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119. エルヴィノ王子の招宴

殿下の昼食会です。

 尚書府庁舎に到着した一行は、すぐに部屋に通された。


 奥に地図らしき絵が飾られたその部屋には、大きな円卓と、それを取り囲む椅子が13席設けられている。

 席には名札がおかれていた。

 地図を背負う席はエルヴィノ王子、その右隣が由真、晴美、左隣がユイナ、衛、和葉と続き、晴美の右隣から「アルファベタ」順に他の面々が並ぶ。


「皆さん、ようこそお越しくださいました」

 もはや聞き慣れた、その丁寧な言葉。長身痩躯を黄色いマントで包んだエルヴィノ王子が入室してきた。

「席は、名札をおいてありますので、皆さん、どうぞおかけください」

 そう勧められて、由真たちは名札のとおりに席に着いた。


 配られたのは、大根おろしが添えられた白身の焼き魚にキュウリのごま和えだった。


「皆さん、こちらでは魚料理は召し上がったことはありますか?」

 エルヴィノ王子に問いかけられて、全員が顔を見合わせてしまう。

 少なくとも、由真は食べた記憶がない。


「いえ、ありません」

 答えたのは、晴美だった。


「でしょうね。アスマでは、ナミティアを中心に川魚は食されていました。それに、『ニホン』から召喚された方が『発見』した食用魚も多数あります。今日お出ししたこれもその一つで、『スズコ』と言います」

「殿下、その『スズコ』、複数形は『スズキ』でしょうか?」

 由真が問いかけると、エルヴィノ王子は、ええ、と頷く。


「スズキ……」

「この魚は、成長段階によって呼び名が変わります。2年目までは『セヴィゴ』、3年目から4年目までは『ハスコ』、それ以降を『スズコ』と呼んでいます」


 ――そんなところまで「スズキ」に沿っている。


「主食は米飯でよろしかったですね? それでは、いただきましょう」

 そう言われて、早速眼前の「スズコ」に手を伸ばす。それは――紛れもなく「スズキ」だった。

 シンプルな塩焼き。それが米飯によくマッチしている。


「皆さん、『ミノーディア11号』でこちらまで来られて、食事はいかがでした?」

「大変、よろしゅうございました。大いに、満喫させていただいて……」

 隣の王子に問われて、由真は、とりあえずそう応える。


「それは何よりです。あの列車の食事は、そのままノーディア王国の食環境を示しています。カンシアでは変わり映えのないパン、イノシシ肉、ソーセージにスープ。ミノーディアは羊肉を中心とする伝統的な遊牧民の料理、アスマは、鳥や豚、そしてこのように魚も使い、米飯を選択することもできます」


 2日目のカザロヴラニとアウナラ、4日目に提供された米飯。日を追うごとに向上した食事が脳裏に蘇る。


「とはいえ、アスマの食生活も、全く申し分ない……ということはありません。庶民が一般に食するものと言えば、『ミノーディア11号』で夕食に供された焼きパンに豚肉などを挟み込むものが中心です。飲料は、茶葉が容易に手に入りますから、一般に喫茶の習慣がありますが、水の円滑な供給の方が容易ではありません」


 水の円滑な供給と言われて、由真は、ベルシア神殿の「水回り」を思い出す。

 少なくとも、晴美に与えられた部屋では、「水回り」は何の問題もなかった。


「水は、ベルシア神殿でも、一応出てましたけど……」

「あれは、神殿だから、です。神殿は、清浄な環境を保たなければならないので、水回りの整備と維持管理には特に注力しているんです。それに、洗面用具や、清掃用具も……洗濯の光系統魔法道具も、一般に普及しているたぐいのものではないんです」

 由真の疑問にユイナが応える。


「もちろん、上下水道の整備と維持は、民政上の最優先課題として取り組んではいます。とはいえ……アトリア市の人口は、盛春の月に2800万人を突破しました。衛星都市として重点整備したコーシニアも、総人口は380万人に至っています。この人口の伸びに、水道を追いつかせていくことができるか、というと……状況は楽観視できません」

