解明編⑩:魔法学院④ 貴族派
「腹の探り合いは苦手だから端的に言う。
俺たち貴族同盟に入らないか?」
この言葉に公爵の子息以外全員が驚いていた。
貴族と言うのは腹を探り合ってなんぼの世界。少なくとも単刀直入に言うことは少ない。
理由としては様々な状況、および性格等あるので一概にこれということはできない。
ただ、多くの状況に当てはまるのは「相手の要望をタダで飲んでやるほど貴族は甘い人ではない」ということだ。
将来的にはマキュベスもイサマに教えることだが、何かの対価を払う代わりに行動してもらうのが貴族社会である。
前に話した例を挙げるならば派閥の仲間に入れてもらう代わりに、対価として情報や研究成果を払うといった具合である。
マキュベスもあまりこういった腹の探り合いと言うのは好きではない。
彼は天才型かつ両親が教育熱心なため、少なくとも両親からOKをもらえる程度まで出来る。しかし、可能だからと言って彼個人としては好みではない。
ここら辺は良くも悪くも貴族社会で生き残ることが彼の中の手段であり、目標が魔法の道具を作ることにあるからと言える。
要は、こんな化かし合いをやるぐらいだったら研究成果を見せ合ったほうが早いと考えているからではあるが。
それはともかく、返事をしかねているマキュベスに
「おっと。自己紹介がまだだったな。私の名前はモリス・トマスだ。
父がメルト・トマス公爵である。モリスと読んで構わん」
と、自分の身分を明らかにしてきた。
これだけを見ると、自分の権力をひけらかしているように見える。
しかし、ここでの意味は公爵子息であるモリスが、自分は貴族同盟の長であるということを宣言したようなものである。
つまり、貴族同盟というのは公爵子息が保証している、と言ったも同然である。
いくら子息であるとはいえ、将来公爵になる存在。権力もある程度は存在している。
なので、その組織は権力が発生していると見なせる。現にクラス内の人はすでにその同盟に入っていた。
ここで一つ疑問に思ったかもしれない。それは、爵位は魔法の才能の度合いによって決まるものであって権力と関係ないのではないか、というものである。
確かに、それは直接的な関係はないと建前上言われている。
しかし、人間の世界では力があれば当然人は集まる。
そして、魔法が優秀であるため相対的に地位が高くなる。
と、このように結局魔法と権力に相関関係が存在する。
貴族間においても似たような現象が起こる。
魔法の才能の優劣で、他の魔法使いに影響を及ぼすことがある。
現にモリス公爵の場合極端に強い魔法である以上その傾向がより強く、その分他の貴族にも影響を及ぼす。そのため、結局爵位と権力に相関関係がある。
要は、爵位が上がるにつれ力を持つ。そのため多くの人を管理する立場になり、その分権力も握るようになる。ただ魔法が優秀である脳筋では高い爵位に着くことなぞできやしないのだ。
建前よりもずっと爵位の壁は高い。
(……ここまで直接的に勧誘されると断れないですね。
どこかやりやすい相手、と思っていましたがやはり公爵家。モリス殿に従うしかありません)
他にも、マキュベスにとって身分差が大きすぎるという理由もあった。
公爵級の人に誘われ、かつクラスのほとんどの人が所属している。
ここで断るなんてしたら、モリスにとって面子をつぶされたようなもの。
ゆえに、頷くしかないが最後の抵抗をすることにした。
「……同盟に加入する前にいろいろとお聞きしたいことがあるのですが、構わないですか?」
と聞いて、なけなしのプライドを守ることにする。
本来は加入する側が派閥について調べるのが基本であり、その派閥、しかも代表に質問してはいけない。
質問が許されるのは、対等あるいは格下の相手のみとされている。
これは例えを出すならば、会社において上司と身近にいる同僚、どちらに仕事の内容について聞きたいかという話だ。
多くの人は後者を選びたがるだろう。それがより肥大化したのが貴族社会である。
その証拠にマキュベスが質問することでムッとした生徒もいる。
ただ、この場合は派閥の長がいきなり勧誘したという形なので問題ない、という見方もある。
現にモリスは格上にもかかわらずあまり気にしていないため事なきを得た。
「ああ、構わない。なんでも、とは言わないが不安な点は質問してくれ」
(爵位も高ければ器も大きい。はぁ、張り合っても仕方ないですね。
おとなしく同盟に入ることにしましょう)
と、自分の器の小ささを認めてしまい先ほどの態度を改めることにしていた
「まず、貴族同盟は何を目的としたものですか?」
「そうだな……一言で言えば、貴族の誇りを取り戻すものだ」
そうハッキリ言った後、演説するかのように一文に力を込めてマキュベスに言う。
「私は少なくとも、貴族と庶民が平等である必要はないと考えている。
理由は、我々には庶民を統治する義務がある。我が民を幸せにしなければならない。
決して、彼らの税で遊んでいるわけではない」
そこまで言って、少し溜めていた。
「当然ながら守るためにも上下関係は必須だ。上に立つものとして、彼らの行動に責任を負う必要がある。
そのために、我々は幼いころから税によって上等な教育を受けている。なにせ、上がしっかりしていないと民は迷うものだ。
もちろん、庶民にも敬意を払う必要もある。例えば、王国の経営のために働いている人、魔法ではいまだに作ることができない芸術品など。
それらの方に敬意を払うべきであると私も思う」
と、庶民の人を認めるような発言をする。
「しかし、今回のは納得がいかん。
我々が敬意を払うのはあくまでその道を究めた人。しかし、今回の入学者はそういうわけではない。
だから許せない」
であった。
現にマキュベスに対しては敬意を払っていろいろと質問にも答え、あまつさえ思想について語っている。
これはマキュベスについて認めているのだ。
他にも、モリスは貴族の中ではかなり譲渡している方だ。
庶民に敬意を示すポーズを見せているだけでも、貴族派としてはかなり異端と言える。
とはいえ、考え方はやはり貴族派としてしっかりしたものである。
具体的には、上に立つものの責任や義務というものをきちんと理解しており覚悟もできている。
また、上下関係をしっかりした方が良いのは確かであり、それを強固に守ってきたのは王国である。
それらをなあなあにすると、意思決定の時においてうまく動けないというのは往々にしてある話。
そして最後の話について。
この学校に通う庶民は官僚育成のために通っているが、一応入学試験なるものがある。
当然庶民で通っている人はそれに合格したが、その程度の知識はモリスにもある。
つまり、その道を究めているわけでもない。だから、なおさら許せないのだろう。
上下関係を今まで通りきっちりとすべきである、と考えているのだ。
しかし、そんなモリスにマキュベスは、
「……思想を語っていただくのは結構ですが、少しお声が大きいようです。
声を下げたほうがよろしいかと」
と冷静に返した。これは別に皮肉でもなく、モリスを心配したという気持ちが強い。
周りはマキュベスの態度にぎょっとしていたが、肝心のモリスはそれに気づいたため、「しまった」という顔をして声のトーンを下げていた。
「ともかく、目標としては生徒会長を狙うつもりだ。
その方法も、投票を使おうと考えている」
(投票を使うなんて、これはまた……テオ殿下に喧嘩でも売るつもりですか)
と考えながらも、まったくもって無理とは言えないとマキュベスは分析していた。
事実、王子のやり方に不満を持っている人も多い。彼らを集めればもしかしたら……と考えられなくもない。
(しかし、それには投票のシステムが邪魔をする可能性が高いですが……何か勝算が?)
と思ったところで担任の先生が来て、HRになった。




