレストランとカフェを置いて、休ませて金を落とさせる。これはモールの見え透いた罠」
席に着くなり、愛香が口を切る。
「まあ、実際、私たちは、メトロを降りてから、イデリアを見て、こっちまで来て、ロンディアも見てますから……」
ユイナはそう言って苦笑する。
「まあ、それに、少しはお金を落としてあげようよ」
「あたしはモールに金を落とさない。ソルパ・ニラルタを買うだけ」
――愛香にはなにやら意地のようなものがあるらしい。
「あの、お客様……」
早速、ウェイトレスが声をかけてきた。
「はい、えっと……」
「もしかして、ユマ様ですか?!」
自らの名を「様」付けで呼ばれて、由真は一瞬硬直してしまう。
「ユマ様?!」
「あ、ほんとだ! ユマ様だ!」
「おお! フォトよりかわいいじゃねぇか!」
忽ちにそんな声が広がり、由真たちの周りに客が集まってきた。
「そっちはセレニア神官様じゃねぇか!」
「ばぁかお前、セレニア様は神祇官猊下だぞ?」
今度はユイナに注目が集まる。
「あの、もしかして、早速ご所領ご視察でしょうか?!」
「お国入りパレードは、いつごろなさるんですか?!」
「一つ派手にお願いします!」
「セレニア様は、コーシニアでもご祈祷なさるんでしょうか?!」
「あのイデリアがつぶれて縁起が悪いんで、あれのお祓いを是非!」
群がった客たちの声に、由真は押しつぶされそうな感覚に襲われてしまう。
「……『彼らがマを我らがラより逸らしたまえ』、【隠遁】」
ユイナが、錫杖を手に取り小声で詠唱する。
「ユマ様、お国入り、楽しみにしてます!」
「セレニア様も、ご祈祷、よろしくお願いします!」
群がった人たちは、そんな言葉とともに、由真たちから離れて各自の場所へと戻っていった。
「ソルパ・ニラルタ4人前、飲み物はお茶で結構です」
今度ははっきり聞こえる声で、ユイナはそう告げる。
「ソルパ・ニラルタ4人前、飲み物はお茶ですね、かしこまりました」
ウェイトレスは、そう言って一礼し、由真たちの席から離れた。
それを確認して、ユイナは大きくため息をついた。
「ユマ様、センター級アイドル?」
騒ぎの外にあった愛香が、そういって由真に目を向ける。
「まあ、ユマ様の人気と知名度を、甘く見てましたね」
ユイナもそんなことを言い出す。
「いや、今の、セレニア様も騒がれてましたよね?」
「そういえば。セレニア先生、早速ご祈祷の依頼が」
由真が言葉を返すと、愛香もそれに反応した。
「しかし、みんなすぐに席に戻ったのは、あれは……」
衛が首をかしげる。
「『隠遁』の術式を使いました。この調子だと、午後は常時発動しておいた方が良さそうですね」
――先ほどのものは、やはり注意をそらすための呪文だったらしい。
「あと、『お国入り』は盛大にやった方が良いかもしれませんね。少なくとも、新市街の方は期待感が高そうですし」
「確かに、あれは少なくとも武道館はやれるし、ドームも行けるかも」
ユイナと愛香が言い出す。
「それは、副知事には、意味もないパレードはいらない、って言ってますし、ユイナさんも、それは聞いてましたよね?」
一昨日、タツノ副知事と顔合わせした際に、ユイナも立ち会っていた。
「『単なる就任パレード』なら、ですよね? お披露目を見たいという声が大きいなら、話は変わりますよ?」
「うん。あれは、このモールの商圏の範囲内なら総意のレベル」
ユイナの言葉に愛香が追い打ちをかけてくる。
愛香の「都市地理学」のスキルが根拠なら、この地域の人々にそういう「需要」があるということになる。
「いや、それは……県政の反対派もいる訳ですし、慎重にやりますよ」
由真は、そういって当座この話題から逃げるしかなかった。
注文した品は程なく配膳された。
それは、「ミノーディア11号」で食べたソルパ・グリルタと同じ細麺で、スープには羊肉に人参とキャベツが入っている。
ご丁寧に、スープをすくい取るための「レンゲ」も添えられていた。
早速そのレンゲでスープをすくって口に含んでみる。
「これは、羊肉で出汁を取りますね」
ユイナが解説する。由真の舌には「豚骨風」と感じられた。
芯のある細麺に、そのスープがよく染みていて味わいがよい。
こってりした羊肉に野菜が口直しになっている。
「これにアウナラがあったら言うことなしかな」
「アウナラもありますよ?」
思わずつぶやいた由真に、ユイナはそう言ってメニューを指さす。
そこには「アウナラ 1杯 4」と記されている。
「……4デニ?」
このソルパ・グリルタが10デニだから、その半分近い値段になる。
「アウナラは、ミノーディアから運んできますから、その分どうしても高くなりますね。ここは、ミノーディア料理のお店だから、値が張っててもおいてるみたいですけど」
飲み物が1杯400円。日本の物価と比較すれば――「地元特産の飲み物」としては妥当な値付けなのだろうか。
「晴美特製の氷で冷蔵輸送できれば、アウナラとセットで10デニにできるかもしれない」
商魂たくましい愛香の発言に、由真は苦笑を返すしかなかった。
地元民向けのモールなので、地元料理ではなく、集客効果のある遊牧民料理のお店に釣られクマーです。
ユマ様、実は人気者だったようです。
(一応、副知事との連絡の折に伏線は張ってありますが)
なにげにセレニア様推しの人も多いようです。