表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

121/451

120. 依頼は「小売再生」

「最強の商人」愛香さんへのお願いは…

「シチノヘさんには……」

 顔を上げたエルヴィノ王子が呼びかけると、七戸愛香は箸を止めてそちらに目を向ける。


「早速お願いしたいことが、多々あるのです」

 エルヴィノ王子の顔から、それまでの微笑は消えていた。対する愛香は、目を王子に向けたまま、表情は変わらない。


「ノーディア王国は、アスマも含めて、小売業が脆弱な状態が続いています」

 エルヴィノ王子は、そう切り出した。


「大陸暦76年にメカニア・ソアリカ戦争が我が方勝利で終結して以来、王家は積極的に設備投資などを行い、『ニホン』の技術も取り入れて、アスマでは、製造業、とりわけ重工業は、順調な成長を遂げました。

 反面、民衆の生活に直結する方面は、技術が進展せず、産業も育たないまま、大陸暦120年を迎えるに至っています」


 高速鉄道、バス、トラックやコンクリートの建築物も実現している社会。

 その生活環境を巡るここまでの説明から、「生活関連産業」が未熟であることは、容易に推察できる。

 それを主たる対象とする「小売業」も、畢竟成長の余地は乏しいだろう。


「ノーディア王国では、ダスティア系資本の『イデリア』という会社と、ベストナ系資本も入った『ロンディア』という会社が、都市近郊に大規模小売拠点を構えて、民衆の生活需要に応えてきました。ですが……」

 エルヴィノ王子の表情が曇る。


「イデリアは、110年代に入って業績が悪化、今年盛冬の月の臨時株主総会で、経営合理化の方針が決議されました。その内容は、アスマにおける事業からの全面的撤退です」


 ――由真は、一瞬耳を疑った。「人口3億」のアスマから、「全面的撤退」とは――


「イデリアがアスマに開いていた店舗は424店。いずれも大型で、その出店により、地元の小売商は、相当数が店を閉じることを余儀なくされました。それでも、住人に必要な物資が提供されるのであればやむを得ない、と、そう認識し許容していたのですが、その店舗が一斉に閉鎖される、となると……」

「『焼畑商業』?」

 それまで無言を貫いていた七戸愛香が、初めて口を開いた。


「あの、『焼畑商業』は、日本の言葉で、大きな小売店が出店して地場の小売店をつぶしてしまって、草木も枯れた状態になった後で、利益が出ないといってその大きい店も撤退する、というのを、焼畑農業になぞらえたものです」

 愛香本人くらいしか理解していないと思われるその言葉を、由真はとっさに補う。


「言い得て妙ですね。まさにその通りです。イデリアが進出した先では、町中の店は経営が立ちゆかなくなり、地元小売業は崩壊しています。今イデリアに撤退されては、社会機能が破綻しかねません。

 ロンディアの店舗もあるところでは、そちらでなんとかカバーできますが、それにしても、地元資本ではない企業に社会生活の動脈を握られている状態は、きわめて危険である、と、私は痛感しています」


 確かに、「双璧」であろう「イデリア」と「ロンディア」が、いずれも「地元資本ではない」どころか「外資系」とあっては、「焼畑商業」は植民地のプランテーションのようなものだろう。


「大きな話としては、『地元資本による小売業界の再生と強化』、そのための『地元資本による小売店の展開』、ひいては、それを通じた『小売産業の確立』。叶うならば、それを実現したい、と思っています」

 そう言って、エルヴィノ王子は愛香をじっと見つめる。


「……期限は、いつまでですか?」

 王子の目線を受けながら、なおも表情を変えずに、愛香はそう問いかける。


「今年中なら……アトリアの鉄道幹線沿いにドミナントでショッピングモール5店。コーシニアも、ということなら、イデリアの店舗の居抜きで。それならできます」


 ――大胆な答えだった。由真も、思わず息をのみ、愛香を見つめてしまう。


「あと、需要も供給もわからないので、儲かるかどうかは、即答できません」


 それは至極当然のことだろう。


「…………」


 対するエルヴィノ王子は――目を見開いたままだった。


「殿下?」

「……ああ、大変失礼しました」

 横合いからユイナに声をかけられて、エルヴィノ王子はようやく我に返った様子だった。


「あまりに大胆なお言葉で、つい我を忘れてしまいました」

 そう言って、エルヴィノ王子は大きく息をつき、手元の茶を飲み込む。


「あなたの生産理事官の官記は、至急発出します。アトリア周辺、それにコーシニアの地理と市況についても、商工省と民政省から急ぎ説明させます。それと、アトリア冒険者ギルドに対しても、請負の依頼を出すことにします。

 シチノヘ殿、どうか、よろしくお願いします」


 そう言って、エルヴィノ王子は愛香に向かって深く頭を下げる。


「わかりました」


 短い返答とともに、愛香はエルヴィノ王子に礼を返した。

「『焼畑商業』されて買い物難民が出る有様なのでなんとかして」


変なところだけ発展した社会では、NAISEIの課題も変な水準になります。

着いて1泊しただけの場所で「ショッピングモールを開く」云々というのは、ひどい無茶ぶりではあるのですが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