129. ギルド購買部
正式なメンバーに加わると、早速サービスが受けられます。
由真たちは、いったん小会議室に入る。そこには、ロビー受付の制服を着た若い女性が待っていた。
「私、ジーニア支部業務課で受付を担当しております、ラミナ・メリキナと申します。今日から、この支部で皆さんのお世話を担当することになりました。よろしくお願い致します」
そういって腰を折った相手に、由真たちも礼を返す。
「早速ですが、皆さんの身分証をお渡しします」
そう言って、彼女は札を配る。
由真の手元にも、「S級冒険者 魔法大導師 ユマ・ブルディグラファ・フィン・ナスティア」と記されたそれが渡された。
「ナスティア城伯様は、コーシア伯爵に叙されて通行手形が再発行となりますと、そちらも再発行となります」
――爵位が加わると、全て「再発行」になるらしい。
「そちらを受付に提示いただくと、ギルド員口座へのお金の出し入れもできますし、購買部で提示いただくとお買い物もできます」
「購買部があるんですか?」
すかさず尋ねたのは愛香だった。
「小売店の整備」という課題を与えられた彼女にしてみれば、ギルドに「購買部」という店があるということは重大な前提条件になる。
「あ、はい。日用品と仕事道具は、一通りそろいます」
「営業時間は?」
「遠征道具の売り場は19時まで、日用品は20時までです」
そう言われて時計を見ると、5時半を回ったところだった。遠征道具の売り場も見るだけの余裕はある。
「案内してもらっていいです?」
「あ、はい。そうしたら……」
愛香の問いにメリキナ女史が頷いて――
「あ、あたしも行く!」
「何おいてるんだろね?」
「おやつとかもあるのかな」
「日用品って、歯磨き粉とかもあるのかしら」
とたんに他の面々も反応した。
「それでは、皆さんご案内します」
結局、由真も含めて、全員がついて行くことになった。
ロビーから宿泊棟に移る廊下を右手に折れて奥に進んだところに、その「購買部」はあった。
「焼きパンに、干し肉?」
「お味噌とお醤油はあるのね」
入り口に並べられた商品を見て、佐藤明美と牧村恵が言う。
「普通の豚肉とかは、おいてないんですか?」
先頭に立つメリキナ女史に、由真は尋ねてみる。
「ええ。普段の食事でしたら、本館にも宿泊棟にも食堂がありますので、そちらでお召し上がりいただけます」
確かに、ここで自炊する人はいないのだろう。
「歯磨き粉と歯ブラシはあるけど……この『汎用飲み薬』って? 『光の力で剣傷もしっかり治る』って……」
「ポーション、ってやつじゃない?」
瓶に入った飲み薬を手に首をかしげる花井香織に、和葉がそんな言葉を向ける。
「救急箱があるのは、冒険者ギルドだから、ってことかしら?」
晴美の言葉に振り向くと、確かにそれらしいものがあった。
中には、「傷薬」と記された瓶に、ガーゼ、包帯、三角巾のほか、はさみとピンセットが入っている。
「これは……液体の塗り薬?」
花井香織はやはり首をかしげる。
「そう。ガーゼに染みさせて傷口に当てておく感じね」
「薬草を光系統魔法で強化して、傷を塞ぐ効果を持たせてあるんです」
ウィンタとユイナが応える。
「絆創膏もないのね」
「不織布テープもないから、たぶん、そもそも感圧接着剤がないんだと思うよ」
品揃えを見てそのことに気づいて、由真は半分相づちのように応える。
「まあ、感圧接着剤はゴムだから、僕が考えてみるよ。花井さんは、軟膏剤とかを考えてもらった方がいいかな」
彼女が午後にラウリル硫酸ナトリウムを試作したのを思い出して、由真はそう言葉をつないだ。
「ところで、遠征道具は……」
衛が問いかける。
「あ、はい。こちらになります」
そう言って、メリキナ女史は奥の方へと進んだ。衛も、由真たちもそれについて行く。
