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127. 仕事開始

エルヴィノ王子との話し合いを終えて、二人も支部に戻ります。

 由真とユイナは、尚書府庁舎から退出し、小型のバソでジーニア支部に戻る。


「やらないといけないこと……山積みですね」

「ええ、本当に、そうなんです」


 運転手の他は、由真とユイナの二人きり。

 そんな状況で由真が思わず漏らした言葉に、ユイナが応える。


「とりあえず、今日話が出たところだと、愛香さんが小売店整備、美亜さんたちは各自の『生産』、ですよね」

 昼食会の話題を思い返してみる。


「そうですね。皆さんは今日中に任官した上で、特にシチノヘさんには依頼も出さないといけませんね。任官の方は、民政省経由で指示が降りるでしょうから、私たちが気をもむ必要はないと思います」

「依頼……やっぱり、そういうの、要るんですね?」

 ユイナが「依頼」と言ったため、由真はそう尋ねる。


「そう、ですね。あの、冒険者ギルドの仕事は、請負か雇用斡旋のどちらかの形式になります。冒険者に持ち込まれる仕事は、基本的に全て請負、つまり一定の仕事の完成を約束する、というものですね」


 ――それは、日本と同じ概念だった。


「生産者の場合、最近はほとんどが雇用斡旋です。あとは、その準備として、ギルドで生産者に研修をすることはあります」

「そうすると、みんなの仕事は、雇い先がないとなると、『請負』の体裁にしないといけない訳ですか。けど……」


 花井香織は「液体を主とする化学」、池谷瑞希は「材料工学と機械工学」、牧村恵は「微生物学と乳製品関連技術」、佐藤明美は「食品全般に関連する農学」。

 それぞれについて、基礎知識を習得した上で、この世界では実現できていない「新技術」を「発明」しなければならない。


「みんな、『勉強』から始めて、次に『基礎研究』をして……成果が出るのは、いつになるか、とてもわかりません。それまで、どうしたものか……」

「まあ、そういう場合、まず、関連の簡単なお仕事を請け負っていただく、というところからでしょうね」

 由真の漏らした言葉に、ユイナはそう応える。


「来るときに、魔法油のいろんなお話をしましたけど、あれは、元々は、魔法油を精製する、という『仕事』から出発して、余り物をどう処理するか、という『研究』に進んで、そこに『ニホン』の皆さんの知見もいただいて、次の『技術』ができる、という流れでした」


 ――この異世界の「アスファルト」や「合成ゴム」。それも、一朝一夕で具現化された訳ではないということだろう。


「サトウさんは食品、シマクラさんは衣服、イケタニさんは家具、それぞれで、納品のお仕事を請け負っていただいて、その上で『工夫』をしていただく、ということになる、と思います」


 その3人は、対象が具体的であり、ユイナの言うとおりにすればよいだろう。


「マキムラさんは、牧場をお任せするのが最適だと思います。コーシア県は、中南部の高原で牧畜が盛んですから、知行の件がうまくいったら、そこでお願いしてはどうでしょうか」


