110. 旅の終わり
大陸横断鉄道の旅、ようやく終わります。
順調に走り続けた列車は、不意に速度を落とし、やがて停車した。
眼前のホームに、「カリシニア」という駅名表示が見える。
「列車は、機関車を連結するためカリシニアに停車しております。5分ほどで発車いたします。しばらくお待ちください」
アナウンスが流れる。時計は午後4時45分を指していた。
列車は、5分後に発車した。
窓外は、目に見えてわかる下り坂になる。
トンネルを抜け、渓谷に通された橋を越えながら、列車はそれまでにない低速で走る。
「ここ、急勾配なので、下に機関車がつくんですよ」
ユイナはそう説明した。日本にもある「補助機関車」を必要とする急勾配区間なのだろう。
次の駅に停車したのは、午後5時15分を少し回った頃だった。
「列車は、機関車を切り離すためユリヴィアに停車しております。まもなく発車いたします」
そんなアナウンスが流れる。程なく、午後5時20分に列車は再び動き出した。
「あと10分ほどでコーシニア中央に到着いたします。コーシニア中央駅は、5番線に到着いたします。お出口は右側です」
夏の日が傾いた午後6時20分。そんなアナウンスが流れる。
「乗換のご案内をいたします。快速オトキア行は、お隣の6番線から、18時40分の発車です。その後、普通列車オトキア行が、同じく6番線から、19時ちょうどに発車します。ファニア線、普通列車ファニア行は、3番線から18時50分の発車です。
ファニア線各駅停車サイトピア方面は1番線、トマスリナ方面は2番線、メトロ南北線は8番線、トラモ南北線は7番線から発車します」
――乗換案内は、ナギナ中央駅のときより格段に詳細だった。
列車は、左手から直進してきた高架線に合流し、18時30分にコーシニア中央駅に到着した。
島式ホームの対面には、銀地に緑色の帯の列車が止まっている。
「着きましたよ、ユマさんの領地に」
「いや、だから、それはまだ決まった訳じゃ……」
ユイナにからかわれて、由真は反応に困ってしまう。
列車は、すぐにコーシニア中央駅から発車した。
「ここを出ると食事が配られて、あと1時半ほどで終点です」
長かった旅も、もうすぐ終わろうとしている。
そんなことを思いながらぼんやりと窓外を眺めると――暮れなずむ景色の流れが速さを増していく。
「あれ? これ、速くないですか?」
ドルカナからベルシアに戻ったときのシンカニオと同じ程度に見える。もっとも、あちらとは違い、この寝台列車は全く安定していたが。
「コーシニアからはシンカニア・コーシア線に入りますから、時速270キロです。特等が埋まっていないときのカンシアのシンカニオと同じですね」
「って、これ、シンカニオだったんですか」
「ええ。あの、ナギナからシンカニオ特急でしたよ、これ」
――そう言われてみると、確かにナギナからはストレスのない速度だったような気がした。
程なく夕食が配られる。由真たちの前に置かれたのは、ごまの振られた丸いパン、そして細切りにされた豚肉とネギだった。
「一番最後で一気にあれですけど、すぐ終点に着いちゃうので、この焼きパンで簡単に済ませちゃうんです。ちなみに、これ、間が割れてて、中にこちらのお肉を挟んで食べるんです」
焼きパンを手作りサンドイッチのようにして食べる。
カンシアとは異なり、肉は脂ののった「豚肉」で、ネギはみずみずしい。何より、焼きパンは適度な硬さと歯ごたえがある。
一昨日から今日にかけて、羊肉やアトリア焼鴨などを食べ続けた身には、この程度がちょうどよかった。
午後7時半を回る頃には、徐々に明かりが見えてくる。過ぎ去るその光が、この列車の速度を実感させる。
「あと10分ほどでタミリナに到着いたします。到着は12番線、お出口は右側です。シナニア線、下りオトキア方面は1番線・2番線、上りアトリア西方面は3番線・4番線、タミリオ丘陵線は5番線・6番線、第2環状線は7番線・8番線から発車します」
アナウンスが流れ、列車は減速する。午後8時まであと5分となり、列車はタミリナ駅に到着した。
コーシニア中央駅と同様に、列車はすぐに動き出す。
「長らくのご乗車、お疲れ様でした。この列車は、あと10分ほどで、終点アトリア西駅に到着いたします。到着は11番線、お出口は左側です。どなた様も、お忘れもののないようお支度ください」
午後8時に、そのアナウンスが流れた。
「乗換のご案内をいたします。シンカニア・ナミティア線方面、『鳳凰221号』ポンシア行は、お隣の12番線から20時28分の発車です。この列車は、ポンシア行の最終列車となりますのでご注意ください。シンカニア・トビリア線方面、『白鶴73号』サンドラ中央行は、13番線から20時36分の発車です。
シナニア線各駅停車とアトリア・メトロ東西線は1番線・2番線、シナニア線快速は3番線・4番線、サイティナ線は5番線・6番線、コノギナ線は7番線・8番線、第1環状線は9番線・10番線から発車します」
シンカニアの複数の路線、それに多数の在来線に接続する。州都の中心ターミナルなのだろう。
「特急『ミノーディア11号』をご利用いただき、誠にありがとうございました」
長い旅を締めくくる、丁重なアナウンスが終わった。
長らくの汽車旅シーン、終わりました。
(終着駅には未だたどり着いていませんが)
最後のご飯は、「肉末焼餅」がモチーフです。
――北京では「仕事メシ」の経験しかない作者は、こちらは実物を食べたことがありません。