134. そうだ 領都、行こう (3) アスマの「新幹線」
列車が動き出しました。今回は鉄分が一段と濃厚です。
壁に据えられた時計が9時を指したところで、列車は動き出した。
床下から、うなるような音が軽く聞こえてくる。
低音からにわかに高音に上昇し、もう一度低音から高音に上昇、さらにもう一度ゆっくりと上昇してから、4回目の上昇とともに列車は速度を上げていく。
「あの、モディコ200系は、全部の車が雷動車なんです。アスマでこれを気にする人はいないんですけど」
ユイナに言われて、由真は我に返る。もしかしたら、音に神経質そうな表情を見せていたのかもしれない。
「あ、いえ。気にするというか、気になるというか……日本でも、全部これですから、不快感とかは別に。ただ、この音、日本だと一世代前の奴だったので、それがちょっと気になったんです」
カンシアの動力集中方式に対して、アスマは動力分散方式。日本人としては、新幹線と同じ方式にはむしろ好感が持てる。
そして、その磁励音が、「一世代前」――GTOのものだったため、由真はつい聞き入ってしまった。
「ご乗車ありがとうございます。この列車は、シンカニア・コーシア線経由、特急『コーシア23号』カリシニア行きです」
アナウンスが流れた。
「途中、タミリナに9時18分、コーシニア中央に10時40分、ユリヴィアに11時53分、終点カリシニアには12時29分に到着いたします」
「ミノーディア11号」のときと同様の案内が続く。
「ユリヴィアとかカリシニアとかって、確か来るときちょっと停まった駅?」
愛香が問いかけてきた。
「これがそこまで行くって、何かあるんですか?」
それは当然の疑問だった。
「カリシニアは高原にあって、夏場の避暑地なんです。シンカニア・コーシア線ができてからは、別荘がたくさん建ってます。それで、夏の間は、『コーシア号』の一部がカリシニアまで乗り入れるんですよ」
「そこは、お店の心配はないんですか?」
愛香は問いを重ねる。
「あの、私も、ちょっと立ち寄ったことがあるだけなので、詳しくはわかりませんけど、別荘とか宿とかは、業者が出入りしているので、問題にはなっていないと思います」
さすがに「別荘地」となると、「買い物難民」の問題が顕在化することはないだろう。
窓外は見渡す限りの住宅街となる。
由真たちの面する側に線路がもう2本並び、最も外側に相対式ホーム1面がある駅や、外側2本の間に島式ホーム1面2線がある駅を通過する。
「まもなくタミリナに到着いたします。到着は11番線、お出口は右側です。シナニア線、下りオトキア方面は1番線・2番線、上りアトリア西方面は3番線・4番線、タミリオ丘陵線は5番線・6番線、第2環状線は7番線・8番線から発車します」
「ミノーディア11号」のときと同じアナウンスが流れる。
「この列車は、タミリナよりシンカニア・コーシア線に入ります。途中、オトキアには停車いたしません。オトキアにお出でのお客様は、この駅でお乗り換えください。『コーシア121号』が、9時30分に13番線から発車いたします」
それは、「ミノーディア11号」では流されなかったアナウンスだった。
列車は、発車の時とは逆パターンの磁励音とともに減速して、タミリナ駅に到着した。
右手に目を向けると、由真たちが乗るこの車両と同じ形の列車が停車していた。これが「コーシア121号」なのだろう。
「コーシア23号」は、すぐにタミリナ駅から発車した。
緩やかに上昇する磁励音がさして気にならなくなる頃には、窓外の流れが目に見えて速くなる。
「これ、全然揺れない」
愛香が指摘する。窓外は時速270キロに達したと見えるものの、車体には揺れがない。
「これなら、エールどころかワイングラスを置いても平気そう」
「そうだね……」
由真が言葉を返そうとしたその瞬間、列車はトンネルに入った。
さすがにトンネル内は反響音がするものの、不快というほどでもない。
「モディコ200系は、こんな感じですよ。300系みたいに揺れたりしませんし、騒音対策もしっかり打ってありますから」
