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109. 冒険者の事情

昼時なので、今回もご飯の描写があります。

 時計が12時半を回ったところで、昼食が配膳された。


 大皿の上に、薄切りされた肉が何枚も載せられ、細く切られたキュウリとネギが添えられている。

 4人の手元には、醤油のような色合いの黒い味噌、それに白い薄皮。加えて、鶏肉のスープも用意された。


「ユイナさん、これは……」

「アトリア焼鴨です。アトリア料理の『ごちそう』として、定番の品ですね」


 ――それは、見た目はもとより、名称すらも「北京ダック」だった。


「これ、この白いので肉と野菜を包んで、この黒いのをつけて食べるんですか?」

「はい。お肉と野菜をバランスよく入れるのがポイントです。この甘味噌は、お好みの分量でつけてください。あと、パクマトは破れやすいので気をつけてくださいね」


 言われるがままに、肉・キュウリ・ネギに黒い甘味噌をつけて白いパクマトに載せた上で、くるんで口に入れてみる。


「これ……これ……すごい……」

 ――ウィンタは言葉を失った様子だった。


「とろける味ですね、これ」


 脂ののりきった鴨肉とみずみずしい野菜。それがパクマトの中で渾然一体となって、うまみを醸し出している。甘味噌も、肉と野菜の双方にマッチしていた。


「でしょう? まあ、一般の家庭ですぐ出てくるたぐいのものじゃありませんけどね。『ミノーディア11号』は、アスマに入った日のお昼にこれが出ます。『12号』だと、出発した日の夕食ですね」

 この列車でも、とびきりの「ごちそう」として位置づけられているということだろう。



「ところで、ここのシンカニアって、どうやって防衛してるの?」

 北京ダックならぬアトリア焼鴨を食べつつ、ウィンタがユイナに尋ねる。


「基本は、北シナニア冒険者ギルドが当たっていて、攻勢が厳しいときは、アトリアギルドからも応援が出ます。北シナニアは、A級が5人いますから、総動員で拠点防衛ですね」

「A級が5人、か。カンシアでも、マストを入れて3人なのにね。それじゃ、『レイド』なんてしなくても大丈夫?」

「魔族が積極攻勢に出ると、さすがに厳しくなりますから、アトリア冒険者ギルドからも増援が出る……はずなんですけど、『民間化』からは、微妙にかみ合わなくなってきた感じでしたね」

 ユイナの表情が曇る。


「アスマは、1県1ギルド登録で、県のギルドが単純に移行してますから、県内の組織は前と変わってません。ただ、前は州庁の指示で他県に増援が出せたんですけど、『民間化』で、各県のギルドは分けられて、州庁が動かせる戦力がなくなってしまったので……」

 ユイナは、そこでため息をつく。


「ちなみに、以前も説明しましたけど、ノーディアの冒険者ギルドは国の組織で、県に置かれた冒険者ギルド部が『本部』になって、市郡に置かれた『支部』を動かす、という体制でした。県を超えるような案件は、州庁の冒険者局が調整して、応援部隊を派遣していましたし、中央のレベルでも、冒険者庁が全体を統括していました。A級冒険者は、冒険者庁本庁の戦力でもあったんです」


 ――そこまで詳しい説明は受けていなかった。


「けど、アルヴィノ殿下が主導した『民間化』で、『冒険者ギルド』は、市郡に登録される『冒険者の団体』になって、ゲントさんが言ったような人数制限も設けられました。ただ、エルヴィノ殿下が反対されたので、妥協の結果として、アスマとメカニアは、ギルドの登録は県単位、人数制限も適用されない、という形になりました」

「だから、カンシアは『ギルド』が商売敵だらけになったけど、アスマは前とあまり変わらない体制、って訳」

 ユイナの説明をウィンタが補う。


「それでも、州庁の本局とか、まして本庁とかが戦力を動かせなくなったのは、こういう大規模な案件になると厳しいです。私がアスマを離れた2年前……『民間化』から1年の間で、アトリアギルドと北シナニアギルドは不協和が出てきてたくらいですから、たぶん今は……」


 共闘はさらに難しくなっているとみるべきだろう。


「アスマでもそんななの? もうカンシアなんて終わってるわね。王都じゃ、B級の新規認定だって今年はゼロなのに」

「そうでしたね。王都庁もひどいですよね。A級なんて、『民間化』されてからは1人も認定されてないですし」

 ウィンタとユイナのやりとり。それを聞いて、由真はふと気づく。


「あれ? 今の制度だと、上位の『冒険者』って、認定を受けるんですよね?」

 由真が問いかけると、二人は頷く。

「けど、僕が陛下からいただいたのは……『任ずる』って書いてありましたけど……」

「ああ、それは……アスマのB級以上の冒険者は、引き続き官吏扱いになっていて、従来からの『任ずる』『叙する』で官記が出るんです。国とか県とかからお給料は出ませんけど」


