133. そうだ 領都、行こう (2) 駅と列車
出発します。今回は鉄道話です。
往路のシンカニオの切符は、メリキナ女史が調達してくれた。
日程をタツノ副知事に伝えるための「電報」も彼女が打ってくれることになった。
「皆様、本当に三等車でよろしいんですか?」
そう言いつつ、彼女は黒磁紙の切符を配る。
見ると、「三等特急券 盛夏の月30日発 コーシア23号 6号車5番5席 アトリア西よりコーシニア中央まで (三等乗車券 アトリア市内よりコーシニア市内まで) 大陸暦120年盛夏の月29日 TA アスマ旅客列車運行発行」と記されていた。
「ええまあ。帰りは、切符がとれないようなら二等以上にするかもしれませんし」
ユイナはそう応える。
「それと、現地でメトロとかトラモとかにも乗りますから、1人50デニほど下ろしていただいてよろしいですか?」
「かしこまりました。それでは、いったん身分証をこちらへお願いします」
そう言われて、由真たちは身分証をメリキナ女史に渡す。程なく、封筒とともに身分証は手元に帰ってきた。
その封筒の中には、紙幣らしきものが5枚入っている。「10」という数字と、精細な鳥の絵が目につく。
「これが、アトリア王銀券の10デニ紙幣です」
この世界の「紙幣」。ついにその「実物」を見ることができた。
「人が描かれてたりはしないんですね」
「セントラ札はオルヴィノ大帝の肖像が描かれたりしますけど、人物の肖像は偽造しやすいので、アトリアは伝説の鳥獣を定期的に取り替えて使っていますね」
――アトリア王立銀行の紙幣偽造対策は、地球と同等以上の水準にあるらしい。
「駅でシンカニオの切符を買うとかなら、ギルドの身分証で決済できますけど、細かいお買い物になるとそうも行かないので、一応念のために持っておいてください」
ギルドの身分証は、外でもクレジットカード代わりに使えるらしい。
ともあれ、これで物理的にも「路銀」が確保できた。
そして、出発前にもう一つ儀式があった。
昨日も訪れたばかりのアトリア宮殿尚書府庁舎に再び参上する。
「ナスティア城伯ユマ。コーシア伯爵に封じコーシア県を知行させる。兼ねて前の如くナスティア市を知行させる。大陸暦120年盛夏の月29日。ノーディア国王ウルヴィノ陛下のために。エルヴィノ・リンソ・フィン・ノーディア」
エルヴィノ王子が読み上げた爵位記を由真は受け取った。
「ユマさん。よろしくお願いします」
「かしこまりました、殿下」
昨日十分話し合ったため、この日はそんなやりとりだけで終わった。
翌朝。
4人は、ロビーに8時半に集合して駅に向かう。
目と鼻の先にある駅の改札口は、「普通列車」と「シンカニオ」の2箇所設置されていた。
「これ、改札が分かれてるのは、入境審査とかの関係ですか?」
ベルシア駅の改札が「シンカニオ・急行」と「普通改札」に分けられていたのを思い出して、由真は問う。
「いえ。ここは、近場の普通列車は1番線から10番線、長距離のシンカニオは11番線から18番線と乗り場を分けてあるので、出入りしやすいようにしてあるだけです」
そう言われて、到着したときのアナウンスを思い出す。確かに、接続列車も案内していたシンカニオと、乗り場だけを案内していた路線とは区別されていた。
改札の手前には、出発案内が表示されている。
表示は、「ナミティア線」「コーシア線」「トビリア線」に分けられている。
「ナミティア線」は、直近が「鳳凰19号 コグニティア中央行 8:48 11番線 16両」「停車駅:アトリア南、コノギナ、キンディア中央、ポンシア、フーティア中央、コグニティア中央」「特等-1号車、一等-2号車、二等-3・4号車、三等-5~9号車、11~16号車、食堂車-10号車」とされている。
「トビリア線」は、直近が「白鶴9号 アスピナ中央行 9:36 15番線 12両」「停車駅:サイティナ、サンドラ中央、マミリア北、ハクティア西、シエピア中央、アスピナ中央」「特等-1号車、一等-2号車、二等-3・4号車、三等-5~7号車、9~12号車、食堂車-8号車」とされている。
そして「コーシア線」は、直近が「コーシア23号 カリシニア行 9:00 13番線 12両」「停車駅:タミリナ、コーシニア中央、ユリヴィア、カリシニア」「特等-1号車、一等-2号車、二等-3・4号車、三等-5~7号車、9~12号車、食堂車-8号車」とされていた。
