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108. 鉄道と魔族

魔族や魔物のいる世界の鉄道事情です。

 列車は、11時ちょうどにナギナ中央駅から発車した。


「特急『ミノーディア11号』は、定刻通りにナギナ中央から発車しました。次の停車駅はコーシニア中央です。到着は、アトリア時間の18時30分となります。お席の時計をアトリア時間に調整いたしますのでご注意ください」

 そのアナウンスを受けて目を移すと、時計の長針がぐるりと1回転して、12時過ぎを指した。


 窓外は、高架で左側に複々線が連なる。そのうち奥の方の複線が上り坂になり、こちら側をまたぐ。通路側に目を向けると、高架線がそのまま向こう側へと伸びていた。


「あれはナギナ南北新線ですね。ナギナは、シンカニア整備で在来線が強化されたので、中央駅が新設されて、南北の新線ができて、東西方向もしばらくはこの高架線です」

 ユイナがそう説明しているうちに、左側の複線に設けられた相対式ホームの駅を通り過ぎていく。


「シンカニア整備?」

「ええ。今コーシニアまで伸びているシンカニア・コーシア線をナギナまで伸ばすシンカニア・ナギナ線の建設が進められていて、その一環で、州庁の補助金をもらって市内の在来線を強化してるんです。

 シンカニアを通すとなると、用地買収とかでもめたりするので、郊外で在来線につないで都心は迂回する方式と、都心の在来線もセットで強化する方式と、二択で地元対策をしてるんです。

 あとは、シンカニオで在来線を通す方式もあって、こちらも160キロは出せますから、予算がない地域だと、それでも受け入れられていますね」


 ――この類の「高速鉄道」があるということは、それに伴う地元対策の問題も、地球と同様に発生するのだろう。


「ここは、在来線セットで都心乗り入れなんですね」

「ええ。後は、本体のシンカニアが通ってくれれば、なんですけど……」


 ちょうどその頃合いで、列車は左側の複線に合流した。

 路線は地上に降りて進む。通路側に目を移すと、高架橋がまっすぐ延びていた。


「建設中、なんですか」

「そう、ですね」

「いつぐらいに完成するんでしょうね?」

 由真が問うと、ユイナは大きくため息をつく。


「今のところは、なんとも……妨害が続いているみたいですし……」

「反対運動ですか?」

 こちらでも、地球と同じようにNIMBYの問題が――


「いえ……魔族と魔物による攻撃です」



「魔族の本拠地はダナディアです。彼らは、そこからミノーディアを経て、アスマにはシナニアから侵攻してきます。ですから、アスマ州庁としては、シンカニアを延伸させて、戦力を迅速に展開できるようにしたい、というもくろみがあります。それは、魔族の側も当然承知していますから、シンカニアを絶対完成させまいとして、執拗に攻撃を続けています」


 ――魔族や魔物との戦いが続く世界。そんなところに敷設される高速鉄道には、当然、その「戦い」における戦略が関わる。


「コーシニアとナギナの間は、およそ700キロあります。今は、シンカニオ特急を使っても最短6時間半。シンカニア・ナギナ線が全通すれば、270キロ走行で最短3時間15分、アトリア西駅からでも4時間50分で結ばれる見込みです」


 その効果は絶大だろう。州都からの援軍が半日とかからずに到着できるとなっては、攻略する側からすれば、その難易度は一気に上がる。


「シンカニアは、所要時間短縮は劇的なんですけど、大きなトンネルや橋を作るので、ただでさえ魔族とぶつかる危険があるんです。実は、皆さんにつぶしてもらったセプタカのダンジョン、あれも……元は、シンカニアの建設基地だったんです」

「「え?」」

 ユイナの言葉に、由真と衛が上げた声が重なった。


「セントラからドルカナを通って、ゴトビラ半島に向かう船が出入りする港町のキリアまでつなぐ『シンカニア・北線』のトンネルと高架橋を作るために作られた基地が、オーガとゴブリンに襲われて、ドルカオ県の衛兵も返り討ちにされてしまって……結局、『北線』の建設自体が凍結になった、という次第なんです」


