135. そうだ 領都、行こう (4) 街に入る
目的の街に到着します。
時計が9時40分を指した頃に、車掌がやってきて、検札を始めた。
満席に近い状態で、慌ただしくチケットを確認していく。
由真たちは、ユイナがまとめて4人分のチケットを示し、車掌はそれを一瞥して「ありがとうございます」と応えて終了だった。
それから小一時間、山中をトンネルが次々と貫いていく路線を走り続ける。
「あと10分ほどでコーシニア中央に到着いたします。4番線に到着いたします。お出口は左側です」
時計が10時半を指したところでアナウンスが流れた。
「乗換のご案内をいたします。普通列車カリシニア行は、お隣の3番線から、10時50分の発車です。ファニア線、普通列車アクティア湖行は、同じく3番線から11時5分の発車です。
ファニア線各駅停車サイトピア方面は1番線、トマスリナ方面は2番線、メトロ南北線は8番線、トラモ南北線は7番線から発車します」
列車は減速し、気の早い乗客たちは扉に向かう。
10時40分。
定刻にコーシニア中央駅に到着した。
対面の3番線には、銀地に緑色の帯の列車が止まっている。見上げると、「普通 カリシニア行 10:50 6両」という表示があった。
階段を降りると、壁に挟まれたコンコースが広がっている。両端に自動改札機が並ぶ改札口があった。
「それでは、まずはイデリアの視察ということですから、メトロに乗り換えますね」
ユイナがそう言って先頭に立ち、北側の改札を抜ける。
目の前に「コーシニア メトロ乗車券売り場」という看板が見えた。
その看板の下には、自動券売機らしきものが7個ほど並んでいる。
「イデリアのコーシニア北店の最寄りは、コーシニア北駅ですから、1.8デニですね」
そう言われて、由真たちは券売機に向かう。
券売機には、硬貨投入口と紙幣差込み口があり、額面が記された押しボタンが並んでいる。
10デニ紙幣を差し込み、「1.8」のボタンを押すと、黒磁紙の切符が出てきて、銀色の硬貨8枚と赤銅色の硬貨2枚が皿に返却された。
「銀色の方が1デノ硬貨、赤銅色の方が10サンティ硬貨です」
言われてみると、銀色の方には「1」、赤銅色の方には「10」と記されている。
「1デノって、銅貨じゃなかったんですか?」
愛香が尋ねる。確かに、これまで「1デノ」は「銅貨」と聞かされていた。
「これは、銅と偽銅銀を混ぜてできる白銅というので作られているんです。銀貨のような見栄えがして、耐久性にも優れているので、70年代の終わり頃にこれになってますね」
「白銅……」
その偽銅銀が、地球でかつて「悪魔の銅」と呼ばれた「ニッケル」であれば、まさに白銅そのものだった。
券売機から離れて通路に戻ると、頭上に「メトロ・トラモ乗り場 7・8番線」という看板がある。
それに従い階段を上ると、切欠きのホームに路面電車が停車していた。
「メトロはこちらです」
ユイナに言われて振り向くと、反対側には銀色の電車が停車している。
ホームのそちら側には自動改札機が並んでいる。切符を通して改札を抜けて、由真たちは電車に向かう。
車両は、カンシアで見た客車と同程度の大きさだった。
扉は片側に3箇所設けられている。側面は、腰板――窓から下が細かく波打つ形状になっていた。
「コルゲート?」
衛が、それを見て首をかしげる。
「どうしたの?」
「いや、この電車、コルゲート……このギザギザの板が貼ってあるのが気になったんだ」
由真の問いに、衛は電車の腰板を指さして答える。
(えっと、こういうときは、知らないふりをするのが『ヒロインムーブ』なのかな……)
一瞬そんな考えが脳裏をよぎり――次の瞬間我に返る。
(ちょっと待て、何考えてるんだ僕は……)
「ああ、これですか? この電車、白鉄鋼でできてるんですよ」
横からユイナが「解説」してくれて、由真は密かにほっとする。
「その、白鉄鋼、というのは……昨日も出てきましたけど……」
衛はユイナに問いかける。
それで、由真も「白鉄鋼ですと、1本500デニほどになりますけど、長持ちしますよ」という武器屋の従業員の言葉を思い出した。
「白鉄鋼は、鉄と玉色銀を9対1で混ぜて作る鋼です。玉色銀が錆びを防いで硬さを強めるらしいです」
ユイナは答える。
「玉色銀というのは……」
「紅玉と青玉の色を分ける『玉色材』というのがあって、これが金属として取り出されたものですね」
「それは……」
「ステンレス、だよね」
紅玉と青玉の色を分ける玉色銀。それを鉄と「9:1」で混ぜて作られる、錆びにくく硬い鋼。
この世界――少なくともアスマでは、そんなものすら実現していた。
「白鉄鋼は、硬くて長持ちするんですけど、硬すぎて加工が難しいらしくて、板にして溶接するとゆがみが残るとかで、列車を作るときは、そのゆがみを覆うために、この波形の板を貼り付けるそうです」
それは、地球のステンレス製鉄道車両で20世紀半ばまで使われていたものと全く同じ技術だった。
