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102. 鉄道事情は複雑怪奇

今回は鉄分()が濃厚です。ご注意ください。

 昼下がりの車窓は、流れる速度が明らかに落ちた。急行列車と同程度としか見えない。


「列車、遅くなりましたね」

「まあ、ナスティアから先は、普通の急行と同じですから」

 由真の言葉にユイナが応える。


「ナスティアまでは、違ってたんですか?」

「ええ。あの、出る直前にも『ナスティア号』が来ましたけど、セントラからナスティアまでは、シンカニオを使った特急の扱いなんです」

「ナスティアで扱いが変わるんですか?」

「ええ。列車運行の会社が変わりますから。ナスティアまでは王都列車、ナスティアからは北部列車で、王都列車は『ガリコ』を出しますけど、北部列車はそうじゃないんです」

「ここも、国鉄が、分割民営化されたんですか?」

 由真とユイナのやりとりに、衛が問いかけてきた。


「はい。『ニホン』の最新式の優れた制度を導入するとかで、117年に民営化されましたね」

「あれって、『ニホン』の仕組みだって言うけど、あたしとか、素人だから今でもわかんないんだけどね」

 ウィンタが首をかしげて言う。


「私も、よくわかりませんね。線路の会社と列車の会社を分けて、列車の会社が線路の会社に通行料を払う、っていうところまではまだわからないでもないですけど、線路の会社が路線別だか地域別だかで競りをかけて列車の会社を決めるとか、けど他の会社も走らせていいとか……何がなんだかもうさっぱり……」


 ユイナの言葉に、衛は首をかしげる。


「日本の……仕組み?」

「衛くん、この人たちの言う『ニホン』って、地球全体のことだから……」

 当惑をあらわにする衛に、由真はその大前提を告げる。


「その、今聞いた感じだと、その仕組み、僕らの世界の『イギリス』っていう国がやったものだと思います。線路の会社と列車の会社を分けて、メインで運行する『フランチャイズ』を入札で決める、っていうのだと。……ただこれ、『イギリス』で、失敗した……っていうと誹謗中傷になっちゃいますけど、ちょっとやらかしちゃった奴なんですけどね……」

 続けて、ユイナとウィンタに説明する。


「やらかした、というと……」

「線路の会社の方が、株を売るところまで行ったんですけど、もうけを出すために、肝心な線路の手入れで手を抜いて、大事故になってしまって経営破綻したんです。それで、線路の会社は利益を出さなくていいたぐいのものに替えた、という……」

 わかりやすく客観的に、というつもりで由真は説明する。


「え? ちょっと、カンシア鉄道、大丈夫なの? 株売らなかった?」

「売りましたね、盛春の月に。悪い噂もありますし。それこそ、線路の手入れはいい加減、とか……」


 ――ウィンタとユイナの反応に、由真は言葉を失ってしまう。


「その、由真、……そのイギリスの仕組み、なんでそんなややこしいんだ? それも、失敗したって……」

 そこに衛が問いかけてきた。

「それは、列車の会社が競争するから、サービスがよくなる、っていう、ありがちな……じゃなくて、経済の原理に則った話だね」

「サービスがよくなる……のか?」

「どうかな……イギリス以外で、これのまねをした国はないし……EUの基本方針は、上下分離とオープンアクセス、ってことになってるけど、双璧のフランスとドイツは、どっちも、会計を分けてるだけで、国鉄系の会社が線路も列車も持ってるから。それに、どっちも株は全部政府が持ってるし……地域分けして、もうかってるとこは株を売った日本なんて、それこそドラスティックな方だよ」

 由真が言うと、衛は、そうなのか、と応えた。


「あの、ノーディアでもですね、こんなややこしいのはカンシアだけで、アスマも、ミノーディアもメカニアも、鉄道と列車は分けましたけど、競りとかはしてません。アスマは、列車はアスマ旅客列車とアスマ貨物列車、線路はベニリア鉄道、ナミティア鉄道、コグニア鉄道が責任を持ってます」

