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122. アスマ地方の地理概要

食後のデザートは…

 食事が半ばを過ぎたところで、スープが配られる。


 そのスープは、味噌で仕立てられ、具材は深緑の葉状のものと小さな貝だった。

 すすってみると――それは「わかめとシジミの味噌汁」以外の何物でもなかった。


「お味噌汁! お味噌汁! おいしい!」


 佐藤明美が歓声を上げている。由真も、隣がエルヴィノ王子でなければ「甘露」と叫んでいたかもしれない。


「皆さんのお好みかと思い、『ニホン』風味噌スープを用意したのですが、お気に召していただけたようで何よりです」


 ――エルヴィノ王子は、由真たちに配慮して、あえてこの「味噌スープ」を用意したらしい。


「はい、ありがとうございます。本当に久しぶりで、とても感動しています。これをいただけるなら、僕は、殿下のために生命も惜しみません」

 王子の隣にいた由真は、全員を代表して応えようとして――途中から若干暴走してしまった。


「生命は大事にしてください。あなたは、アスマの大切な民政顧問官ですから」

 エルヴィノ王子は、苦笑とともにそんな言葉を返した。



 食事を終えた由真は――王子の背後に飾られている「地図」が気になっていた。


 ベルシア神殿では、ごく簡単にしか触れられなかったアスマの地理。

 目の前の「地図」は、由真たちには伏せられてきた「アスマ地方の詳細な地図」であろう。


「ああ、こちらは、アスマ地方の全体図です」


 ――さすがにエルヴィノ王子も気づいたらしい。


「この地図は、地域ごとに色分けされています。北東端の濃青部分がトビリア地方、その南隣の緑の部分がベニリア地方、さらに南の赤い部分がナミティア地方、その南、最南端の青の部分がコグニア地方、そして、ベニリア地方とナミティア地方の西側の黄色の部分がシナニア地方です」


 その地図は、エルヴィノ王子の言うとおりに色分けされていた。

 トビリア地方からシナニア地方にかけては、北端は海岸線が食い込んでいる。

 その海岸線は、シナニア地方の西端で直角に折れて北方に向かう。ハドソン湾を思わせる地形だった。


「アスマ地方は、伝統的にこの5つの州に区分されていました。ノーディア暦220年に成立したミグニア朝アスマ王国は、ベニリア州、ナミティア州、コグニア州を版図としていた一方、シナニア州とトビリア州は、ノーディア王国の辺境州となっていました」


 ノーディア王国がアスマの覇権を失っていた時期。その「時期」の存在を、ベルシア神殿はひた隠しにしていた。


「大陸暦71年に、ミグニア朝は全領土をノーディア王国に譲渡し、第2次ノーディア朝に移行しています。以後、ベニリア州、ナミティア州、コグニア州と、シナニア辺境州、トビリア辺境州を置き、アスマはこれらを包括する『アスマ総州』とされていました。国王陛下は、このアスマ総州を知行する『アスマ大公』でした」


 由真は、国王が「アスマ大公として」と発言していたのを思い出す。


「大陸暦111年に前王アルヴィノ7世が崩御された際、その遺詔により、『アスマ総州』は『アスマ州』とされ、管下の州と辺境州は廃止、『アスマ大公』に替えて『アスマ公爵』の爵位が創設されて現在に至っています」


 9年前の「遺詔」による措置で、「総州」は「州」となった。

 単純に見れば「格下げ」。しかし、カンシア全体より人口が一桁多いこの地区を「格下げ」にしたとは――


「とはいえ、この措置からは来年でようやく10年。アスマの民の多くは、未だに旧来の『州』の意識が根強く残っています」


 続く言葉で、由真はようやく「趣旨」が理解できた。


 3州と2辺境州に細分化され、そこに中間統治機構が置かれた状態。

 これを統合することにより、「アスマ地方」という「1つの地方」を形成し、かつ統治機構も整理合理化する。

「行政改革」を兼ねた「統一事業」ということだろう。


「大陸暦116年に、シンカニア・ナミティア線とシンカニア・コグニア線がポンシア駅で結ばれて、北は旧トビリア辺境州都シエピアから南は旧コグニア州都コグニティア、さらにその先のゼミアまでがシンカニアで結ばれ、南北の新たな基軸が完成しました」


