17話~「ルーイヒ研修①」~
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最後はくどい部分は飛ばして構わないです。
馬車の荷台の中で人が揺れている。時々、声がかかるが会話に結び付くことはない。これは会話が禁止されているからではなく、純粋に続かないからである。
最初こそはアデレードがいろいろな人に話題を振っていたものの、数時間もわたるとその話も尽きてしまったのだった。まあ知り合ってから一か月程度しか経っていない面子に加え、いろいろと地雷が埋まっている以上中々話題が見つからないというのもあるのだが。
なぜ、彼らが馬車に乗っているのか。それはある町へ研修に行くためである。話は少し前に遡る。
「皆さんの研修先が決まりました。ルーイヒに向かうことになります」
マキュベスがHRの時に宣言するが、庶民組の多くはその顔をぽかんとする。まだ地理を十分に勉強していないということから、聞いたことがあってもどういう町か想像できなかったからだ。特に外国から来た二人やイサマはぽかんとしていた。
「ピンと来ていない人が多いので、少し説明します。ルーイヒは首都グローヴァの南にある、トーマス・イアン公爵が治めている町です。その土地の特徴は、魔石と庶民の暮らしがうまく適合していることにあります。魔石学部、ということで魔石がどのように有用に扱われているかの良い事例としてこの街に行くことになりました」
その説明にぽかんとしていた組は納得したようだが、イサマが手を挙げて質問する。
「すみません、グラマー先生。それだと行くだけで時間がかかりすぎませんか?」
「……ああ、そうでしたね。これは失礼しました。イサマ、その心配は必要ございません。
馬車を使いますので。それを使えば、数時間程度でいけます。もっといえば、街道として整備されていますので問題ありませんよ」
彼がこの疑問を抱いた理由は、イサマの村からこの学院都市に行くまで日をまたぐ必要があったから。その理由は道が整備されていないから、そして物理的距離も大きいから。よってより長い距離に位置するルーイヒへ向かうとなると、どれだけ時間がかかることやらという話である。
しかし、そんな質問に関してマキュベスは全く躊躇せずに答える。
その理由はイサマの村から町へ行く道は整備されていなかった故時間がかかったが、ルーイヒへの道は整備されているため馬車が使えるという。なんとも単純な話である。
余談だが、なんでも公爵領への道についてはすべて整備されているという。
それは隣国や他民族が近いということもあるため、常備軍を素早く展開する必要があるということで道が作られたと言われている。一方イサマの住んでいた村については、男爵家所有の地であるため特に整備されてないということであった。
なお、これはイサマが後にマキュベスに質問して聞いた結果である。転んでもただは起きない男であった。言い方を変えれば、執念深いともいえる。
それはともかく。
さて、都市ルーイヒに到着した一行。その街並みは学園都市ドバイデンよりも小さい建物が多い。また人口もそれと比べると少ない。ここまでは授業でやった通りの内容。
だが、彼らの印象に残った点はそこではない。
「魔石が……日常的に使われている!?」
目の前には、井戸から水を持ってくることなく魔石で補給している人。他には、料理を作るために大勢の前で火の魔石を使う人。当然ながらそれを咎める、あるいは注意する人もいない。ごく当たり前の光景として住人は生活している。
魔石学部一行はその光景を二度見する人も現れた。そんな人のためなのか、彼らを横目にあきれ顔で説明を始めるマキュベス。
「実際目で見ると驚くと思いますが……この街が魔石とうまく調和した実例です。
住民にも魔石の仕様の許可を与え、積極的に使わせることによる政策の結果と考えられています。
本来、魔石の扱いは非常に敏感です。多くの領地では禁止、あるいは一部の人のみ使えるという制度が多いですが、この街では撤廃している点が特徴です」
マキュベスが授業で話した内容を再度述べても、動揺はいまだ続いている。というのも先ほども取り上げた通り、貴族の領地では魔石の扱いは非常に難しい社会問題と言われているからだ。
今まで一部の人しか扱えなかったものが魔石によって多くの人が再現できるようになった。その結果、相対的に貴族の立場が下がることになる。すると、今のヒエラルキー上位である貴族にとって困ったことになるのは明白である。