「水筒、ランタン、火起こし、方位磁針、紐、ナイフに革幕……一通りそろってるわね」
品揃えを見たウィンタが、そう言って革幕を手に取る。
「その革幕は、どう使うんですか?」
衛がウィンタに尋ねる。
「これ? 基本は、持ち運びできる小さい天幕ね。あと、これにくるまるだけでも暖がとれるし、雨風もある程度しのげる。それに、敷物にもできるしね」
「天幕?」
「紐をかけてつるすのよ」
――日本の登山でいう「ツェルト」と同じ使い方らしい。
「これ?! めっちゃ重たい?!」
池谷瑞希の声がする。振り向くと、彼女は箱状のものを持ち上げようとしていた。
「へえ、それもおいてるの」
それを見たウィンタが感心したように言う。
「これ、何なんですか?!」
「コンロ。いちいち石とかで竈を組まなくても簡単にたき火ができる優れものなんだけど、何しろ本体が重たくてね。『曙の団』も、よほどの時じゃないと使わないわよ」
そう言われて、由真はセプタカ滞在中の記憶をまさぐる。「曙の団」は、石を組んだ簡易な竈をしつらえていて、そこで火をたいていた。
「ってかこれ、コンロじゃなくて薪ストーブだよ」
池谷瑞希はそうぼやく。確かに、その筐体は「ストーブ」というべき外観だった。
「池谷さん、薪ストーブ使ったことあるの?」
由真はふと問いかけた。
「ああ、こないだの冬、コロナ騒ぎになる前にさ、家族でコテージに行ったんだよね。そこ、薪ストーブがあるって言うから、お父さんもお母さんもわざわざ選んで行ったんだ」
――「風情」を味わいたかったということだろう。
「他の装備は……」
衛が問いかける。
「武器や防具は、注文販売になりますので、あちらの窓口でご相談ください」
メリキナ女史が指した先には、カウンターがあった。
「注文となると、買う金が……」
「冒険者としての支度金でしたら、A級は10000デニ、B級は1000デニが口座に入っていますので、心配ご無用です」
衛がこぼした言葉に、メリキナ女史はすかさずそう応えた。
「奥には見本もあります。鎖帷子からプレートアーマーまで、何でも注文できますよ」
「それって、注文からどのくらいでできるんですか?」
晴美が問いかける。
「まあ、物にもよりますけど、標準の銅製鎖帷子なら中2日、プレートアーマーになりますと、最短で2週間でしょうか」
「そうですか。……由真ちゃんも、さすがに鎖帷子くらいは身につけた方がいいんじゃない?」
そう言って、晴美は由真に振り向く。
由真は、セプタカのダンジョンを攻略した際、「ラスボス」との決戦に至るまで、鎖帷子すら装備せずに臨んだ。
晴美がそれを心配しているのは、由真も理解している。
「この体だと、動きが鈍りそうな気がしてね。そっちの方が怖かったかな」
由真は、率直に本音を話すことにした。
現地では、「雑兵だから」などと言い訳をしていたものの、内心では、「『女体』の追従性の低下」に対する不安がぬぐえなかった。
「まあ、いい素材があるようなら、防備も考えるよ。それより、衛くんと和葉さんの防具をしつらえないといけないよね」
そう言って、由真は話題をそらす。
「あたし? あたしは、革鎧で十分だよ」
「俺も、プレートアーマーまでは、必要ないと思う」
話を振った2人は、そんな答えを返してきた。
「もう時間も遅いから、明日以降、改めて相談だろう」
衛はそう言葉を続ける。時刻はもうすぐ午後6時。確かに、日を改めた方がよい時間になっていた。
「それじゃ、ご飯にしようよ!」
佐藤明美のその声に、全員が頷いた。
冒険者ギルド(宿泊施設・食堂つき)の購買部らしい品揃えということで―
・日持ちのする食品と最低限の衛生用具はある
・お薬はおなじみの「ポーション」
・「遠征道具」としてアウトドアグッズを用意
という程度には需要にお応えしています。