99. 出発
ようやく、列車が出発します。
12時ちょうどに、由真たちを乗せた「ミノーディア11号」はセントラ北駅から発車した。
この列車は、シンカニオには及ばないものの、急行列車よりは明らかに速かった。
「ご乗車ありがとうございます。この列車は、特急『ミノーディア11号』アトリア西行きです」
そんな声がする。車掌の姿はない。車内アナウンスのようだった。
「途中、ナスティアに12時45分、イトゥニアに19時20分、アフタマに明日13時ちょうど、ヴィグラシアに明後日4時40分、オルヴィニアに明後日16時40分、ナギナ中央に27日10時40分、コーシニア中央に同じく18時30分、タミリナに同じく19時55分、終点アトリア西には、27日20時10分に到着を予定しております」
――到着は、3日後の夜だという。ずいぶんと長い旅になる。
「あの、アフタマ……カザリアから先は、時差がありますから、実際の時間はもう少し短いです」
由真の心を察したかのようにユイナが言う。
「ちなみに、セントラとアトリアとの間は、時差が5時間あります」
王都セントラとアスマ州都アトリアの間は、直線距離でおよそ5000キロ。その程度の時差があって当然だった。
「とりあえず、ナスティアに着く前に、お昼は済ませてしまいましょう」
そう言われて、磁器製のふたを持ち上げると、中には、パン、ソーセージに漬けキャベツ、豚肉と野菜の入ったスープ、それとエールがあった。
昼食を取り一息ついた頃、列車は徐々に速度を落とす。
「まもなくナスティアに到着いたします。ナスティアには55分停車、13時40分の発車を予定しております。なお、ナスティアでは出境審査がございますので、通行手形と切符をご用意の上、手荷物検査のお支度をお願いいたします」
そんな車内アナウンスが流れる。
程なく、由真たちの区画の扉がノックされる。ユイナが扉を開くと、晴美が立っていた。
「ユイナさん、今のはいったい……」
「あの、文字通りです。王都からは、出るときも出境審査があります。車内に衛兵が入ってきて、通行手形と切符を確認して、手荷物検査もします」
「出てくだけなのに?」
「妙な者を逃がさないため……ということで……」
さすがに晴美は、「出境審査」への当惑がぬぐえない様子だった。
「晴美さん、『入鉄砲と出女』って奴だよ」
由真は、取りなすように晴美に言う。
「ほら、僕らは別に人質じゃないけど、犯罪者とかが逃げられたらまずい……ってことじゃないかな?」
「そういうこと……いい気はしないわね」
晴美は憮然とした面持ちで応える。それは仕方ないだろう。
「あの、審査は、こちらが先になりますから、私の方である程度説明しておきますので……手荷物を開けられるのだけは、承知しておいてください」
そこでユイナが言う。
「わかったわ。それじゃ、そういうのがある、って、こっちと、あと7番・8番の子たちにも伝えておくわね」
「済みません」
そんな言葉を交わして、晴美は前方に戻った。
12時45分。
定刻に、列車はナスティア駅に到着した。
直後、由真たちの区画の扉がノックされる。
「もう検査ですか?」
さすがに、由真も眉をひそめずにいられない。
「いえ、1番・2番が先になるはずですから……」
戸惑いをあらわに、ユイナは扉を開く。そこには、初老の男性が立っていた。
「失礼いたします。私は、ナスティア市副市長、サリモ・ラミリオと申します。城伯閣下に、ご挨拶いたしたく……」
――ここは「ナスティア」の駅。そして由真は「ナスティア城伯」だった。
「あ、僕が、ナスティア城伯を仰せつけられた、由真と申します」
由真は、慌てて立ち上がり、そして相手に一礼する。
「恐れ入ります、閣下。まずはこちら、閣下の通行手形となります」
相手――ラミリオ副市長は、そういって札を由真に差し出した。
「閣下には、アスマにお住まいになるとお聞きしておりますが、執務所が決まりましたら、通信線を用意させていただきます。今の段階で、何かお申し付けがございましたら、承りますが……」
ラミリオ副市長は丁重な口調で言う。
「あの……」
口を切った由真の脳裏に、午前に拝謁した国王の姿が蘇った。
「とにかく、ここは、国王陛下がご静養されている離宮のお膝元、陛下の御心をお騒がせすることなく、ご静養に専念いただけるよう、今までのよい取り組みは続けていただいて、改めるべきところがあれば改めて、よろしくお願いします」
この地の支配。それ自体は、ラミリオ副市長が経験も手腕も見識も備えているはずだ。
今日爵位を受けたばかりの異世界人に過ぎない由真など、彼にあえて指図する立場にはない。
ただ、病に疲れた国王の姿を思えば、その「御心を安んじていただく」ことだけは、「領主の意向」として示しておくべきだろう。
「しかと、承りました、城伯閣下」
ラミリオ副市長は、そういって深々と一礼する。由真は、よろしくお願いします、と重ねて言葉を返した。
「領主様」が地元を通るので、副市長が通行手形お届けを兼ねてご挨拶に参上した次第です。
朝方に叙されたばかりの「領主様」ですが、副市長は丁重です。