では禁止すべきという話になるかもしれないが、貴族の目の上のたん瘤と断言できない点がさらに面倒な話に昇華している。魔石は、簡単な条件で火の魔法や水の魔法といったものを再現できてしまう。それも、適性云云かんぬんを無視したうえである。
一般に魔法には適性と属性と相性があり、基本的に一つの属性しか貴族は魔法を使えない。
そして、その属性には相性がある以上有利不利がある程度決まっていたのだが、魔石の登場によってそれが大きく変わることとなる。例えば、火の魔法が苦手ならば水の魔石でフォローするという戦術が生まれてしまう。
そうなると、魔石を蓄えれば蓄えるほど有利と考えられる。その蓄えたものは何に使うのかと言うと、隣の領との戦いである。戦いと言っても戦争ではなく、決闘と言う手段である。一見暴力的な方法に見えるが、現実世界の中世でも野試合というものがあるので大差ない。むしろこの国にはストラップと言う救命措置がある以上、安全な決闘ともいえるがそれはさておいて。
要約すると、魔石は生活にも武力にも革命を起こすもの。そしてそれに関する法整備やリテラシーやらが未完成であるから、扱いに困っているのだ。ゆえに、貴族しか使えないようにするというのが最も手っ取り早い対応策と言える。
しかし、この領地では正反対の政策を行っている。禁止ではなく、むしろ推奨しているといえる。だからこそ彼らは驚いていたのだ。
そんなことを思いながら歩く生徒に、先導するマキュベスの一行が目指す先はイアン公爵家の屋敷。
「ようこそ、魔石と調和した街ルーイヒへ。歓迎しよう、魔石学部諸君」
到着した先にはイアン公爵本人が出迎えに来た。その長い青髪をなびかせ、貴公子のように整っている顔立ちに笑みを浮かべていた。その服装も正装ではなく、緑色のゆったりとした服を着ている。
だが、その場にいる生徒や先生はそんな素振りよりも彼の登場のせいで再び驚く。
「イアン公爵!? どうしてあなたがここに?」
「ふむ、聞こえなかったかな? グラマー先生。では、もう一度言おう。君たち魔石学部がこの街に研修すると聞いたため、あいさつに参ったわけだ」
「いや、そうではなく……そうですか」
マキュベスがこのやり取りのせいで一気につかれたような声を出していた。
そもそもこの研修の目的は、実際に魔石がどのように使われているか、そして先ほど言った問題について学ぶことである。
より有体な言葉で言えば修学旅行が近い。そんな修学旅行に、その街を治めている人が現れて歓迎されたらどうかという話である。なお魔石学部の場合、担任のマキュベスも読めなかったこともあって余計に混乱する人が現れている。
「ふむ、お久しぶりだな、ジュリアン・メーア伯爵令嬢」
「……お久しゅうございます、イアン公爵」
先ほどよりもさわやかな笑顔を浮かべる一方で、ジュリアンはあからさまな作り笑いを浮かべている。その裏の表情は、まずいものに会ってしまったと言わんばかりである。
が、そんなことを気にせず話を進めていく。
「貴殿が急に消えてしまって驚いたぞ、そういえば、実家の方は……」
「公爵!」
イアン公爵の話の途中で大声を出したジュリアン。
その後、ハッとした顔に変化した後に頬を赤らめつつも、次の言葉を探していた。
表情が目ぐるしく変わったあたり、まさに意図していなかったといえる。
「今は授業のお時間です。お恥ずかしいので、私事は後に……」
「ふむ、確かに令嬢の仰る通りだ。さて、それでは授業を始めよう。
まずは、魔石がどのように使われているかについてだが……せっかく私が治めている街だ。私自らが案内しながら説明しよう」
「……よろしいのですか? イアン公爵と言いこの国で欠かせないお方ですから、ご都合がつかないと思われますが」
「なに、前からそのように予定を組み立てていた。それに、私の街だ。自らが案内したいという気持ちもあるのだ。良いだろう、な?」
というものであった。その言い分にマキュベスも引っ込まざるを得ない。マキュベスとイアン公爵では身分が大きく異なる。もちろん意見をしてはいけないわけではないが、横やりを入れすぎるのも好ましくないわけである。
その結果、街案内にイアン公爵自らが案内してくれるという、非常に豪勢な研修となった。それが本人たちにうれしいかどうかはまた別の話であったが。
色々と見回ってから、最終目的地として向かった先は農地。そこで多くの人が働いている点は常識的だが、ここで一つ非常識なことが起きた。農民を指揮している人がある指示をすると、農民たちは一斉に魔石を手に持って土に向け始める。