その次は「白馬5号 ナギナ中央行 10:00 14番線 12両」「停車駅:タミリナ、コーシニア中央、ユリヴィア、カリシニア、コモディア、オプシア、ナギナ中央」、そのさらに次は「白馬11号 ナギナ中央行 11:00 13番線 12両」「停車駅:タミリナ、コーシニア中央、ナギナ中央」とされている。
「……これ、三等車がたくさんついてるんですね」
由真はそう口にしてしまう。「特等-1号車、一等-2号車、二等-3・4号車」を除くと、残りは全て三等車。どの列車もそのような編成だった。
「ええ。これがアスマのシンカニオです。三等車が基本なんですよ」
ユイナは笑顔で答えた。
「三等車がついてるだけで嫌がる、っていうところと同じ国なんですかね?」
「なので、カンシア向けの商品は難しいんですよ」
そんなやりとりをしつつ、自動改札機を抜けて乗り場に向かう。
到着したときの11番線は、隣接する12番線とともにナミティア線用に使われていて、それに続く13番線と14番線がコーシア線用とされていた。
階段を上ると、下は深緑、上は白、その間に真紅の帯を挟むという塗装の車両が停車していた。
「これ長いですね……って、やっぱり、連節じゃない」
カンシアで乗った「ドルカオ4号」や「ミノーディア11号」とは異なる長い車体。連結部を見ると、案の定台車がなかった。
「ええ。このモディコ200系は、300系とか400系とかと違って車体が長いんです。その方がお客さんをたくさん乗せられますから」
日本では「ボギー車」と呼ばれる形式。
ユイナの言うとおり、こちらの方が車体を長く取ることが可能で、そして乗車定員も確保できる。
「それでは、中に入りましょう」
ユイナに促されて、4人そろって扉から車内に進む。
その座席は、日本の新幹線と同じ片側3列と片側2列の組で、いずれも同じ方向を向いていた。
「あれ? 3列3列じゃないんですね」
由真がベルシア神殿からセプタカに向かったときに乗せられた三等車は、両側ともに3列だった。
「アスマの三等車は3列2列です。そうじゃないと、三等車中心にはできませんよ」
ユイナはそう言って苦笑する。
「それで、4番と5番は、ここですね」
由真たちの席は、2列席の方だった。
「お邪魔でしょうけど、向き変えますね」
そう言って、ユイナは4番席の背もたれをつかみ、足下のペダルを踏んで、その向きを逆転させた。
「これ、三等車でも椅子の向きが変えられるんですね」
「それは、向かい合わせの固定だと、さすがに居心地が悪いでしょうから」
ユイナはあっさりと応える。
しかし、この時点で、いわゆる「集団見合い式」のTGVやICEより上を行っている。
「それでは、座りましょう」
そう言われて、由真たちは割り当ての席に着く。
三等席といっても、座面は硬くはなく、背もたれも十分な広さがあった。
2列席は、11番線・12番線の方に面していた。
そちら側には、到着した日にも見た、上がライトグリーンで下がライトブルーの車両が停車していた。
「あちらは、コグニティアまで行く『鳳凰号』です」
出発案内にも示されていた、南部コグニア地方の中心都市コグニティアに直行する列車。
日本で言えば東海道・山陽新幹線に当たる幹線だろう。
ベルの音と「発車します」というアナウンスが聞こえる。
引き戸が閉じて、そしてその列車は南に向かって走り出した。
時刻はもうすぐ8時50分。こちらの発車まで、あと10分ほどとなっていた。
二等車までしかないカンシアのものに対して、こちらは多数が三等車になります。
新幹線と同じ座席配列―つまり、車体も新幹線と同じ幅です。
以下は鉄分です。
ボギー車(車両の両端に台車がついているもの)を由真ちゃん視点で「いわゆる」と言っているのは、連節台車(車両の間に台車がついているもの)を英語では「ジェイコブズ・ボギー」(ジェイコブさんのボギー)と呼ぶ=連節の台車も「ボギー」ということを知っているという前提です。
「集団見合い」(車両の真ん中を境に、一方は前向き・一方は後ろ向きとなって全体は中央で向かい合う形)は欧州の高速鉄道では標準ですが、日本人の入れ知恵でできたこの列車は、そういう仕組みではありません。
なお、3人掛け座席を回転させる技術もきちんと導入されているという設定です。