ユイナは、そう言って微笑する。
「って、そういえば、これ、300系より番号若いんですよね? 300系より古くからある訳じゃ……」
「古くからありますよ。300系が営業に入ったのは107年で、200系は101年ですから」
――6年も早かった。
「古いのに、乗り心地は格段にいいって、……300系って、もしかして、時速300キロのためにいろいろ犠牲にしてるとかですか?」
「まあ、いろいろ犠牲にしたような話は聞きますね。ただ、200系は、試運転で320キロが出せてますけど」
「え? これ、320キロ出せるんですか?」
「騒音とか振動とかが厳しくなるので、特等が埋まっていてもいなくても、その速度で運行はしませんけど」
――「騒音とか振動とか」なら、300系の時速270キロ運行でも十分「厳しく」なっていると思われるが。
「実は、200系も300系も、車体はミスリルなんです」
「「ミスリル?」」
由真と愛香の声が重なった。
「そんなファンタジー素材が、こんな列車に使われてるとか」
愛香はぼやくように言う。
「素材が同じで、こんなに差が出るんですか?」
由真はユイナに問いかける。
「300系は、カンシアで独自に作られていて、ミスリルの形材が頑丈じゃないらしいです。200系はもっぱらアスマ向けなんですけど、頑丈になるように、二重構造の形材を使っているそうです」
それでおおよその察しはついた。
この世界では「ミスリル」と呼ばれている「アルミ合金」。その大型押出形材を使って車体を組み立てている。そこまでは、200系も300系も共通している。
ただし、200系は「ダブルスキン」を使っているのに対して、300系は「シングルスキン」を使っている。
それが大きな差につながっているのだろう。
「モディコ400系は、カンシア向けですけど、全てアスマで製造しているので、これと同じ二重構造の形材を使っているそうです」
三等室が含まれているという理由で、カンシアでは二線級扱いされている「二階建てシンカニオ」。
そちらは「ダブルスキン」により構体が組まれているらしい。
「二重構造を作るのは、実はアスマの専売特許なんです。ベストナの最新型『ベストネオS3000系』は、ミスリルの蜂の巣材を挟むようにミスリル板金をろう付けしているそうで、強度はあるんですけど、費用が相当かさむらしいですから」
――そちらは明らかに日本からの召喚者が関与したとしか思えない、独特のやり方だった。
「鉄道は、現代知識チート難しそう」
「いや、そのベストネオS3000系は、明らかに『現代知識チート』だけどね」
愛香の言葉に、由真はそう応える。
(まあ、でも、僕らの知識が役に立つ要素は、確かにないかな)
アルミ合金の大型中空押出形材によるダブルスキン構体すら実現している世界では、鉄道で貢献できる部分はないだろう。
由真は、そんなことを思っていた。
トールキン先生に助走をつけて殴られそうな勢いで、伝説金属「ミスリル」のありがたみが下落しています。
以下は鉄分です。
GTO――本文に書いたように「ウィーン」という「低音から高音に上昇」を数回繰り返すうちに速度がついてきて、「シューン」という「高音から低音に下降」を数回繰り返して止まるタイプの電車で使われているモノです。日本では「一世代前」になります(フルSiCを「次世代」と位置づければ二世代前です)。
「200系」という型式番号は、新幹線の「E2系」を踏まえたものです。
アルミの中空ダブルスキン(文字通り、間が空間になっている2層構造のもの)は、現代の高速鉄道車両では定番の技術ですが、この世界ではアスマでしか使われていないという設定です。
「300系」の乗り心地問題については、新幹線の「300系」がシングルスキン(文字通りの1枚板)であることを念頭に置いています。
「ベストネオS3000系」について由真ちゃん視点では明言を避けていますが、要するにこれ(蝋付けしたアルミハニカムパネル)は、新幹線の「500系」の技術をそのまま使っている「丸パクリ」という設定です。