 そのような背景事情の存在は、今この瞬間まで、由真たちには全く伝えられていなかった。


「それ、もっと早い段階で、王国軍が制圧に向かうべきだったんじゃ……」

「ユマさん、『雑兵』として第13中隊にいましたよね? 王国軍が、一個連隊1000人を出したとして、あのダンジョンを陥とせると思います?」


 由真の言葉に、ユイナは苦笑交じりで応える。

 由真が配属された中隊は、ダンジョンに入ってゴブリンの群れに遭遇するや、前面に立てた雑兵隊を後ろから槍で「督戦」するばかりで、自分たちが戦う気配などまるで見せなかった。

 そのときは、由真がゴブリン52体を文字通り「つぶした」ため事なきを得たものの、もし雑兵隊が殲滅されたとしたら、残存部隊はどう戦っていたのか――想像することもできない。


「あのダンジョンは、『曙の団(うち)』だって、単独でつぶすのは無理だったけどね。衛兵も軍もだらしないから」

 ウィンタが言う。


「え? それじゃ、ダンジョンの攻略は……」

「『民間化』の前なら、本部が取り仕切って、本庁からも応援部隊を出して、いくつかのパーティーで『レイド』を組んで攻略してたけど、『民間化』されてからは、よそと『レイド』なんて、ちょっと考えにくくなったわね。何しろ、みんな商売敵だから」

 そう言って、ウィンタは大きくため息をつく。


「今回の『異世界召喚』も、『勇者様』が召還できたら、王国軍に取り込んだ上で、手始めにセプタカのダンジョンを陥として、『冒険者どもには手も足も出せなかったダンジョンを王国軍が陥落した』という実績を作る……というところまでが、織り込み済みの筋書きだったんです、実は」

 ユイナが語り始める。


「大陸暦105年まで、『異世界召喚』はたびたび行われていました。『ニホン』の優秀な人材を多数……拉致して、我々の技術水準は向上しました。ただ、Sクラスの方となると、67年に行われた召還で『勇者様』と『賢者様』が来られて、それが最後でした。この確率で、片道切符の非人道的なやり方ですから、105年に、原則禁止となった訳ですけど……」


 その「禁制」の話は、以前にも聞かされていた。


「アルヴィノ殿下とドルカオ司教は、前々から『異世界召喚』を考えていたようで、……初春の月に、私はドルカオ司教から『ニホン』の調査を命じられました。そして、Sクラス候補2人、Aクラス候補4人の存在を確認して……盛春の月、晩春の月は、行動がバラバラでしたけど、初夏の月になって6人が接近したので、召還を執行することになった、と……」

 そこまで言うと、ユイナは深く息をつく。


「それって、晴美さんと平田君、それに衛くんとか、和葉さんとか……」

「おそらくは。……ただ、途中で大地母神様が直接手を下される部分があって、『ギフト』はその部分で付与されるので、正確な対応みたいなものは、私にもわかりません」

「セレニア神官、その『Sクラス候補2人』の1人は、間違いなく、由真のはずです」

 それまで無言だった衛が口を切った。


「由真は、俺たちの世界にいた頃から、勉強もスポーツも、全てにおいて天才的でした。『Sクラスが2人』なら、間違いなく、その1人は由真です」

 由真を見つめながら、衛はそう言葉を続ける。


「まあ、そうなんでしょうね。結局、セプタカのダンジョンを制圧したのはユマさんの力ですし」

「こればっかりは、のろけじゃないわね」

 ウィンタのからかいの言葉に、衛は息が詰まった様子になる。由真も、返す言葉が浮かばなかった。

実は「鉄道と政治」でもあり、そして由真ちゃんたちの「学級召喚」の背景の一つにもなっていたという次第です。

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