101. 女神官の道
女神官さんの身の上などのお話です。
時計が午後1時半になったところで、ホームの反対側に列車が入ってきた。
それは、白地に青帯のシンカニオで、先頭の機関車に続いて現れたのは「二階建て」の車両だった。
「ユイナさん、あれは?」
由真は、真向かいのユイナに尋ねる。
「あれは、シンカニオを使った特急ですね。ナスティア止まりの『ナスティア号』って言います。殿下は、あれに乗られていたはずです」
「あれ、二階建てですけど、シンカニオとしては使えるんですか?」
「あの、それは……」
ユイナが言いかけたそのとき、扉がノックされた。
「なんでしょうね、もう検査は終わったのに……」
そう言って、ユイナは扉を開ける。そこには、神官服を着た男性が、衛兵とともに立っていた。
「セレニア神祇官猊下、神祇院より辞令をお持ちいたしました」
そういって、神官は封筒をユイナに差し出した。
「あ、はい、どうも、お疲れ様です」
「それでは、失礼いたします」
その紙をユイナが受け取ると、一礼して神官は立ち去った。
「辞令って、まさか……」
ユイナが封筒を開けると、中から上質紙が現れた。それを見た瞬間、ユイナは眉をひそめる。
「どうしたんですか、神祇官猊下?」
由真は――あえてからかうように――ユイナに声をかける。
「いえ、これが、来ちゃいました」
ユイナは、そういって紙を由真たちに見せる。
そこには、「S1級ユイナ・アギナ・フィン・セレニア 勅命を奉じ神祇理事に指名する 大陸暦120年盛夏の月24日 神祇長官タルモ・アギノ・フィン・ナイルノ」と記されていた。
「これ、例の定員10人の?」
「ええ。まあ、S級神祇官になった時点で、A2の神祇理事のお歴々より格上になるので、これが来るのは仕方ないんですけど」
神官の指導層になる神祇官。そのうち10人以内が指名されるという神祇理事。
ユイナは、その1人に指名されたということだ。
「今朝まで、B1級の神官だったのに、神祇理事とか言われても……」
ユイナは戸惑いを隠しきれない様子だった。
「でも、ユイナさん、A1級神祇官候補生、とかでしたよね? 神祇官になるのは、既定路線だったんじゃ……」
由真が言ったそのとき、列車はホームから走り出した。
「いえ、そこは、実はいろいろあったんです」
ユイナは、ソファーに腰を下ろしつつ、そう口を切った。
「神官は、本来はクラスに応じて、SクラスがS級、AクラスがA級、BクラスがA級、CクラスがC級で、S級とA級は『神祇官』になるんです。といっても、SクラスとかAクラスの神官なんて、実際はごくまれにしか出ませんから、クラスのレベルが低い人でも上の等級を与える運用になってるんです。
B級で言うと、Bクラスの場合は『B2級』、Aクラスの場合は『B1級』、Cクラスの場合は『B3級』と、本来の水準なら『2級』、本来がより上なら『1級』、より下なら『3級』になります。
S級だけは、上がないので、Sクラスが『S1級』、Aクラス以下なら『S2級』ですけど……」
ユイナはそんな説明を始めた。
「ちなみに、冒険者はクラスどおりの級になるわよ。うちのマストはAクラスだから『A級』ね」
ウィンタが「冒険者」の立場から補う。
「本来は、S1級とA2級が並んでいるべきなんですけど、実際には、神祇官でA2級の方は、20人しかいません。A1級はゼロで、他は67人皆さんA3級です」
「すると、ドルカオ司教は……」
「あの方も、A3級です」
由真たちの召還を強行した司教の名を出すと、ユイナはそんな答えを返した。
「ドルカオ司教、次期長官筆頭候補、っていう話じゃ……」
「それは、ドルカオ方伯家の方だから、です」
そう言うと、ユイナはため息をつく。
「実は、『神祇官候補生』という制度が……本来は、クラスが高いからと言っていきなり神祇官に任命するのではなく、ある程度経験を積ませてから、ということで、2年間研修させる仕組みとしてできたものなんです。
けど、実際には、『神祇官候補生』とされて2年が経過すれば『修了』ということで神祇官に任命される、という運用になってしまって……B3級神官が『神祇官候補生』になって2年在任するだけで、というのが……」