「ともかく、乗りましょう」
確かに、電車を外側から観察していても仕方がない。
車内は、3つの扉の間のうち、片方は2人掛けクロスシート、片方はロングシートという構成だった。
余席があったため、クロスシートの方を4人で占める。
発車ベルが鳴った後、両開きの引き戸が閉じて、電車は発車した。
モディコ200系と同様の、低音から高音への上昇の繰り返しとともに徐々に加速する。
「本日も、コーシニア・メトロ南北線をご利用いただきありがとうございます。この列車は、ソフィスティア線直通、快速コーシア大学前行です。次は市役所前に止まります」
そんなアナウンスが流れているうちに、列車は急激に右折してトラス式の鉄橋に入った。
見下ろすと、川幅もそれなりに広いが、それ以上に河川敷が広く取られている。
橋を渡り終えると、程なくトンネルに入りつつ速度を落として、最初の駅に到着した。
「メトロって、もしかして地下鉄ですか?」
愛香がそう言ったのと同時に、扉が閉じて列車は動き出した。
「そうですね。『ニホン』から導入されたもので、主に地下を通す『メトロ』と、主に道路の上を通す『トラモ』がありますね」
――それは日本ではなく欧州の用語なのだが、あえて指摘するほどのことではない。
「これ、昼前なのに乗車率は高いですね」
ボックスはすでに埋まっていて、ロングシートには若干の立ち席客すらいた。
「南北線は、北コーシニア市の都心を通ってますから、乗客は多いですよ」
ユイナのその答えが引っかかる。
「『北』コーシニア市、って、コーシニア市とは別なんですか?」
由真は、声を潜めてユイナに問いかける。
ジーニア支部の図書室・書店のたぐいの所在がわからず、こちらに来てからは読書による情報収集ができていなかった。
「ええ、まあ、そうですね。あの、コーシニアというのは、元々は、先ほど渡った川、コーシア川の右岸だけを指していたんです。こちら側、左岸はモンディア村といって、小麦畑が広がっていたんですけど、シンカニアの営業線を通すときに、こちら側を造成して、新都市を建設したんです」
駅が川沿いにあり、川を挟んで反対側に広大な土地が確保できるなら、普通に考える施策だろう。
「県庁としては、コーシニア市を拡張したという位置づけで、市に昇格する際に『北コーシニア市』としたんですけど、従来のコーシニア市の方は、『北』との合併には反対する意見が大きくて、未だに2市が併存している状態ですね」
この世界にも「市町村合併」の問題があるらしい。
「人口は、旧市街……南側の方は減少傾向が続いていて、新市街、北側が増え続けています。それに、コーシニア市の南西、コーシア川の支流のファニア川の左岸にあるサイトピア市も、住宅街として人口が増え続けているんです」
「それは、そちらも、合併はしていない、と……」
由真の言葉に、ユイナは、ええ、と頷く。
旧市街のコーシニア市が周囲との合併に消極的なのだろう。
「それと、北コーシニア市から、テストラ町、レポリア村を挟んだ先にあるソフィスティア市、コーシア大学のある学研都市なんですけど、ここもそこそこの人口があります」
「それ、確か、この電車の終点ですよね」
「ええ。殿下が仰せになった、『コーシニアの総人口』は、コーシニア市、北コーシニア市、サイトピア市にソフィスティア市、これを足した人口のことです」
確かに、エルヴィノ王子は「コーシニア市」とは言わずに「コーシニアの総人口」と言っていた。
「県都……領都からして、この有様なんです。タツノ長官も、各地区別の開発を進めるのが手一杯で、合併まで手を出す余裕はなかったみたいですね」
総人口400万人近くを抱え込む都市を、スラムの発生を防ぎつつ構築する。それだけでもきわめて困難な事業だろう。
「私の知っている2年前の人口は、コーシニア市が60万、北コーシニア市が180万、サイトピア市が40万、ソフィスティア市が10万で、総計290万でした。合併すれば300万近くになって、県級市に昇格できる、という状況でしたけど……」
「どうなったのかは、これから外に出てみないとわからないですよね」
結局は、そういうことになる。それを見るために、由真はあえてここまで足を運んだのだから。
「まもなく、コーシニア北に到着いたします。お出口は左側です。この列車は、ソフィスティア線直通、快速コーシア大学前行です。北西線をご利用のお客様はお乗り換えです」
ちょうどそこに流れたアナウンス。由真たちの最初の目的地が近づいてきた。
課題その1、市町村合併です。
これ自体は、別にNAISEIするほどのことでもありません。
コーシニアの交通網は、北の新市街はメトロ(地下鉄)、南の旧市街はトラム(路面電車)。
これが基本構造です。
1デノ(およそ100円)硬貨用の白銅、それに名前だけ触れた白鉄鋼=ステンレス。
特にステンレスは、一から作るのは大変なので、以前から導入されていたことにしました。