すると、硬かった土が隆起されたことによって瞬時に柔らかくなる。その次に別の魔石を取り出して、その農地に再び魔石を放つ。すると、その土地へ向けて水が発射された。その後、何か埋め始めていた。
「今のは、魔石を用いて農地の土壌を改善したものだ。農地には、水と栄養などと言った環境が非常に重要だ。それを自然の力で回復するには、本来は年月を置かないといけない。しかし、魔石を用いればすぐに復活することができる。
おかげさまで、わが領地の人口も増加傾向にある。人が増えれば、それだけ労働力も増える。そして、増えた人員を活動させればさらに経済は活発になり、さらに人が増える。
……どうだ。素晴らしい循環だろう」
「すみません、質問をしても良いでしょうか?」
一通りイアン公爵の説明を終えてから、イサマが手を挙げて質問の許可を得ようとする。さらりと説明した中に、聞き逃せない言葉があったからである。公爵もイサマの方向へ向いて促したために発言を始めた。
「では、お言葉に甘えて……授業で聞いた限りだと、魔石の種類は『火』、『水』、『雷』、『土』、『風』の五種類が主であると聞いています。ですが、今行ったものは明らかにその五種類の魔石の範囲から外れていると思われます。また応用するといっても、今の現象を再現することも難しいと考えました。
それはどのように説明できるのでしょうか?」
イサマもあまり農地については詳しくはないが、素人知識でも土壌が重要ということは知っていた。具体的には、無機物質や有機物質、さらに生物が必要である。それらが魔石に含まれているというのは考えづらい。
ましてや、五種類の魔石でそれを再現できるほど単純なものでもない。
そうなると、目の前の現象が説明できないわけである。だからこそ、イサマはそれについて質問したのだ。イアン公爵もふむ、と少し顔に手を当ててから説明を始める。
「君の名前はイサマ君だね? まずは良く気づいたと褒めたい。そして、その疑問の前にまずは説明しないといけない事項がある。……では、グラマー先生。お願いしたい」
「え、私ですか? 聞かれたのはイアン公爵ですし専門にしているのも公爵ですから、そちらが説明した方が良いのでは?」
「それでも問題ないが、魔石の基礎研究については私よりも貴方の方がずっと詳しい。それに、彼はグラマー先生の愛弟子であり、生徒だ。まずは貴方が説明するのが筋だと思われる。彼が聞きたいところになったら私が説明する」
急にマキュベスに話を振ったのちに、はぐらかしたイアン公爵。言い分としては間違ってはいないが、どこか釈然としないマキュベスはため息をつきながら説明を始めた。
「まだ授業で説明していないところですが……実は魔石と言うのは様々な種類があります。先ほど言ったものはごく一部です。そして、ここからが重要な話ですが……魔石は組み合わせやその内部構造を変えることで、本来とは違う効果を発生させることができます。
ただ、それをこの国で専門としているのはイアン公爵と言った魔石推進派、かつ財力も豊富な方です。なので、詳しく話を聞きたい方はそちらに聞くとよいでしょう。少なくとも、今使った魔石に関しては私もよくわからないですから」
「説明ありがとう、グラマー先生。
さてあの魔石についてだが、我が領地で取れる魔石を研究者の血肉の努力の末、あのようなものを作ることに成功した。具体的には水に様々なものを溶かすことで土に栄養分を補給しやすくする、あるいは土魔法の応用で土の性質を変えるなど。
その変化のさせ方については秘密だが、このように変化させることでいろいろなものに応用できるようになることは覚えてほしい。もしうまくいけば、このように生活に役立てることもできる。
とまあ、先ほどイサマ君も言ってくれた通りこの現象は一見ありえないことだ。
しかしやり方次第で再現できることもある。だからこそ諦めない心を養ってほしい。未知のものにも取り組む勇気を持ってほしい」
イサマの方を向きながら、公爵はそのように説明した。
彼の言葉が自分の中に埋没していくようにイサマは錯覚してしまうほどに。
そんな中、マキュベスがイサマに小声で話しかける。
「いいですか、彼の御仁がこの国で研究者として最高と言われる公爵家の方です。公爵の武器は生まれや権力、金もさることながら何十年もかけて積み上げてきた知識に、それを扱う応用力。そして全く別のものを取り入れる突飛な発想力。
その能力は、イアン公爵だけではありません。今の公爵家当主はそれぐらいの能力を全員獲得しています。現にあの方だけではなく、今の当主は皆偉大な発明をしています。イサマ。貴方はどうですか?
