解明編⑫:魔法学院⑥ 王子の謎
初日の授業が終わった後。
マキュベスはため息とともに二年の貴族の教室に向かっていた。その顔には気怠さと不満をありありと顔面に貼っている。
彼の目標は、今貴族同盟の話題をさらっている第二王子、テオ殿下の元へ近づくこと。
しかし、これは自ら志願したものではなくどちらかと言えばパシリのように扱われていた。
どうしてこうなったのだろうか。教室まで距離があるので、もう一度思いだし始めた。
放課後。貴族同盟に加入するか否かという答えを出さずに授業が始まってしまった。
マキュベスはとりあえず帰ってしまおうと考えたが先に手を打たれてしまい、同盟の主であるモリス公爵子息が近づくほうが速かった。
「さっきは授業が始まってしまったが、もう一度聞こう。
我々貴族同盟に加入するということで問題ないな?」
これには、マキュベスも内心ため息をつかずにはいられなかった。
というのも、先ほど「加入する前に」というある種の文言を使ってしまった。これのせいで、加入するということを宣言してしまったようなものだ。
今更になって、彼もこの言葉を使ってしまったことに後悔を覚えていた。
確かに、クラス内が全員貴族同盟に加入している以上、彼だけが加入しないということは不可能だ。
そんなことをしたら、少なくともこのクラスの貴族全員が敵に回ってしまう。
しかし、無条件で加入するというのも宜しくない話である。
前にも言ったが、基本的に貴族は「頼みごとをするとタダでは済まない人種」である。
例え予定調和の結果であっても、有利になるように立ち回るということが大事なのだ。
つまり、もっと良い条件を引き出せるように交渉をしなければならなかった。
今回の場合、あの文言のせいでマキュベスとしては交渉が不可能である。
これを翻すと貴族社会で嘘つき呼ばわりされ、文字通り社会的に死ぬ。
故に、「貴族同盟に加入するな?」という問いに頷くしかないのだ。
ちなみにだが、交渉そのものは貴族同盟側も痛み分けという結果である。
マキュベス相手であれば、爵位の都合上もっと不利な条件を押し付けることも可能であった。
これが平時の派閥の誘いであれば、間違いなく押し付けられていた。
要は、派閥で保護してやるからその分対価をよこせ、という意味である。
しかし、今回マキュベスが同盟の主であるモリスに質問を許してしまった。そのため、少なくとも相手に何かを要求をするような条件を提示できない。なので無条件で加入するという結果に落ち着いた。
だから、両者ともドローな結果と言える。
マキュベスが貴族同盟に加入してから、初の活動をどうするかについて話し合うことになった。
投票を利用するといっても、そもそも投票は一年に一回。なので、そこまで力を蓄えなければならない。
具体的には、人脈を広げてモリスを支持するように動かなくてはいけない。
そこまで話した後、誰かがぽつんと
「同時に王子側を観察する必要もある。敵を知らなければ倒すどころか状況分析さえ不可能だからです」
と言っていた。その後に他の人が
「それに、今年の学院の動きにはあまりにも謎が多すぎます。
そもそも、学院が庶民を受け入れるには段階を飛ばしすぎている。
なぜ我々への説明を碌にせずに学院が受け入れたのか、調べる必要があるかと思います」
まで言った。
確かに、今年は色々とイレギュラーなことが立て続けに起こっている。
二年生の王子が生徒会長をしていること。
魔法学院が、なぜか魔法が使えない庶民を受け入れていること。
その庶民と貴族をなぜか対等に扱おうとしていること。
ここまで条件がそろうと、マキュベスがある一つの仮説に至った。
モリスがそれに気づいたようで、発言するように促す。
あまり言いたくないものの、立場上言わざるを得なかった。
「……あくまで私の妄想ですが、テオ殿下が前々から学院に庶民を受け入れようと動いていた可能性があります」
というと、半分ぐらいが納得という表情、もう半分が顔面一杯に驚いたような表情をしていた。
どこかじめじめとしたような空気が作られてしまったからか、取り払うためかモリスが声をかける。
