107. ナギナ
ようやく大草原から抜け出します。
由真たちは、午後10時に就寝した。
由真は、もらった寝酒を飲み――目が覚めたら6時15分だった。
「おはようございます。特急『ミノーディア11号』は、現在定刻通りに運行しております。お席の時計はシナニア時間に合わせてございますのでお気をつけください。次の停車駅、ナギナには、シナニア時間の10時40分に到着いたします」
毎朝のアナウンスが、この日も7時50分に流れる。
(4日目になっても、きちんと定刻で運行しているのか。エルヴィノ殿下が乗ってるにしても、すごいな)
由真は感心せずにいられない。
ドルカナからベルシアに向かう「ドルカオ4号」は、5分遅れで出発し予定44分の行程を15分遅れで走行した。
それに対してこの列車は、この長旅を経てなお「定刻通り」に運行されている。
この列車は、ノーディア王国の鉄道で重視されているらしい「特等が埋まっている」という条件を満たしている。
しかもその乗客は、行き先の地方を預けられた第二王子という最重要人物である。
それでも、草原をひた走るこの特急の正確さは、感嘆にすら値する。
程なく、寝台が撤収されて朝食が配膳される。
「これは、羊の炒めご飯といって……」
「羊肉が入った炒めご飯……ですよね?」
ユイナはいつものように解説しようとした。しかし、今日は料理の固有名詞ではなく「羊の炒めご飯」と来た。
「あ、翻訳、通っちゃったみたいですね。昨日までのは、カザリア方言とかミノーディア方言とかだったので、翻訳を通らなかったんだと思います」
ユイナはそういって苦笑した。
由真たち「召喚者」は、全員が「標準ノーディア語翻訳認識・表現総合」というスキルを与えられている。
他が全て「レベル0」の由真ですら、これだけは「レベル10」という値がある。
これによって、本来読み書きも会話もできないはずのこの世界の言葉を、由真たちは日本語として使うことができる。
「冷めないうちに、いただいちゃいましょう」
ユイナに促されて、由真たちは早速その炒めご飯を食べる。
油は適量で、ほどよい香ばしさ。そして何より、日本人の舌になじんだ「米」の食感。由真にとっては、それは「至高の逸品」だった。
「そういえば、皆さん、お米にご関心ありましたよね?」
――ユイナは、それを覚えていたらしい。
授業の最初の頃に、カンシアとアスマの気候の解説があり、アスマでは「米がとれる」と聞かされて、多くの生徒たちが驚きを見せた。
「そうですね。『日本』……僕らの住んでいる地方だと、お米が主食なので、あのパンが続くのと、お米が出るのとだと……」
米飯という意味の「ご飯」が恋しくなる。それが人情だった。
「なるほど。あの、ベニリア……アトリアの周辺は、カンシアと同じく麦が栽培されていて、米がとれるのは中部のナミティアです。ただ、南北間には昔から運河がありましたし、今は鉄道で結ばれてますから、南の食材も北の食卓に並びますし、逆もしかりですね」
鉄道が存在する程度の文明。アスマは、それにふさわしい陸運と水運の体制によって、食生活も充実している。
「硬いライ麦パンしか出てこないどこかとは大違いですね」
「あれは、小麦は南部の一部でとれるんですけど、行き渡るところにはまんべんなく行き渡ってるんです。逆に、小麦は高く売れるので、南部の住人は、自分で食べるなんてもったいないことはしません」
由真の言葉にユイナはそう応える。やはり、カンシアの社会構造はゆがんでいるとしか言いようがない。
夏の日が高くなるにつれて、草原に家並みが現れる。
「あと10分ほどでナギナ中央に到着いたします。ナギナ中央駅は、4番線に到着いたします。お出口は右側です」
そのアナウンスは、10時半に流れた。この列車の「定刻」は、分単位であるらしい。
「乗換のご案内をいたします。シナニア西線、マティア北行、特急『シナニア24号』は、2番線から、11時10分に発車します。
シナニア東線、オプシア、コモディア、カリシニア、コーシニア中央経由アトリア西行、特急『白馬8号』は、同じホーム、4番線から、11時30分に発車します。
この列車は、ナギナ中央の次はコーシニア中央まで停車いたしません。オプシア、コモディア、カリシニアへお越しのお客様は、次の『白馬8号』へお乗り換えください」
乗換案内が続く。
「同じ路線の乗換もするんですね」
「ええ。今アナウンスがあったとおり、『ミノーディア11号』は途中を飛ばしていくので、細かく停車していく特急に乗り換えです」
「それ、日本の新幹線と遜色ないサービスですね」
速達タイプと各停タイプを分けて、前者から後者への乗換を可能とする。それはまさに日本並みだった。
「そうなんですか? それは光栄です。……ここからは、アスマ旅客の担当になりますから」
地元の会社のサービスを「ニホン並」と言われて、ユイナは悪い気はしない様子だった。
列車は高架線へと上り、10時40分にナギナ中央駅に到着した。
由真たちの寝台の窓から見える進行方向左側には、島式ホームが2面4線並び、うち奥側は両方に列車が停車していた。
通路越しに進行方向右側を見ると、この列車が止まる島式ホームの先にもう1面のホームがあり、車体が赤く染められた列車が停車していた。
その列車は、シンカニオと同様に、機関車の後ろに連節客車が連なっていた。
「あの赤いのが、『シナニア24号』ですね。南シナニア県の県都マティアまで行きます」
そちらに注目しているのに気づいたのか、ユイナがそう説明する。
「そういう特急もあるんですね」
「ええ。北シナニア県と南シナニア県はどちらも人口約1000万、ナギナは人口150万で、南シナニアの県都マティアも人口130万ですから」
「それ、ほんと桁違いよね。二つ足したら2000万って。カンシアの総人口が、ゴトビラ入れても3700万なのにね」
ユイナの言葉に、ウィンタが嘆息を漏らす。
「シナニアは、すごく広い田舎ですけどね。ちなみに、ユマさんの領地のコーシア県は、人口1200万です」
「いや、その、領地とかって、決まった訳じゃないんですよね? って、1200万?」
動揺して反応が一瞬遅れてしまう。その人口は、由真の想像――100万人前後――とは桁が一つ違っていた。
「ドルカオ方伯の所領って、ドルカオ県が80万、イノベア県が60万、ミシア県が60万で、合計200万なのよね」
「まあ、カンシアなら、人口200万で方伯ですから。なので、ユマさん、ドルカオ方伯にも、そんな遠慮しなくても大丈夫ですよ」
ウィンタとユイナの言葉に、由真は二の句が継げなかった。
ステップの草原を貫く大陸横断鉄道の、2日半かかる長い旅。
「退屈な旅が2日続いた」で済ませることはできず、さりとて面白おかしい話も作れないのが悲しいところです。
(途中盗賊が襲ってきてもよかったのですが、「襲ってきたので、由真は返り討ちにした」で行殺オチですし)
『銀河鉄道999』が「駅のある惑星に1日止まっていく」というのは、うまい仕組みですね。