130. のんびり夕食
長い一日がようやく終わります。
その日の夕食。
由真たちがアトリアに入って最初の夕食となるそれは、メリキナ女史に案内されて、宿泊棟1階の食堂で取ることになった。
本館2階から通じる渡り廊下から宿泊棟に入って、すぐ左手の階段を降りると、北側は扉に続く大きな空間があり、南側は壁で覆われていた。
「こちら側は貸店舗になってまして、高級食堂、居酒屋、あと服屋などがあります。ギルド員向けの特典などはありませんので、外からのお客さん向けですね」
――ターミナルから目と鼻の先の一等地である以上、有効活用するのは当然だろう。
扉を開けると、左手に受付窓口があった。
「皆さん、先ほどお渡しした身分証をこちらで提示してください。この時間は、ギルド員限定ですので」
メリキナ女史に言われて、由真たちは身分証を取り出す。
「ちなみに朝食も、鍵がなくても身分証で提供が受けられます」
ギルドに加わると、ここでもメリットがあるらしい。
内部は、手前側は4人掛けテーブルが居並び、奥には長いテーブルが多数据えられている。
日本の社員食堂や学生食堂の類と同じような雰囲気だった。
長いテーブルに寄せ来があり、合計13人が座ることのできるまとまった席を確保することができた。
「へえ、こっちにも、豚の生姜焼きってあるんだ」
佐藤明美がそんな声を上げる。
テーブルに載せられていたメニューを見ると、「豚肉生姜焼き定食(米飯・味噌汁(椎茸・人参))」が8デニとされていた。
「あ、じゃそれでいっか」
「美亜が乗るならあたしもそれで。同じ品の方がたぶん早い」
美亜と愛香のその言葉に、結局全員がこの豚肉生姜焼き定食を注文することになった。
同じ品を13人前注文した結果、愛香が見込んだとおり、早々に全員分が配膳された。
「こういうの、なんか落ち着く」
豚肉に箸を伸ばしつつ、花井香織がしみじみと言う。
「確かに、お昼とか、ただのスズキの塩焼きのはずなのに、昨日のアトリア焼鴨より緊張した」
「……愛香ちゃんは、そういう風には見えなかったけど」
確かに、自分に話題が振られるまで黙々と食べていた愛香は、緊張感など全く見えなかった。
「でも、わかめとシジミのお味噌汁は、私も、すごく感動した」
「それな、だよね。由真ちゃんじゃないけど、生命も惜しくないって感じで」
牧村恵と池谷瑞希が言う。
「牧村さんも池谷さんも、そう思ったよね? 僕なんて、あの場で直接聞かれたんだから……」
あの場での大仰な答えを思い出して、由真は気恥ずかしくなってしまう。
「って由真ちゃん、その『牧村さん』とか『池谷さん』とか、なんとかならない?」
不意に、花井香織がそう指摘した。
「そうね。美亜ちゃんと愛香ちゃんは名前で呼んでるのに、私たちは未だ名字で呼ばれてるの、って、ちょっと……」
牧村恵が同調の気配を見せる。
「え、あ、ああ、ごめん、まき……恵さん」
この同性同士のコミュニティは、「名字呼び」を他人行儀と感じ、「名前呼び」を好む。
そのことは、由真も十分認識していた。
そして、そのことを正面から指摘された今この瞬間が、「呼び方」を変える好機だった。
「え? そんな、謝るようなことじゃ……」
正面から「ごめん」と言われた牧村恵は当惑をあらわにする。
「そ、そうそう。別に、自然にしてくれればいいだけだから」
池谷瑞希も、やや慌てた様子になる。
「うん、そうだね、瑞希さん」
由真は、そんな相手を名前で呼びつつ、笑顔を向けて見せた。
若干短いのですが、129話に入れるには微妙に長くなってしまったので、独立したお話にしました。