「まあ、これも、ギルドの件と同じで、アルヴィノ王子の方針でしょ? ろくなものじゃないわよ」

 ユイナの説明にウィンタが言葉をかぶせる。


「それで、王都とか北部とかって言うのは……」

 由真は、そういって元々の話に戻す。


「王都の近郊とナスティアまでは、王都列車運行という会社が運行してます。王都列車は、財政に余裕もありますし、ナスティアは、陛下がご静養されているお膝元ですから、在来線でも前後からガリコで引っ張るシンカニオを出します。

 ナスティアから先は、北州の路線を競り落とした北部列車運行という会社が運行していて、こちらは、シンカニアのドルカオ線が中心で経営が苦しいので、機関車を2両使うシンカニオは出さないんです。機関車が増えると、線路の会社、カンシア鉄道に払う通行料が跳ね上がるらしくて……

 シンカニオなら、在来線でも160キロ出ますけど、普通のは、100キロくらいしか出ませんから……」


 地域で会社が別れたことで、運行の対応に差が出るようになったのだろう。


「だから、あの二階建てが走ってたんですね」

 ナスティア駅に到着したシンカニオは「二階建て」だった。それは、在来線用だから――


「ええまあ、あの二階建て、モディコ400系っていうんですけど、あれは人気がなくて、ナスティアの近郊特急とか、オスキアからの地方特急とか、そういうのに回されてるんです」

「遅いんですか?」

「いえ。むしろ、ちゃんと320キロで走れるのは、300系じゃなくて400系の方です。400系は、全部アスマで製造してますから」

 由真の問いに、ユイナは珍しく誇らしげに答える。


「今の300系は、無理をすれば300キロ出せる程度の車両を、400系用の機関車『ガリコ400型』に付け替えて、特等車が埋まってるときだけ320キロで走ってるだけです。400系の方は300系用の『ガリコ300型』に付け替えられて在来線を走らされてるんです」

「何でそんな? あんな危なっかしい車両で無理に飛ばすとか……」

「400系は『人気がない』んです、貴族方には。あれは……一階が三等室ですから。三等がついてる列車は、貴族方に嫌われるんですよ」


 ――思わぬところで、ノーディア王国貴族の選民思想が出てきた。


「特等車がついてない訳じゃなくて?」

「特等がついてない列車なんて、カンシアには売れませんよ。特等がついてても、同じ列車に三等もついている……というのは、貴族方にはご不快なんです。なので、300系は特等車・一等車・二等車しかつながってません」

 そう答えるユイナの表情は――さすがに「あきれかえった」という趣だった。


「モディコ400系も、12両編成に特等車1両と一等車2両をつけていて、そこだけは平屋なんです。けど、カンシアでは不人気です。……エルヴィノ殿下も、もうカンシア向けのお仕事はできない、とお考えですね」

「なんていうか……それ、カンシアの鉄道、成功する道筋が全く見えないですね」


 由真もまた、あきれてそう言うよりなくなってしまった。

「まあ、これも、ギルドの件と同じで、アルヴィノ王子の方針でしょ? ろくなものじゃないわよ」

――今回のお話は、鉄分を抜きにすると、ウィンタさんのこの台詞に尽きます。


以下は鉄道的な余談です。


この「ややこしい仕組み」は、「上下分離」「フランチャイズ制」により大胆な分割民営化を行った英国をモデルにしています。

ハットフィールド事故で「やらかした」レールトラックというところを含めてです。

英国は、その件以降はシステムをきちんと運用できています―が、この世界のノーディア王国は指導層がアレなので…


機関車を入れ替えて云々は、TGVの「POS」と「デュプレクス」をモチーフにしています。やはりこの世界なので、くだらない意図を含んでいますが…

ちなみに、フランスの二階建てTGV「デュプレクス」は、最高320km/hで走行できる優れものです。


列車系列の呼び名「300系」は、初代「のぞみ」のアレにちなんでいます。あの空を飛ぶ乗り心地は、今でも忘れられません…

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