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125. 冒険者ギルド制度論

ダンジョン攻略前からいろいろ話題になっていたこの件です。

「殿下、ところで、他の案件、とは……」


 エルヴィノ王子が口にした「民政顧問官としてのユマ殿にお願いしたい案件を1件」という言葉を思い出して、由真は問いかける。


「それについては、そちらの紙をご覧ください」

 そう言われて、由真は先ほど受け取った紙に目を向ける。

 そこには、「冒険者ギルド制度改正の検証」と記されていた。


「ユイナさんから、ある程度説明は受けたかもしれませんが、ノーディア王国は、大陸暦117年に、いくつかの大規模な制度改正を行いました」


 ――手元の紙に記された「課題」は、ベルシア神殿の「初期教育」の段階から聞かされていた。


「深刻な影響が懸念される件については、私は、議会の場で兄の意見に異を唱え、陛下の勅許を賜り、アスマは例外とすることを認めていただいています。

 それらについては、『新法施行から3年を経過した後に検証を行い、施行の4年後において必要な改正を行う』という規定も盛り込まれました。今年が、その『検証』の時期となっていて、初秋の月に開かれる議会において、関連する審議が行われる予定となっています」


 エルヴィノ王子のその言葉に含まれていた単語――


「殿下、あの、この国にも、『議会』が、あるのですか?」


 国王が病気療養中のため、アルヴィノ王子が「国王代理」として絶対王政を振るっている。由真はそう認識していた。

 しかし、今の話からすると、この国には「議会」があり、制度改正のための審議を行い、エルヴィノ王子はその場で「異を唱える」ことすらしているという。


「ええ。といっても、『ニホン』のものとは異なります。ノーディア王国の場合、臣民を代表する『臣民院』、貴族・騎士を代表する『元老院』、伯爵以上を代表する『諸侯会議』、神殿を代表する『神祇官会議』。この4つが『議会』をなします」


 ――「身分制議会」ということらしい。そして「住人を代表する」という文言がなかったことに、由真はすぐに気づいた。


「法律と予算は、臣民院、元老院、諸侯会議の順で審議に付されます。ただし、諸侯会議は両院の決定を覆すことができます。その上で、神祇官会議に付議して、『神意』を伺った後、最後は陛下の勅許を賜ります。神祇官会議は『意見書』を付することができます。そして、陛下は、決議された議案を勅許しないことができます」


 臣民院と元老院が「二院制」をなすものの、諸侯会議が双方に優越し、さらに国王には最終の拒否権が留保される。

 西洋の身分制議会において成員となっていた「聖職者」は、「意見書」を付するという形で参与できる。


「ちなみに、116年に提案された一連の法案は、臣民院は事実上否決、元老院は原案通り可決、諸侯会議においては、神祇官会議の意見書を得た上で修正して可決し、陛下の勅許を賜りました」


 由真の手元の紙には、制度の概要と一連の経過の概略が記されていた。


「冒険者ギルドの方は、原案では『冒険者』『準冒険者』『冒険者見習』の3段階とし、『冒険者』はC級相当、1ギルドにつきその定員は10人以内とする、という内容で、ゲントさんのような現役A級冒険者も、C級相当の『冒険者』とする、というものでした」


 それは、現行制度が「かわいく見える」ほどの内容だった。


「臣民院は、これに強く反発し……兄の『令旨』に由来することもあり、『否決』は控えて、『この法律は別に法律で定める日にこれを施行する』という規定を追加して実質的に施行を無期限延期する、という修正を加えて可決しています。

 元老院では、『冒険者のごとき無頼漢に王国が権威を与える現行制度は廃止すべき』という意見が支配的で、ほぼ全会一致で可決されています」


 由真がこれまで見てきた王国の臣民以上の言動から、容易に想像できる話だった。


「諸侯会議においては、少なくともアスマの民政は冒険者ギルドなしでは成立し得ない、という認識の下、この改正をアスマが受け入れることはできない、と私は主張しました。兄の派閥は、いったんは可決として陛下の勅許を求めましたが、陛下は『十分詮議せよ』としてこれを却下されました。

