解明編⑨:魔法学院③ 派閥
マキュベスも帰ろうとした時。
「おい、お前。時間はあるか?」
振り向くと赤色の短い髪、そして剃刀のように鋭いまなざし。
加えて、大樹のようにどっしりとした体格の男性が目の前にいた。
彼は先ほど言った公爵の子息である。
いきなり難癖か、と彼は思ったが答えないわけにもいかないため
「いえ、少し寮に帰って荷物の整理をしたくて」
と、とりあえず断ることにしていた。事実、荷物を運んだのは今日であっていろいろと準備をしなければならない。
さらに、今日あった出来事をまとめる必要もある。なので、マキュベスは後にしてくれというニュアンスを出したが彼は
「そうか、なら仕方ない。明日時間を空けておいてくれ」
そう言ってから、公爵の子息は立ち去っていた。
マキュベスにとっててっきり絡まれてしまったと考えていたが、あまり悪意を感じない彼にどこか肩透かしであった。
そうしてあわただしく寮に帰る。
内装も確かめる余裕がなかったのだが、非常に整っており少なくともマキュベスの実家よりも清潔。
設備、および人員の配置に関しても同様に充実している。
さすがに研究施設はないものの、それ以外に関しては今までの中で優れているというのが彼の感想であった。
なぜこれだけ綺麗か、というと話は遡り建設段階の事情を語る必要がある。
当時貴族の中では屋敷を持つだけの財産がない人もおり、そのため学院に行けないと言った貴族もいた。
なぜかというと、当時の貴族は財産等を魔法の研究に費やしていた家も多かった。民に還元することもあれば、好奇心を満たすためという場合もある。前者の場合は収入も多くなるが、後者の場合はあまり収入は増えない。
なので、ぎりぎりで経営できているという家も中にはあった。
そのような中で、王国側として寮……すなわち、共同生活させる建物を作ることにした。
当然ながら反発もある。今まで家族と過ごしてきたにも関わらず、いきなり集団生活させられるのだから子供としては不安だろう。
他にも、魔法に関しての内容や家の情報が洩れるといったセキュリティ的な問題、あるいは貴族の子弟が集まる以上危険にさらされやすいという問題、そもそも論として寮と実家では生活レベルが違うという問題などいろいろと浮上した。
これに関しても、王国側は万全なものを用意するように動いていた。
セキュリティに関しては、プライバシーの領域を保証するというものでまとまった。例えるなら、個室の存在を不可侵にするとして、法律に反するといった次第に。
危険にさらされやすい件については従者を一人連れていくことを許可すること、もう一つ対策として軍人が見回るといったものである。これはある人が関わっているのだがそれはともかく。
そして生活レベルに関しては、少なくとも中堅レベルの貴族の暮らしをモデルとして作ることにした。
具体的には、食事に関してはある程度柔軟に対応できるように用意して、内装も芸術家が担当したりなど。
当然備品に関してもオーダーメイドではないにしろ、量産できる範囲では最高級レベル、と言った感じである。これが内装がきれいな理由と言えるだろう。
と、このようにかなりこだわって作られていた。もちろん、入寮にそれなりのお金を取るには取っていたが屋敷を確保するよりは安い値段であり、あくまで貴族にとっては常識的な範囲に収まっている。
そのため、財政面の問題は解消されたのだ。
豪華な内装の中、マキュベスは一人で自分の部屋に向かい荷物を整理する。
ちなみにだが彼に従者はいない。財政的な問題もあるが、純粋に彼が不要と判断したためである。
長男にはついていたものの、彼がうっとおしそうにしていたからというのも判断の決め手だ。
ある程度整理が完了した後にこれからどう立ち回るか、について考えて始める。
イレギュラーな存在こそあれ、本質は同年代の貴族が集まる場所。そこで何も起きないはずがない。
具体的には、人脈形成を各自で行おうとする。
これが魔法学院のもう一つの目標であったりする。
人脈と言うが、これは研究的な観点でも政治的な観点でも非常に重要である。前者の場合、主に自分の得意分野でない魔法を、人脈次第で融通を利かせてもらうことも可能になる。