 ――聞けば聞くほど複雑な仕組みらしい。


「そっか、ユマちゃん、『S級冒険者』だもんね」

「ええ。大陸暦元年の任官以来、120年ぶりの快挙ですから」

 そのやりとりで、由真はふと引っかかりを覚える。


「あれ? さっき、『勇者様』と『賢者様』は召還された、って……」

 彼らは、「S級」だったのではないのか――


「『勇者様』と『賢者様』は、『初期教育』が終わった時点で王国軍に入りました。『大将軍』として『元帥』の称号を受けて。ですので、冒険者にはなっていません」

 ユイナはあっさり答えた。


「それって、どのくらい偉いんですか?」

「元帥は終身のS1級なので、現職閣僚、総州総督、アスマ州長官と、S級冒険者、S1級魔法大導師、S1級神祇官と同格の最高位です。大将軍はS2級ですね」

「大将軍が階級の一番上で、参謀総長、軍務大臣、アスマ軍総司令官だけ。元帥はそのさらに上って訳。待遇はS級冒険者と同格だけど、軍全体の頂点に立てる、ってとこが違いね。手下の数が多い方が好きな人には、魅力的でしょ?」

 ユイナは淡々と説明するが、ウィンタの言葉と表情にはとげが見え隠れする。


「アルヴィノ殿下の思惑では、同じようにして『勇者様』を『元帥』として軍に入れる、という構想でした」

 その前例があるのなら、アルヴィノ王子の思惑も理解はできる。


「まあ、結果は……120年ぶりのS級冒険者が、ここでアトリア行の特急に乗ってる訳ですけど」

「ははっ、そうよね、それも『聖女騎士』さんとか『守護騎士』さんとかと一緒にね。いい気味よ」

 やはりウィンタは毒を吐く。


「ウィンタさんは、魔法師団から出て冒険者になったんですよね? その魔法師団って、どういう組織なんでしょう?」

 そんなウィンタの表情が気になり、由真はそう問いかけてみる。


「魔法師団は、名前のとおり魔法師の集まり。元々は、魔法省の実働部隊で、魔法学院とか魔法大学とかの卒業生が採用されるの。魔法で戦うこともあるけど、メインの仕事は、魔法の研究と開発、それに後進の教育」

 ウィンタは、口を切って窓外に目を向ける。


「けど、114年に、魔法省が軍務省に統合されて、魔法師団も、王国軍の専門師団ってことにされて、……あたしのいた第1魔法師団は、軍の将軍が師団長、士官が師団幕僚、ってことになったのよ」

 ウィンタの表情はにわかに険しくなる。


「団長は強制的に退任、あたしたちB級魔法導師は士官扱いされて、戦闘魔法を訓練しろ、ってことになって……」

「どうして、そんなことに……」

「バカ王子の方針」

 そういって、ウィンタは舌打ちした。


「あのバカ王子、戦争のことしか頭にないの。114年と117年の2回に分けて、いろんな役所がつぶされて、軍が我が物顔でのさばってる、って訳」

 険しいまなざしで窓外を見つめ、握りしめた拳がかすかに震えている。


「そもそも基本魔法もろくに使えない師団長と幕僚が、『そんなくだらない研究をしてる暇があったら戦闘魔法をやれ』ってしつこくて、それで、ね」

 ウィンタは、そこで大きくため息をつく。


「あたしは、ミセニアの遺跡探索の仕事を『曙の団』に依頼したことがあったから……失業してやけ酒してたとこで、マストに声かけてもらって、B級魔法導師からB級冒険者に転職、って訳。冒険者が官吏だった頃の制度に乗せてもらってね」

「それは……でも、『拾う神』がいてくれて、よかったですね」

 由真は、思わずそう言葉を返していた。


「そう、ね。ほんとによかった。……魔法師団は、どんどん軍に染められてて……戦闘魔法が苦手な魔法師は、結構退団して、冒険者になったり、田舎に帰ったりしてるみたいだから……」

「ウィンタさんは、『曙の団』の次期エースですからね」

 横合いから、ユイナが笑顔で言う。

 確かに、こうして「武者修行」に派遣されている彼女は、「曙の団」の明日を担う「エース」である。


「まあ、そうね。魔法師団のことは、もう過去だし……これから、頑張らないとね」

 ウィンタは、そんな言葉とともに笑顔を取り戻した。

「アトリア焼鴨」は、「北京烤鴨」の完全なパクリです。

ちなみに作者は、北京で北京烤鴨を(仕事メシとして)食べたことがあります。


それはさておき…

魔法師団から冒険者に転じたウィンタさんの視点から、この王国の「冒険者」の現状を少し詳しく解説してみました。

細かいことですが、再編前は「魔法師・団」(「魔法師」の集まりでトップは「団長」)、再編後は「魔法・師団」(「魔法」専門の「師団」でトップは「師団長」)となります。

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