 確かに、彼女は「牧人」のギフトをベースとして「乳製品管理者」のクラスを選んでいる。

 あれこれと理屈で迷うより、実際に牧場を委ねる方が合理的だろう。


「……ただ、ハナイさんは……神殿で作る石けんとか、掃除用のものとか、……そういうのを頼むのは、ちょっと、申し訳ない気がしますね」


 花井香織は、「清め人」のギフトを揶揄されたことで、かなり傷ついている。「トイレタリー」の「簡単なお仕事」を頼むのは、彼女の心の傷を刺激する恐れがある。


「そうですね……けど、その花井さんが……一番、『基礎研究』、なんですよね……」


 彼女のスキル「錬水術」。それは――「応用化学」そのものだった。

 しかも、彼女の選んだ分野においては、この世界は基礎知識の蓄積が全くない。その分野で、「製品」の「開発」に至る、となると――

 由真は、言葉を続けられるだけの知恵がわかない。そして、ユイナも黙り込んでしまう。



 よい知恵も浮かばないまま、バソはジーニア支部にたどり着いた。

 2人は、下車していったんロビーに向かう。



「あ! セレニア先生に由真ちゃん!」

 そんな声が聞こえる。見ると、ロビーに美亜と愛香が立っていた。


「やっと戻ってきた」

「こっちに来てください!」

 2人は、由真とユイナを引き連れて廊下に進む。


「ここ、研修棟の実験室ですけど、こんなところでいったい……」

 戸惑いをあらわにユイナが言う。


「香織ちゃんが、実験を始めちゃって、なんかできたんです!」

「危ない薬だったらまずいから、セレニア先生に見てもらって、やばそうなら由真ちゃんに消してもらおうかと」

 愛香がしれっと言う。


 由真の無系統魔法を「証拠隠滅」に使おうという発想は――S級ギフトの主ならではなのか、元からなのかは、あえて追求しない方がいいだろう。


 居並ぶ実験室の1つに入ると、スモック様の白い服を着た花井香織が椅子にぐったりと座っていた。

 机の上には、白い粉が載せられた1枚の皿、他にもコップや皿が複数載せられている。

 晴美たち全員が、それを取り囲んでいた。


「これ、どうしたの?」

 由真が声をかけると、全員が一斉に振り向いた。


「由真ちゃん、実験成功よ」

 花井香織が答える。疲労をあらわにしながらも、その表情は明るい。


「石けんを作るのに椰子油を使うって聞いて、緑礬油(りょくばんゆ)と固形かん水は手に入ったから、椰子油を水系統魔法で還元して、緑礬油に混ぜて水を取って、固形かん水で中和したの」


 椰子の油――「パーム油」に、「緑礬油」はおそらく「硫酸」、「固形かん水」は「炭酸ナトリウム」。つまり――


「『ラウリル硫酸ナトリウム』、できあがり、ね」


 歯磨き粉とシャンプーに使われる主要な「界面活性剤」。目の前の白い粉が「それ」だった。


「『硫酸』って、大丈夫なの?」

 そう問いかけたのは、晴美だった。さしもの晴美も、化学についてそこまで通暁はしていないのだろう。


「ああ、大丈夫だよ。これ、地球の練り歯磨きとかに当たり前に入ってる成分だから。まあ、洗浄効果が強いから、ネットなんかだと『有害だ』とか言う人もいるけど、半世紀使われてて特別な害は確認されてないし」

「そうなの、ならいいけど」

 由真の言葉に、晴美は安心した様子を見せる。


「これで、グリセリンでもあれば、歯磨き粉とこれを混ぜてジェルの歯磨きは作れる。シャンプーは……エチレンオキシドがあればラウレス硫酸ナトリウムができるから、そっちの方が良さそうね。まあ、リンスにクエン酸を……レモン果汁からでもとれれば、当座はそれでなんとかなるかしら」


 どうやら、花井香織は元からかなり高度な化学の知識を持っていたらしい。

 そして、「スキル」の正体を知り、新たな「クラス」を与えられ、さらにエルヴィノ王子からも要請されて、「スイッチ」が入ったのだろう。


「と、香織ちゃんは申しておりますが」

「とりあえず、危ない薬じゃない?」

 愛香と美亜が言う。


「ああ、大丈夫。これは、ただの強い洗剤の材料だから」

 そう答えてから、由真はユイナに振り向く。


「ユイナさん、大丈夫、みたいですよ? 彼女、もう始めちゃってますから。『新型洗剤の材料となる物の発見と生成』っていう『研究』を請負にしてかまわない、と思います」

 悩ましいと思われた「課題」は、本人があっさり解決していた。


「そう……みたいですね」

 ユイナは、苦笑交じりに頷いた。

歯磨き粉ならラウリル硫酸ナトリウムでいいものの、シャンプーならラウレス硫酸ナトリウムにした方がいい。リンスの「クエン酸」云々も、あくまで当座のこと。

「ギフト」や「スキル」を使う前提となる予備知識を、彼女は持ち合わせていました。


このお話には「科学も混じります」、この程度には。

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