さらに言えば、既存の研究について教えてもらったり共同研究といったものも可能になる。
後者に関しては言わずもがな。貴族が経営に関係しないことも多いが、だからと言って政治的な立場から離れるわけではない。
結婚をはじめとして、互いに貿易をしている貴族や魔法面で相性が良い貴族と言った具合に人脈を形成する必要がある。
要は、誰とどのように人脈を作るか、という振る舞いを今のうちに決めておかねばならない。
流されずに、さりとて孤立しないように立ち回る必要がある。
ここまで考えて、一人思考を深めることにした。
(面倒なことに、私の魔法は全体から見ると異質。
使い方、立ち回り次第では最高の武器にも凶器にもなる)
と、ベッドで横になりながら考えていた。
これは慢心でもなく、正しい自己分析である。
(おおよそ、選択肢は二つあるか。一つ目は私のクラスの公爵の子息とつるむか、もう一つは今波に乗っているテオ殿下か)
彼が言う通り、おおよそ今年の貴族の新入生が取れる選択肢は二択だろう。前者の方を選択すると、恐らく多くの貴族とつながりができるであろう。
一方後者の方を選択すると、優秀な庶民の人+流行に乗っている派閥に顔を売れるというメリットがある。
そこまで考えたが、
(しかし、どちらにしてもイマイチだ。
前者の方を取るにしても、私の立ち位置は非常に低くなり良い人脈を作れるかというと難しいだろう。
後者の方が恐らく厚遇されるだろうが、表立ってそちら側に着くのは賢いとは思えない。)
彼の言う通り、どちらについてもあまりおいしくない。
前者を選ぶと、爵位の低さから所謂パシリとして使われる可能性が高いことを示す。いくら何でも顎で使われるのは御免だ、と考えているのだ。
加えて人脈形成での問題について、要は身分が低い者同士で組むことが多くなる、という意味である。
もちろん、それは決して悪くないがやはり爵位が上の人の方がいろいろと融通が利くことが多い。
それを考えると、前者における最大のメリットが失われるという意味でもある。
ちなみにだが、他学年で公爵ぐらいの爵位を持つ人はいない。
では、後者の方につくメリットはなんといっても王族に顔を売れること。
そして、力を持った庶民と人脈が作れること、この二つである。
さらに、貴族であるというメリットも考えると能力次第だが前者よりかは厚遇されるだろう。
最大のデメリットは、多くの貴族を敵に回すこと。
具体的には、クラスメイトが全員敵になるだろう。さらに、家自体にも大きな影響を及ぼす可能性もある。
正直に言えば、デメリットがあまりにも大きすぎる。
(あの入学式を見る限り、殿下は貴族から支持を得ているとは考えずらい。むしろ、敵意に近いものを感じられる)
多くの貴族が、どうして庶民が俺たちと同じ場所にいると考えているだろう。
しかも、彼によって学則で対等であると保証までされている。
ここまでされたから、恐らく他の貴族は庶民に対してあまり良い感情を持っていない。
(例年であれば、貴族同士の派閥争いが主流である。
そして誰とつるんでも、ある一定量の恩恵を得ることができる。
場合によっては比較的容易に爵位が高い人と親交を深めることが可能であると聞いていました。
だけど今年は面倒になるなんて聞いてないですよ……)
結局、マキュベスが出した結論はとりあえず貴族につくが、それとは別個に庶民にアプローチを仕掛けるというあまりはっきりしない結論に落ち着いた。
翌朝。今日から授業があるのだが、どのようにふるまうかということを頭の中で様々にシミュレートしていたが、教室に入った瞬間。一気に視線がマキュベスに集中した。
その空間にさすがのマキュベスもたじろいだが、昨日も話しかけられた公爵の子息が近づいてくる。
「おはよう、グラマー殿。
少し話したいことがあるが、いいか?」
であった。ちなみにだが、グラマーと言うのはマキュベスの家名である。さすがに二度も断るのは失礼にあたるため、断ってから荷物を下ろして彼との対話に向かっていった。
「さて、グラマー殿。
腹の探り合いは苦手だから端的に言う。
俺たち貴族同盟に入らないか?」