 エルヴィノ王子は、軽くため息をついて茶を口に含む。


「ちなみに、アスマでは、神殿が一般向けに浴場を開放して、石けんも無償提供する、ということも、奉仕活動の一環として取り組んでいます。そこで、ついでにお洗濯をする、という人も、大勢います」

 王子の隣で、ユイナが言う。


「というような次第で、カンシアと比べればともかく、アスマの環境も、まだまだ向上の努力が必要な状態です」

 そう言って、エルヴィノ王子は一同に目を向ける。


「それで、皆さんのステータスについては、今朝、セレニア神祇官が確認をした、とお聞きしましたが……」



 ユイナは、由真以外の全員について、新たなクラスと主なスキルをエルヴィノ王子に告げた。


「なるほど。これは実に素晴らしい。ベルシア神殿は、このような皆さんを『C3班』として選り分けていただいた訳ですね。おかげで、我々は素晴らしい人材を獲得することができたということです。実にありがたい」

 エルヴィノ王子は、微笑を浮かべつつも、まなざしには鋭い光が宿っていた。


「ハナイさん、先ほどお話ししたとおり、アスマも、どうにか水が使えて、神殿から石けんの施しはある、という程度です。この環境を改善し、住民の衛生を向上させるため、あなたのスキルには、大いに期待しています」

 その言葉を受けて、花井香織は一瞬目を見開き、はい、と小さな声を返した。


「イケタニさん、皆さんも、これからこの地で住まいを構えられるでしょう。この地で家具をいかに確保しているのか、ということは、その際に十分実感いただけると思います」

 池谷瑞希は、息をのんで首を縦に振る。


「マキムラさん、あなたのそのギフトとスキルが、王国軍の目を免れることができたことは、私にとっては天恵です」

 その言葉に、牧村恵はびくっと体を震わせる。

「そして、あなたが『乳製品管理者』のクラスを選んでいただいたことも。私は、あなたを軍事利用することは、決してあってはならないと思っています。あなたには、『乳製品管理者』のクラスに沿って、アスマの食生活を支えていただきたい」

 牧村恵は、言葉を口にはできず、首を縦に振った。


「サトウさん、最初にお話ししたとおり、アスマでも食生活は充実しているとは言えません。あなたのそのギフトとスキルの赴くところによって、よい食料品を提供していただくことを、私は祈念します」

 佐藤明美は、か細い声で、はい、と応えた。


「シマクラさん、衣類に関しては、アスマはカンシアと大差がありません。画一的な服装に、住人は倦んでいます。それ以前に、単純な水洗いに耐えられる衣類が出回らない、という問題もあります。……実のところ、私自身が、衣服には頓着しない性質なので、そちらに目が十分行き届いていません。あなたのクラスとスキルに、大いに期待しています」

 確かに、何度か目にしたエルヴィノ王子は、いつも同じ「丈の短い詰め襟、スラックス、マント」という取り合わせだった。

 それでも、王子は「期待している」という言葉をかけた。美亜は、はい、と頷いた。


「それで……」


 それまでよどみなく言葉を続けてきたエルヴィノ王子は、そこでいったん息をつき、目線を伏せて思案する様子を見せる。

 一方、「C3班」の残り一人――七戸愛香は、我関せずとばかりにスズキの塩焼きを食べていた。

「出世魚」スズキ。

「ニホン」から召喚された人に発見されて食用になりました。

ムニエルとかではなく、あえてシンプルに塩焼きです。この世界でも、夏が旬なのです。


これが、本作の「内政」要素になります。

新幹線があって道路が舗装されていてコンクリで建物ができる社会で後回しにされている生活用品の供給。

そこを生産職の人たちが補います。


なお、スズキを食べている子のお話は、次回になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「マキムラさん、あなたのそのギフトとスキルが、王国軍の目を免れることができたことは、私にとっては天恵です」 本当ですよ、バカ王子に価値を気づかれてたらガチで人類存亡の危機でしたねw 米とか…
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