136. そうだ 領都、行こう (5) 二つの大規模小売店
電車からは降りて、街のご視察に移ります。
列車は地上に出て高架線に進み、線路が左手に枝分かれして、駅に到着した。
乗客の多くがここで一気に下車し、入れ替わりに少なからぬ乗客が乗車していく。
下車すると、「コーシニア北」の駅名表示がある。
進行方向左手、由真たちが乗ってきた電車の停車している方は「南北線・ソフィスティア線」、その反対側は「北西線」と表示されていた。
階段を降りるとコンコースがあり、左右両側に自動改札機が設けられている。
頭上の看板に「東口 イデリア方面」「西口 ロンディア方面」と明記されていた。
由真たちは、東口に向かう。
改札を抜けると、すぐ目の前に「イデリア コーシニア北店」「31 MN 閉店 感謝セール開催中」という看板が掲げられた幅の広い建物があった。
「駅の目の前……この立地がとれるとは」
「駅を整備するときに県庁が確保していた区画をまとめて買ったそうですよ」
愛香の言葉にユイナが反応する。
「それだけ期待されていた、ってこと、ですよね」
由真はそうつぶやいてしまう。その期待にかかわらず、閉店してしまうとは――
「とにかく、中に進みましょう」
ユイナに促されて、一行は店内に入る。
入り口の近くには、レジカウンターと荷物を整理するための棚が据えられている。
その先には陳列棚が並ぶ。味噌・醤油などの調味料が置かれた棚、ちり紙や石けんといった生活雑貨が置かれた棚、そして野菜が置かれた棚がある。
野菜売り場の方に進んでみると――右側の棚は人参で、左側の棚は大根で、それぞれ埋め尽くされていた。
少し進むと、右側はキャベツ、左側は長ネギが続く。
「って、これはいったい……」
「いくら需要が大きくても、供給が偏りすぎ」
呆然とする由真をよそに、愛香は冷静な評価を下す。
「一応、端の方には、他のものもありますよ」
ユイナに言われてさらに進むと、右側の棚には白菜とナスとキュウリが、左側の棚にはタマネギと、そしてトウガラシのようなものが並んでいる。
「これ、食べるんですか?」
愛香がそのトウガラシのようなものを指さして問いかける。
「いえ、これは調味料に使いますね。強い辛みが出るんです。挽肉と豆腐を混ぜてこれで味付けした辛み豆腐というのが、コスキアから広がって、ベニリアでも家庭料理になっていますね」
「これ、カンシアで見た記憶がないです」
「まあ、出回りませんね。元々これは、ソアリカ原産のものが、メカニア経由でコグニアでも栽培されるようになったもので、アスマでは広まりましたけど、これの辛さは独特なので、カンシアまでわざわざ輸送して、というほどの需要はありませんね」
これは見た目のとおりのトウガラシで、カプサイシンの辛みはカンシアの貴族たちのお好みには合わなかったらしい。
(そういえば、トマトとかジャガイモとかは、ここでも見かけないな)
地球の「新大陸」系――中南米原産の農産物がない。
ジャガイモなどは、あれば栽培されて、「住人」の貴重な食料になっているはずだ。
(東西の果てにある大陸にはあるのかもしれないけど……今は考える必要はないかな)
航海技術の制約上、探索すらろくにできていない「新大陸」。
そこにある植物など、考慮に入れても意味はないだろう。
野菜売り場の先には、食肉売り場があった。
長い陳列棚が4列あり、うち2列は切り身、1列はぶつ切り、1列は挽肉が並んでいる。
陳列棚は2列1組とされ、その間に店員が立っていて、客の注文に応じて肉を厚紙の袋に詰めて、重量を量って渡している。
「これ、全部豚肉ですか?」
愛香が眉をひそめて問いかける。
「ええ、まあ……あの、こちらでは、注釈なしで『肉』というと、基本的に豚肉ですから」
答えたユイナは、苦笑を浮かべていた。
「これだけ並べてて、傷んだりとかはしないんですかね」
ふと気になり由真は尋ねてみる。
「それは、棚の表面には冷水を巡らせてあって、鮮度を損なわないようになっているんです」
「なるほど……衛くん?」
由真は衛の方に振り向く。彼は、居並ぶ豚肉ではなく、野菜売り場との間にある柱を見つめていた。
「どうしたの?」
「あ、いや……何でもない」
由真に問いかけられて、衛は我に返った様子でこちらに振り向いた。
「そう。これ、棚に冷水を巡らせてあるんだってさ」
「それは、氷系統魔法を使って冷やす、という奴か?」
「たぶん……ああ、そうみたい。循環水のコアに魔法氷がある
魔法解析をしてみたところ、水を循環させている管は、地下に据えられた氷――氷系統魔法で作られたそれで冷やされていた。
振り向いて見てみると、野菜売り場にも、その冷水は巡らされている。
「100グラムで2デニ……これは……」
「まあ、在庫一掃、でしょうね」