 東側の沿岸旧4州を南北に貫く高速鉄道が完成した。それは、「統一支配」の完成に向けた大きな一歩だろう。

 そう思いつつ地図に目を向けた由真は、コグニア地方の南端に、白く塗られた小さな領域があるのに気づいた。


「ところで殿下、コグニアの南にある白い点は、何か意味があるのでしょうか?」

 先ほどから王子が自ら解説を続けているため、由真は王子に直接問いかける。


「ここは、ホノリア市と言います。ミグニア朝アスマ王国からダスティアに割譲され、メカニア・ソアリカ戦争を経て、名目上はノーディアとダスティアの共同統治領とされた場所です。この地には『自治政府』が置かれ、実質的にはダスティア領のままですが」


 エルヴィノ王子は、淡々とした口調で答える。


「ホノリアは、ミグニア朝時代にダスティアの拠点港湾が建設され、アスマ最大、すなわち世界最大の都市が形成されました。メカニア・ソアリカ戦争の際、この巨大港湾都市の攻略は避けた結果、メカニアの全域を獲得した代わりに、ここだけは奪還できなかった、という次第です」


 この白い領域が「世界最大の都市」だった。

 それは、攻城戦をせずに済むなら避けて通るところだろう。

 そして、激しく抵抗されれば、支配を及ぼすこともできない。


「現在でも、ホノリアは人口400万人を誇る大都市です」


 ――由真は、一瞬聞き間違いかと思ってしまう。


「あの、4000万、ではないのでしょうか」

「400万、ですね。メカニアの州都シグルタで人口1800万人、シアギア都市圏が1700万人、コグニティア市が1200万人です。『4000万人』などという人口を抱え込める都市は、この世界にはありません」


 ――そんな都市は、21世紀の段階では地球にもない。


「世界最大、だったのでは……」

「50年前は、ミグニア朝アスマ王国の王都だったシアギアの人口が400万人でした。セントラの人口は300万、ベストナの王都マテレアの人口が350万、ダスティアの首都スタフィアの人口が250万人でしたから、当時人口600万人のホノリアが『アスマ最大』にして『世界最大』でした」


 シアギアの人口が現在の4分の1弱だった。

 前近代と考えれば、人口600万人は「世界最大」で不思議はないといえる。


「現在、マテレアは人口400万、セントラは300万、スタフィアは200万ですから、ホノリアは十分『大都市』の部類に入ります」

 ――少なくとも、ノーディア王国の王都よりは人口が多い。しかも「港湾都市」という地位もある。


「メカニア・ソアリカ戦争以降、この世界では大きな戦争は起きていませんが、ホノリアは争いの火種となっています。近年は、大陸暦103年から104年にかけて、『ホノリア紛争』が発生しました。講和条約である『ゼミア協定』が105年に発効して、113年に『現状維持』として1度目の更新、121年に2度目の更新を迎えます」


 ――今年は大陸暦120年。「121年」とは「来年」のことである。


「まあ、これは、外交、軍事に関することですから、兄の判断に従うことになるでしょう」

 エルヴィノ王子は淡々と言う。


(それが一番まずい……とは、さすがに言えないな……)


 あの「兄」に「判断」を任せたら、絶対にろくな結果にならない。

 そうは思っても、「実の弟」を前に、そこまで言い切ることはできなかった。

(この異世界には)わかめも、シジミも、あるんだよ…


現地に来るまでは描けなかった、少し詳し目の地理でした。

とはいえ、これでもまだまだ巨視的ですが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 由真ちゃん即オチw まぁしゃないよね、数ヶ月単位で海外出張したときは味噌醤油梅干しの味に飢えてわざわざお高い店で仕入れたなぁ
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