「……私も同じようなことを考えていた。もちろん、殿下が庶民とどのような関係があるのか、と言うのはよくわからない。
だが、学院長が受け入れた理由が王子の権力に屈したからと考えれば納得はいく」
しかし、どこか動揺した他の生徒が手を挙げて発言をしようとする。
「ちょ、ちょっと待ってください! それじゃあ、殿下が生徒会長になるように動けたのも、殿下が理由ということですか!?」
他のクラスメイトがそのように発言した。あまりにも不敬な発言だが、誰も指摘する人はいなかった。
確かに、そう考えれば二年生で生徒会長になれるのも道理。
だが、今までこれほど露骨に権力を持ち出した事例がないため全員戸惑っていた。
学院内でも家の権力というものは当然作用する。しかし、学院の先生や学院長には基本的には作用せず、生徒にも過剰に権力を持ち出すのはよろしくないとされる。
理由はいくつかあるが、自身の能力でないのに権力を持ち出すというのは、恥ずかしい行為だと見なされるからと言うのが一点。
もう一点は、それを許すと学院が無法地帯になりかねない。学院はあくまで教育機関であって、社会ではない。権力によって露骨に成績をごまかしたり、ある人に不正をするというのは決して許されない。
だから、実力主義という発想が生まれた。事実、それは受け入れられた。
しかし、王子がここまで露骨に動くのは彼が最初宣言したことと相反する。
「貴族と庶民が平等」と言ったにもかかわらず、「生徒会長になるために権力を持ち出していた」なんて事実は明らかに矛盾。
しかし、その矛盾を突く証拠がない以上動くことはできない。
マキュベスがそこまで考えていると、モリスも同様のことを考えていたらしい。
少し笑った後、場をまとめ直すことにした。
「……殿下の権力云々はともかくとしてだ。
とりあえず、殿下のところへ誰か送るべきだろう。誰か立候補者はいないか?」
と言っても、誰も手を挙げない。敵地に行きたい人なんぞ誰がいようか。
ついでに、誰も口にしていないが権力によって不当な扱いをされる可能性もあるのだ。
戸惑うのも仕方ないと言えよう。
「……誰もいないか。じゃあ、マキュベス殿。貴方にお任せしたい」
モリスがいきなりマキュベスを選んだ。これにはさすがに予想外であるか彼も動揺している。
周りを見ても、全員ほっとしたような顔であり逃げ道はなかった。
そのため、不承不承に行く羽目になってしまった。
補足すると、生徒会長が投票で決まるという事実から極論を言えば人気投票と言える。
その人気をどう獲得するか、というと貴族である以上権力がどうしても絡む。なので、よほど露骨でなければ、例えば派閥を作って票を集めるようにするといったことは暗黙の了解で許されている。
ただ今回の場合露骨に権力を持ち出して生徒会長になり、そして自分の要望を学院長に押し付けた、とマキュベス達は考えた。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、と言えなくもないが反殿下の勢力はおおむね同じ結論に至っている。
そうこうしているうちに、いつの間にか二年生の教室に彼はたどり着いた。
ノックの後に挨拶と共に教室に入る。すると、異物を見るような目がマキュベスに向けられた。
すでに覚悟が決まっていたのか、げんなりとしつつも教室に残っていた人に声をかける。
「すみません。一年のマキュベス・グラマーです。
テオ・パワー・グローヴァ―殿下はいらっしゃいますか?」
と聞くと、その人は途端に顔をしかめる。そして、
「……知らないな。他の人を当たることだ」
と、吐き捨てるように立ち去った。どうしたものやら、とマキュベスはうろついていると
「あ、テオ殿下に御用がある方ですか!?」
と言いながら、近づいてくる女性が現れた。
(ええ……なんという厄日。
まさか、この方も学院に通ってらっしゃるとは……
これも女神とやらのめぐりあわせなのでしょうか)
珍しくマキュベスが毒づく相手。
「あ、私はドロシー・コールディング! ドロシーって呼んでくださいね!」
人懐っこい笑顔を向けながら、鮮やかで輝くような長い茶髪の少女が目の前に現れた。