少なくとも、生まれや権力といった先天性のものは持ち合わせていない。知識や応用力と言った後天性のものについても、今の段階では大部分で劣っています。
私たちはあなたとは生きた年月が違う、引き継いだものも違う。生まれてたった十数年しかたっていない少年に負けるはずがない」
いつになく言葉が硬く、そして張り合うような態度のマキュベスにイサマは困惑していた。
そんなことすでに知っている。研究と言うのは、知識や経験あってのもの。その絶対数も劣り、生まれも適していると言えない。
それでも、イサマにはいくつか武器があると考えていた。それは、転生前の知識や考え方。そして、今まで常識だと考えられたことについて疑問を持てること。
だからこそ、その部分を発言した。
「ええ、わかっています。ですが今まで貴族の方はその分野について、あまり盛んに研究していなかった。だからこそ、私にも勝機があると思っています」
「甘い。甘すぎる」
いつにもなく、マキュベスはイサマの発言をぶった切る。
彼もその言葉に驚いていた。今までこのように反論を許さないような言葉を使ってこなかっただけに。
「確かに、基礎研究の分野はあまり盛んではありません。ですが、その原因は基礎研究は手掛かりの無さのため、研究者の中でもひときわ優れた方が取り組む傾向にあるからです。つまり、人数が少なかったからと言えます。
しかし、最近はその少数精鋭がうまくいったのか相当進みはじめています。例えば、今の御時世であれば火を出すことや水を出すことはそこまで難しい事でもありません。魔石を使うことで再現できますし、他にも再現方法は存在します」
マキュベスは今まで聞かせてこなかった、コリオダ王国の内部事情について丁寧に言い聞かせる。イサマの考えが如何に間違っているかを思い知らせるために。
なお応用が盛んなのは異世界だけではなく、現代にも当てはまる話である。お金に直結する話の方が研究は盛んなのだ。
逆を言えば、基礎研究でこのような成果を上げているというのは、すぐ利益に結び付くような発明ができたということ。つまり、それだけ応用性が高いと言える。
だが、そのイサマよりも先天的にも後天的にも優れたそのような人物でも、未だに体系立てられた魔法の理論は組み立てられていない。どれも仮説にとどまっている程度。
要は、それほどまでに魔法は難しい学問だ。
「そんな、才気あふれる人物でも明かせなかった問題にあなたも挑戦するわけです。しかも、貴方の場合は時空魔法を再現するという、極めて難題な問題を。
……貴方にその覚悟はありますか? 不可能に、理不尽に叩きのめされながらも立ち上がる勇気はありますか?」
だからこそ、マキュベスは問う。イサマも天才であることは知っている。
だが、この問題は天才であっても乗り越えられなかったもの。彼の場合、其れよりもずっと難しいものへと挑戦するのだから。しかしこの問いはイサマにとって愚問であった。
「当然です。未知なるものに挑戦する気でなければ、そも研究なぞしませんから。理不尽なんて知っています。理不尽には理不尽を。夢をかなえるなら、理不尽を超えていかなくてはありません。
……それに、自分に才能があると考えなければやっていけませんから」
イサマは寸分待たずに答えを紡ぐ。不可能なんて最初から分かっている。それに納得できないから、自分の手で調べている。それが彼の想いであった。また、イサマが自分に対して才能あると言ったことにも根拠は存在する。
それはイサマを拾った時、マキュベスは彼に教育を施していた。イサマの前世からすればそれは常識のように見えるが、この異世界ではそれはあり得ないといえる。
そもそも教育がまだこの国には浸透しているとは言えない。そんな状況で、貴族でもないイサマに教育をするということは、その答えは一つしかない。
「そうですか、……ならば、私はあなたを応援しましょう。貴方のように若く、才能のある人が基礎研究に励めばより一層真実へと近づくでしょう。期待していますよ」
「!? はい!」
先ほどの口調から一転、優しい声色でイサマのことを励ます。
マキュベスはイサマを拾ってから、彼のことを信じ続けている。だからこそ、彼はより一層魔法研究へと注力する。それは元の世界と連絡を取るためだけではない。この世界の両親やマキュベスの期待を背負っているから。
だからこそ、彼は前を向き続ける。
お読みいただきありがとうございました。
ストックが切れました。明日からどうするか悩みどころですが……頑張ります。それではまた。




