105. 大草原の長い旅 (2) 魔族の地への砦
昼間うとうと眠っていると、夜は眠れなくなりますよね。
この日も、午後8時過ぎに寝台が設定されて、午後10時過ぎには就寝した。
しかし由真は、前夜に睡眠がとれた上に、日中たびたび眠りに落ちたせいもあって、なかなか眠りにつけない。
ふと目が覚めて、眠りに落ちていたことに気づく。寝台の中は未だ暗い。
直後、列車はブレーキの音とともに停止した。
カーテンを開ける――と、真向かいのカーテンも同じタイミングで開いた。
向こう側の人影――ユイナが、軽く頭を下げる。由真もお辞儀を帰して、二人は同時にはしごを伝って床に降りる。
衛とウィンタを起こさないように、足取りに気をつけながら区画から出ると、通路側がホームに面していた。そこには、「ヴィグラシア」という駅名表示が見えた。
「ここは、乗り降りができる停車駅なんです」
声を潜めてユイナは言う。
「今、夜中ですよね?」
同じく声を潜めてそう言いつつ、由真はホームに目を向ける。
目についた時計は、4時40分を少し回ったところを差していた。すでに早朝というべき時刻になっていたらしい。
(7月下旬の割には暗いな)
5時近くともなれば空は明るくなっているはずだが――
「ここは、特別なんです」
ユイナの声で、由真は我に返った。
「ダナディア辺境州のお話はしましたよね? ミノーディア州南部のコスティ山脈、カザリア辺境州南部のカロリ山脈、ダナディア辺境州との間にある二つの山脈が、この付近でちょうど途切れるんです。つまり、ここが、ダナディア辺境州からの回廊になっていて、ここの南方50キロほどのところに、『ヴィグラシア城』という城塞があるんです」
ベルシア神殿での「初期教育」の二日目に教えられた内容。
魔族たちの本拠地「ダナディア辺境州」との間には急峻な山脈があり往来は制限されているものの、「回廊のような箇所」もある。
ここが、その「回廊のような箇所」だった。
「ヴィグラシア城までの支線は、軍の専用線になりますから、普段は軍の関係者しか乗れません。それでも、ここは王国軍1個師団10000人の駐留する城塞が近いので、それなりに開けています」
確かに、10000人が居住する拠点があれば、関連する物資の供給だけでも経済は成り立つだろう。
「まあ、神官でも軍付司祭しか入りませんし、冒険者は軍から要請がなければ行くこともありませんけどね」
つまり、ユイナも由真も、当面この地に縁はないということだ。
「それは……できれば一生、関わらずに済ませたいですね」
そう言うと、暗がりの中でユイナは軽く首をかしげる。
「ユマさんが、関わらずに済むかどうかは……怪しいですよ? アルヴィノ殿下に王国軍、それにあの勇者様。あの人たちだけで……魔王が倒せる……と思います?」
闇夜の中だからか、ユイナは正面から問いかけてきた。
「わざわざ『雑兵』の僕を徴兵する、とかですか? 聖剣もあることだし、そのくらいは自力でやって欲しいです」
セプタカのダンジョンに挑んだとき。
あのときの「レイド陣営」程度の戦力があるのならともかく、序盤のように「雑兵隊」の一人として後ろの督戦隊に小突かれながらゴブリンの相手をするのは、由真としてもさすがに不本意だった。
「そうして欲しいです、けど……」
ユイナは、首をかしげたまま、そんな言葉を返す。
聖剣を軍刀よろしく振りかざし、由真たちを死地に向かわせた「勇者」平田正志子爵。
由真だけならともかく、高レベルな同級生の晴美と衛と和葉を、教師の役目も負っていた優秀な神官たるユイナを、経験豊富なA級冒険者のゲントさえも、「雑兵」同然に扱った人物。
彼が「勇者」として君臨するこのノーディア王国では――
「自力で片付けて欲しいです。本当に」
由真は――強い願いを込めて――そう応えた。
ヴィグラシアを出てから寝台に戻った由真は、軽く眠りに落ちた。
目が覚めたら、時計は6時半を指していた。
「おはようございます。特急『ミノーディア11号』は、現在定刻通りに運行しております。お席の時計はミノーディア時間に合わせてございますのでお気をつけください。次の停車駅、オルヴィニアには、ミノーディア時間の16時40分に到着いたします」
7時50分になると、昨日と同じアナウンスが流れる。
「三日目でも、定刻で走ってるんですね」
「この特急は特別扱いなんです。貨物列車の行き違いも、向こうを待たせてこちらは通過ですし、運転手も機関車に3人乗務して交代で運転します。まあ、ミノーディア線は列車交換できる場所が限られてて、それでも貨物列車は毎日走ってますから、時間通りに走る訓練はできてますけどね」
そんなやりとりをしているうちに給仕がやってきた。
昨日と同様に、寝台が撤収されて朝食が配られる。
この日は――「細麺の焼きそば」だった。
「今日のこれは、ソルパ・グリルタといいます。カザロヴラニと同じような羊肉の焼きそばですけど」
風景も変わらなければ、主食の大筋も変わらないということだろう。
「ミノーディアには、ソルパ・ニラルタというスープの麺もあるんですけど、配膳しているうちに伸びちゃうので、特等じゃないと出ませんね」
確かに、「スープの麺」――「ラーメン」となると、各寝台に配膳するこの形式で提供するのは難しいだろう。
ともかく、目の前に供されたソルパ・グリルタを箸でつまむ。
昨日のカザロヴラニとは異なり、こちらは野菜――にんじんとキャベツが混じっている。
飲み物として、昨日来のアウナラも添えられている。
野菜も入っているとはいえ、羊肉が中心のこってりした焼きそばには、この飲み物はありがたかった。
当然ながら、あのダンジョン攻略の際の「ブラック鎮守府」には、さすがの由真ちゃんも思うところはあった訳です。
3泊4日の大陸横断鉄道の旅、3日目の朝食まで来ました。