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100. 出境審査

記念すべき第100話になります。

 丁重な礼とともに副市長が退出すると、入れ替わりのように、扉が――ノックもなしに――開かれた。


「出境審査だ! 通行手形に乗車券、それと荷物を出せ!」


 過剰なまでの大きな声。戸口には、革鎧をつけた男が4人立っていた。革鎧の胸部には「ウェネリア県衛兵隊」と記されていた。


「まずは3番の女、名と生年月日と年齢、それと職業は?」

 続けられた声。3番寝台の客は、ユイナとウィンタ。いずれも女性である。


「ウィンタ・ボレリア、大陸暦95年初夏の月7日生まれの25歳、職業は冒険者」

 ウィンタが、そう言って通行手形と切符をかざす。


「冒険者? ごろつきか。何をしに行くつもりだ?」

 男――革鎧の表示が正しければ衛兵は、そういってウィンタの背嚢を無遠慮に開ける。中に入っていたのは、主に着替えと本だった。


「研修です。アトリア冒険者ギルドの招聘です」

 答えたのはユイナだった。

「ねえ、あたしの荷物、いつまであさってるつもり?」

 そして、ウィンタが憮然とした面持ちで言う。

 衛兵のやっていることを客観的に見れば、若い女性の着替えを手に取り喜んでいる変態行為だった。


「怪しい魔法具はないようだな」

「あるわけないでしょ?」

 当然ながら、ウィンタの機嫌はひどく悪化している。


「まあいい。次は、4番の男」


 衛兵は、ウィンタの着替えをあさる行為(のようにしか見えない手荷物検査)を止めて、4番寝台の男性、すなわち仙道衛を指名した。

 衛は、取り出した通行手形を見てから、切符とともに相手に見せる。


「マモル・バルノ・フィン・センドウ、大陸暦103年晩夏の月14日生まれの16歳、職業は……」


「え?」

「だ、男爵閣下?!」

「し、失礼いたしました!」


 ――衛も、一連の功績で男爵に叙されており、氏名の「バルノ・フィン」にその爵位が示されている。そして、相手が「男爵閣下」と判明したとたん、衛兵たちは背筋を伸ばして敬礼した。


(何この典型的な小役人感?)

 由真もさすがにあきれてしまう。


「あの、規則ですので、念のため、お荷物を確認いたします」

 そういって、衛兵の1人が衛の鞄を開ける。中に入った衣類や本を一目見て、すぐにふたを閉ざした。


「もしかして、そちらの神官殿と女学生は、男爵閣下のお連れでしょうか?」

 黒いワンピース型の神官服を着たユイナとセーラー服を着た由真に目を向けつつ、衛兵は問いかける。

「いや……むしろ、俺が、この二人の連れです」

 衛は、特に表情も変えず、淡々と答えた。


「は、はあ……」

「それでは、神官殿、よろしいですかな?」

 衛兵は、そういって「神官殿」――ユイナに声をかける。


「はい。あの、ユイナ・アギナ・フィン・セレニア、大陸暦103年晩冬の月26日生まれの17歳、職業は神官です」

 身分証と切符をかざしてユイナが言うと、衛兵たちの顔が一様に青ざめる。


「じ、神祇官猊下?!」

「ご、ご無礼、申し訳ございません!」


 衛の「バルノ・フィン」と同様に、ユイナの「アギナ・フィン」は、彼女が神祇官という身分であることを示している。


「そのっ、神祇官猊下! 猊下のお荷物は、結構でございます!」

「どうぞ、ごゆっくりおくつろぎください!」


 ――「神祇官猊下」の手荷物検査は、省略になった。


「その、そちらの、学生さんは……」

 ウィンタのときには横柄だった衛兵たちは、「男爵閣下」に続いて「神祇官猊下」が出てきたところで、すっかり態度が変わっていた。


「僕は……」

 由真は、先ほどラミリオ副市長から受け取った通行手形を見る。


「ユマ・ブルディグラファ・フィン・ナスティア、大陸暦104年晩冬の月29日生まれの16歳、職業は冒険者です」

 そこに記されたとおりの情報を読み上げると――衛兵たちは一瞬硬直した。


「……城伯……閣下?!」

「あ、さっき、副市長が通ってただろ?」

「そういえば……こんなとこに何しに来たかと思えば……」

「って……ことは……」

 などとやりとりした衛兵たちは、そろって腰を直角に折る。


「ご無礼、誠に申し訳ございませんでした! 城伯閣下!」

 ――態度の豹変、ここにきわまれり、だった。


「えっと、それで、荷物は……」

 ユイナのような「省略」とはならないだろう、と思い、由真は背嚢を手に取る。


「あ、いえ! とんでもございません! 城伯閣下のお手荷物は、当然結構でございます!」

「これにて、検査は終了させていただきます! おくつろぎのところ、申し訳ございませんでした!」

 どうやら「神祇官猊下」と同じく検査は省略されるようだった。


「ああ、そうそう、衛兵さん。言い忘れるところでした。私は、ナスティア城伯閣下をアトリアにお連れする途中でして、前の5番・6番と7番・8番の皆さんは、城伯閣下のお連れです。5番の方にも、子爵閣下と男爵閣下がおられますので、失礼のないようにお願いしますね」

 立ち去ろうとする衛兵たちに、ユイナはそう追い打ちをかける。

「う、承りました! 神祇官猊下!」

 そんな言葉とともに、衛兵たちは扉を丁重に閉ざした。



「何だったんですかね、あれは」

 衛兵たちが立ち去って、由真はそんな言葉を漏らしてしまう。


「境界検査の衛兵は、だいたいあんな感じですよ。三等車になると、もたもたしてたら『さっさとしろ』って脅されますから」

「けどユマちゃん、さっきの『それで荷物は』は傑作だったわね」

 苦笑するユイナの横で、ウィンタがそう言って吹き出す。


「え?」

「領主様の手荷物を衛兵が開けるとか、絶対あり得ないでしょ?」

「ユマさん、ここがナスティア駅だって、わかっててやってましたよね?」

 ウィンタとユイナに言われて――ようやく由真は、先ほどのやりとりの意味を理解した。


 由真は「ナスティア城伯」――すなわちこの駅のあるこの街の領主だと名乗った。

 衛兵たちも、元々この街の臣民――すなわち「ナスティア城伯」が支配する領民なのであろう。

 あの態度の衛兵たちに、「俺、お前らの領主だけど、俺の荷物チェックする?」と言うのは――


「あ、いえ、そういうつもりは……」

「ま、こっちもすっとしたけどね」

 ウィンタは、そういって笑う。

 確かに、男たちに着替えをあさられた彼女にしてみれば、由真が衛兵たちに「反撃」したのは、多少なりとも憂さ晴らしになったのだろう。


 ――そう思うことで、由真は当座の感情を落ち着けるしかなかった。

THE 小役人な衛兵たち。

いつも通り威張って検査しようとしたら相手が領主様だった件。お供も神祇官様と男爵様でもう涙目です。


そんな、「成り上がり」の御利益です。

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