「貴族出身の神官が、そういうコースに入るようになった、とか?」
由真が問うと、ユイナは頷いた。
「家の支えもありますから、そういう方々の方が政治力はあります。今は、長官台下がS1級で、陛下の信頼も厚いので、なんとか抑えが効いてますけど、ドルカオ司教が後継者候補と言われている、ということですから……」
実力の伴わない、政治力のみの貴族出身神官が幅をきかせる体制。それが強化されつつあるということだ。
「けど、ユイナさんも『神祇官候補生』になったんですよね?」
「それが……大変だったんです。元々、エルヴィノ殿下が強く推薦されて、長官台下も了解されたんですけど、神祇理事の皆さんは、反対意見が強くて……」
「なんで、反対したんでしょうね?」
「孤児の住人ふぜいが神祇官になるなど許されない、神祇官の尊厳が汚れる、と……」
――予想通りの反対理由だった。それを聞いただけで、由真の心にも怒りがにじんでくる。
「まあ、実際、B1級……本来AクラスでもB級という神官も、2年前で16人いましたから、私がその人たちを飛び越す、ということになるのも、という話もありまして……」
「B1級神官が16人もいて、A3級神祇官が67人って、明らかにおかしいですよね?」
「そういう仕組みですから……」
由真の疑問に、ユイナは力のない笑みとともに答えた。
「ユイナさんは、Sクラスだったから、最後は候補生になったんだけどね」
横からウィンタが言う。
「ええ、まあ……Sクラスデュアルギフトもありましたから、B1級神祇官として、A1級神祇官候補生になりました。ただ、ちょっとでも気を緩めると、忽ち落第にされてしまうので、神殿の幹部には逆らえない状態でしたけど」
「それって、貴族出身の『候補生』なら2年経つだけで修了、臣民出身の『候補生』は修了させない、とかそういう……」
「やっぱり鋭いですね、ユマさんは。そのとおりです。最初のうちは、隙あらば不合格にしよう、と、神殿幹部は相当躍起になってました。私は……エルヴィノ殿下直々に推挙を賜った以上、絶対落第する訳にはいきませんでしたから……」
そういって、ユイナは窓外に目を向ける。
「言い訳になりますけど……あの召還も、やらなければ不合格、という『課題』にされてました。対象の2人を判定して、その2人が行動をともにする時機をうかがっていて……ただ、私の術式に、モールソ神官を通じてドルカオ司教が介入して、規模を40人まで広げて……そんなことをすると、術者……この場合、私の『ラ』が足りないと、精神崩壊……最悪、死ぬ恐れもあったんですけど……」
由真たちをこの異世界へと引きずり込んだ「異世界召喚」。
その術を発動したのは、他ならぬユイナだった。
とはいえ、その術は、ユイナ自身の生命をかけるほどのものだったということだ。
「まあ、私が壊れても術は止まらないように組んでおきましたし、私は、あの後、皆さんのステータス判定とか、クラス登録とかもできましたから、別に問題はなかったんですけどね」
それはあくまで結果論だ。
ドルカオ司教やモールソ神官がそう思っているとしたら、明らかに人道にもとるというべきだ。
「ともかく、そんな感じだったので、私は、『候補生』の課程が修了できるかどうかは、正直、今日まで不安だったんです。ただ、あの『召還』の件で、長官台下はドルカオ司教に謹慎を命じられて、それが今日まで続いていましたから……」
その「元凶」が謹慎させられていたことで、ユイナの研修が修了し、神祇官に任命される道筋がついたということだろう。
「ってことは、ドルカオ司教が復活したら、ユイナさんの立場は……」
「たぶん、もう大丈夫だと思います。神祇官が他の神祇官の身分を奪うことはできません。まして、S級は陛下が親ら任命される立場ですから、いくらA級でも、簡単にどうこうはできないと思います」
ユイナの苦労は、ようやく報われた、ということだろう。
それが覆されることは、絶対あってはならない。
ユイナの地位が危うくなるなら、いかなる手段を使ってでも対抗する。
由真は、そう自らに誓った。
ユイナさんの「成り上がり」までのお話でした。
「ギフト」や「クラス」が神様によって判定されるのに、身分制が壁になる社会です。