 最終的に、等級制度は従来通り、アスマ、メカニアについては、ギルド登録は県単位として人数制限の規定は適用せず、ミノーディアは制度全体を従来通りとする、という内容に修正し、可決の上で勅許を賜っています」


 ――かくしてできあがったのが、現在の複雑な制度だった。


「結果、カンシアの冒険者は……ユマ殿もある程度触れた通り、『曙の団』のようなところもあるものの、多くは、貴族や富豪に阿り警備業務で堅実に稼ぐか、行き詰まって解散となるか、という場合が多く……結果として、『冒険者は無頼』と発言したところで、さして不穏当とも言えない、そのような環境にあります」


 たびたび耳にした、そのぶしつけな言葉。

 他方で、セプタカで由真とC3班を「生け贄」にしようとしたギルド「栄光の白鷺」。

 カンシアにおける混乱は、冒険者ギルドを蔑視する者にとってはさぞかし都合よく見えることだろう。


「兄の派閥は、これを是とし、アスマも同様とすべき、と主張することでしょう。これについては、セプタカのダンジョンを陥としたのは誰か、というところに、全てが尽きるでしょう」


 エルヴィノ王子に言われて、由真は「そのこと」を思い出す。

 実際はどうあれ、表向きは、セプタカのダンジョンを陥落させたのは――


「殿下、それは……『勇者様』の功績、ということに、なっているのでは?」

「軍務省はそう発表し、神祇院においてもモールソ神官がそのような趣旨の報告を行っています」


 由真の問いに、エルヴィノ王子は即答した。やはり「そういうこと」に――


「とはいえ、大地母神様の神勅は下されていますから、ナイルノ神祇長官はモールソ神官の報告を言下に否定しています。冒険者ギルドの受け止めは……ジーニア支部で体感されたことでしょう」


『セプタカを陥とされた皆様ですか! ようこそジーニア支部へ!』


 昨夜、支部の宿に「チェックイン」したとき。

 由真たちの名前を見た受付の職員が上げた言葉が脳裏に蘇る。


「何より、陛下がS級冒険者を任官され、静養地であるナスティアの領主に封じられています。『功績者は誰か』ということは、王国の大多数がすでに知っています」


 他ならぬ国王が病身を押して行った措置。それは、何よりも強い説得力があった。


「これについては、冒険者の代表として、その制度を守っていただきたい。それにつきます」


 由真の脳裏に、セプタカでの出来事が蘇る。


 地元の冒険者ギルドから足蹴にされて雑兵にされたという農民たち。

 由真とC3班を罠にはめて殺そうとした「栄光の白鷺」。

 環境が悪化する一方のカンシアに「冒険者」としてとどまり、彼の地を守ろうとするゲントやサニア。


「栄光の白鷺」が生き残る仕組み。

「曙の団」が報われない仕組み。


 そんなものの存在を許すことは――「冒険者」の端くれとなった身として、決して許されることではない。

 アスマの冒険者を守り、カンシアの冒険者を救う。

 自分にそれができるなら、絶対に成し遂げなければならない。


「かしこまりました、殿下」


 由真は、そんな思いを胸に王子に応えた。

身分制議会程度のものは、一応あります。

といっても、一番上のレイヤーで兄弟げんかの末に父君=国王陛下が勅裁を下している状態ですが。


この件は、NAISEIという要素ではないつもりです。

ただ、なろう界隈でもいろいろ言われている「冒険者ギルド」について、

・中世的秩序(封建制・教会や自由都市などもあり)の産物たる「ギルド」が近世的価値観(絶対王政に向かう)の中で存続できるのか

・社会が近代化していくときどう対応するのか

といった問題について考えてみたお話です。

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