今月中――明日で閉店とあっては、肉などは一斉に処分しなければならない。
多少赤字になっても在庫をさばくのが最優先だろう。
牛肉や鶏肉もない店には、魚類なども当然置いていなかった。
その品揃えを確認して、由真たちは何も買わずに店を後にした。
「あれで商売しようとか、お客さんをなめすぎ」
店を出たとたんに、愛香はそんな毒を放つ。
「まあ、イデリアは、カンシアの最大手なんですけどね」
「もしかして、それが諸悪の根源なんですかね?」
カンシアの食生活の貧困さ。その原因は、この品揃えの店が小売を担っているからなのではないか。由真はそう邪推してしまう。
「あの、西口にはロンディアもありますけど、そちらにも、行ってみます?」
「行ってみます」
ユイナの誘いに、愛香はすかさず応じた。
コーシニア北駅の改札口。
その北隣に歩行者用自由通路が設けられている。そのさらに北には、トラカドが走る車道もあった。
それぞれの間は壁で仕切られているため、やや窮屈にも感じられる。
高架橋の下を抜けて西口に出ると、こちらも駅の目の前に大きな建物がある。
「ロンディア コーシニア北商店街」「夏の生活応援セール開催中」という看板が目立つ。
「これ、石造り?」
東口のイデリアとは異なり、こちらは石造りに見える。
「いや、これはタイルのたぐいで飾っているだけだろう。構造は、鉄筋コンクリ……いや、鉄骨かもしれない」
建物を見つめつつ、衛が言う。
「それでは、中に入りましょう。あちらとは、少し違いますよ」
ユイナに言われて、一行は店内に進む。
そこは――大きな通路が伸びている。両側には、服屋と小間物屋があった。
見上げると、天井が高く吹き抜けになっていて、2階の廊下が見渡せる。いずれの側にも店が並んでいる。
正面の一番奥に、「ロンディア コーシニア北店」という看板があった。
「これは……見事な現代知識チート。完全にしてやられた」
吹き抜けを見上げて、愛香がつぶやく。
「現代知識チート?」
「吹き抜けの両側にテナントを並べて、歩いた先に中核店舗。これは文法通りのショッピングモール」
そう言われてみると、確かに日本の「ショッピングモール」と基本構造は同じだった。
「これは鉄骨で確定だな。天井はアーチ構造……きちんと造られてる」
やはり吹き抜けを見つめていた衛が、そう言って嘆息する。
「ロンディアは、110年頃からこういう構えのお店を出してます。ここは、確か112年に開業してますね」
ユイナがそう解説する。105年まで行われていた「異世界召喚」。
それに巻き込まれた人物が、ロンディアという小売店企業の中で地位を得て、このたぐいの施設を普及させるに至ったという流れだろう。
「まずは正面の中核店舗に突入」
そう言って愛香が先頭に立って、4人は吹き抜け通路を直進し、正面の「ロンディア コーシニア北店」に入った。
「これ、イデリアとあんまり変わらないね」
「いや、上が違う」
思わず漏らした由真に、衛がそんなことを言う。
見上げると――天井が明らかに高い。
「天井の高さが2階と同じだ。2階の床を省略してる」
その開放感は、イデリアの比ではなかった。
「それに、柱を挟んで陳列棚を配置して、目線からは目立たなくしてある」
イデリアと同様に長く伸びる陳列棚。それをよく見ると、確かに太い柱を挟むように配列されている。
品揃えそのものは、イデリアと大差はない。
ただし、こちらは鶏肉と鴨肉も置かれていて、「自宅でかんたんアトリア焼鴨!」という看板もあった。
「鮎と鱒もある」
愛香がいち早くそれを発見した。
食肉売り場の近くに配置された魚売り場。面積は小さいものの、そこには鮎と鱒が並んでいる。
「鮎はコーシア川でとれますね。鱒は、アクティア湖で養殖していたはずです」
近くで調達ができる淡水魚ということだろう。
「イデリアは、なんでこれをおいてなかったんでしょうね?」
「コーシア川で鮎を釣るのも、アクティア湖で魚を養殖してコーシニアまで運ぶのも、それなりに負担がありますから」
イデリアは、徹底的に薄利多売の方針をとっていたのだろう。
「イデリアは、負けるべくして負けた。ただそれだけ。難敵は、このロンディアのほう」
そう言いながら、愛香は険しい目で店内を見渡していた。
本作は、多少なりともファンタジー感を演出するべく、新大陸系の作物は伝播していないこととしています。
――ただ、トウガラシ属の連中もいないと麻婆豆腐も作れないので、この辺は例外処理としました。
ナス属の中にもナス(Solanum melongena)のようにインド原産=旧大陸系のものもいるので、見逃してください…
ロンディアの方は、某社のなんとかモールを古い技術で建設してみました、という感じです。
イデリアよりは考えて作ってあるので、愛香さん的には難敵です。